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時は少し遡る。ソレム伯爵家の城館では、当主ルイスが頭を抱えていた。セレスティナが出て行ってからそこまで長い時間は経っていないのだが、すっかり面窶れし、髪には白いものが増えていた。それよりも問題なのが、彼女が出て行ってから急に現れ始めた全身の痣だ。
(何なんだ!? これはいったい、何なんだ……!?)
最初はごく薄い痣だったのが、日増しに色が濃くなり、数も増えていく。最初は化粧で誤魔化せる程度だったのだが、今はもう化粧ではどうにもならない。醜く引き攣れたような痣は凹凸があり、色を乗せるだけではどうにもならない。美貌を誇るルイスには耐え難い状態だった。
(あいつの仕業か!? 絶対にそうに違いない! そうでなければ、どうしてこんな訳の分からない痣などできるものか……! できてからほとんど時間が経っていないというのに、解呪の魔術が効かないなど有り得ない……!)
この症状が出ているのは、ルイス一人ではなかった。愛妻のイザベルも、愛娘マリーも、愛息フィリップも、皆に同じ症状が出ている。そして誰のものも、日増しにひどくなっていっている。冗談ではない。
「あなた! 早く何とかしてくださいな! もう耐えられない!」
イザベルが半狂乱になり、髪を振り乱して部屋に入ってきた。ストレスで髪も肌もぼろぼろ、顔は痣だらけ、しかもそれをなんとか化粧で誤魔化そうとして失敗しているので、百年の恋も冷めるようなありさまだ。金切声が耳につき、ルイスは顔をしかめて侍従に扉を閉めるよう指示を出した。
「何とかしようとしているところだ! いいから黙って待ってろ!」
喚き声を上げるイザベルをなんとか閉め出し、ルイスは苛々と髪をかきむしった。
(できることは全部やった! 解呪の魔術を自分たちで試したし、名声のある解呪師をわざわざ呼んだし、医師にも薬師にも見せた! 民間療法も片端から試した! だが、まったく効果がない……あと何をすればいいというんだ!?)
一人で考えていても埒が明かない。今しがたイザベルに掻き立てられた苛立ちに背中を押されるように、ルイスは部屋を出た。可愛い娘と息子に励まされたいと思い、二人の部屋を訪ねる。
しかしその選択は間違いだった。「お父様! 早く何とかしてください! 適齢期の娘がこんなふうになっていていいわけがないでしょう!?」とマリーはイザベルそっくりの癇癪を見せつけ、フィリップは何やらぶつぶつと言いながら部屋に引き籠っている。二人から励まされるどころか、自分のことしか考えていない身勝手っぷりを見せつけられてルイスの苛立ちは頂点に達した。
「ええい、どいつもこいつも! これもすべて、あの呪い子が悪いのだ! あれが我々に呪いを残していったのだ!」
そうとしか考えられない。セレスティナがいなくなってから、この忌まわしい災いが始まったのだから。
「まさかとは思うが……呪いの対象が移ったなどというのではあるまいな……?」
少し前に、セレスティナを連れて行ったファルカンド公爵ナイジェルがここを訪ねてきたことがあった。こういう状況でなければマリーを引き合わせたかったし、妹のクレアの相手にフィリップはどうかと売り込みたかったところだが、とてもそんな状況ではなかった。しかも彼は、パーティで顔を合わせたはずのマリーやフィリップのことにいっさい触れなかった。セレスティナの権利についての話をし始めたのだ。
気でも狂ったかと思ったが、ソレム家が混乱している中、売れるどころか逆に処理費用がかかりそうな呪い子に値段がついたのだ。渋るふりをしながらも内心は嬉々として、ルイスはセレスティナを売り飛ばした。もとよりあの呪い子を我が子などと思ったことはない。それは家族の誰しもが同じで、イザベルもマリーもフィリップも、それぞれの立場からセレスティナを嫌っていた。住むところと食べるものを与えてやっただけ感謝してほしいものだ。
しかし、今にして考えると、どうも不自然さを感じる。利用価値のない呪われた娘に、決して高額でなかったにせよ金銭を支払うものなのだろうか? もしかしてあの痣が消えたか、そこまで行かなくても薄れたのではないだろうか? そんな疑念が湧き上がる。
いずれにせよ、自分たちに痣が浮き出てきたことはセレスティナに関係があるはずだ。せっかく手放せてせいせいしていたところを会いに行くのは腰が重いどころの話ではないが、会いに行くほかないだろう。最後の手段にしたかったが、事ここに至ってはそんな贅沢も言っていられない。本当なら二度と顔など見たくなかったのだが。
ルイスは動き始めた。




