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その翌日、セレスティナは初めて先代公爵ウォルター――ナイジェルの父に声をかけられた。妻オリヴィアの呪いを解いてくれたことにどうしてもお礼を言いたいということだった。
一介の侍女としては当然だが、彼とは言葉を交わしたことがない。見かけることはあったし、彼が近くを通り過ぎるときは礼をして道を譲っていたが、接点といえばそのくらいだ。その彼から、声をかけられた。
「本当にありがとう。何とお礼を言っていいか分からない」
感極まった様子のウォルターは、普段は穏やかで物静かな人だ。活動的なオリヴィアとは正反対の印象だが、夫婦仲は良い。オリヴィアからはのろけも聞かされている。
呪いの痣のことなど物ともせずにオリヴィアと結婚し、良好な夫婦仲を長いあいだ保っている彼は、城の皆から尊敬されて愛されている。ソレム伯爵邸のように主家の者が使用人を虐げることも、この城では起こりえない。
「呪いの痣があろうとなかろうと、妻の魅力は何も変わらない。私はそう思っているし、そう伝えてきたつもりだ。妻も痣のことなど気にしないと言っていたし、真実そうなのだろうと思うが……やはり、わずかな引っかかりもないとは言えなかったのだろうな。……妻の泣き顔を、久しぶりに見たよ」
「…………大旦那様……」
「君の呪いも解けたと聞いた。本当によかったよ」
話を聞いて、優しい言葉を貰って、セレスティナもつられて泣きそうになってしまった。オリヴィアは毅然として気丈な振る舞いを保っているが、昔気質の父の下で苦労したことを窺わせるような話も聞いたことがある。人知れず抱え込むこともあっただろう。彼女の悩みの種をひとつ、取り除けたのだと思うと本当に嬉しい。
解呪の魔術を学びたいという動機がセレスティナ自身の解呪だけだったら、こんなに頑張れなかったしこんなに早く結果も出なかっただろう。お世話になったオリヴィアのために、と思うと力が出たのだ。
(頑張ってよかった。解けて本当によかった……)
セレスティナはしみじみと思った。
先代の公爵夫妻からのセレスティナへの労いは、言葉には留まらなかった。
「……オリヴィア様……その、ちょっと……やりすぎでは……」
「何を言うの。ぜんぜん足りないわ。あ、あの布もいいわね。持ってきてちょうだい。合わせてみたいわ」
(ひえええ……)
セレスティナは今、オリヴィア御用達の職人たちの手によって寸法を測られ、肌にいろいろな布や宝石を当てて見比べられ、デザインの好みについて尋ねられ、混乱の真っただ中にある。オリヴィアがセレスティナのために豪華なドレスを何着も注文しようとしているからだ。
(絶対に、身の丈に合わない……!)
セレスティナは心の中で悲鳴を上げた。この騒動が始まったときは本当に悲鳴を上げたのだが、オリヴィアはまったく意に介さなかった。「娘がもう一人できたと思えばいいわね。あなたに関する権利はソレム家からぜんぶ譲り受けたし、もううちの娘のようなものだわ」などと上機嫌に言って、率先して指示を出し始めたのだ。
「いつかあなたを徹底的に着飾らせてみたいと思っていたの。あなたったらどんどん綺麗になっていくんだもの。こう言っては何だけど、ナイジェルは我が子ながら本当に見る目があるわ」
「!?」
「お嬢様! 動かないでください!」
「……っ、すみません……!」
動揺するセレスティナを面白そうに見て、オリヴィアはしみじみと言った。
「でも本当、あなたって滅多にお目にかかれない美人だわ。造形はお人形さんみたいだし、新雪のような銀髪も神秘的。青い瞳も、息子のそれとはなんだか色合いが違うのよね……」
「……旦那様の色の方がずっと綺麗です」
「……あら」
「…………! いえ、何でもありません!」
オリヴィアの表情がどんどん悪戯っぽいものになっていく。だが既にいっぱいいっぱいなセレスティナを見ての判断か、そのあたりで勘弁してやろうと揶揄いを切り上げてくれた。セレスティナはほっと息をついた。
「夫とも話していたの。大々的なパーティを開きたいって。私も飾りで誤魔化さずに首元を開けたドレスで出たいわ。選択の幅が広がるのも嬉しいわね」
「……その、オリヴィア様」
水を差すかもしれないと思いつつ、どうしても気になるのでセレスティナは尋ねてみた。
「ご令嬢のクレア様がいらっしゃいませんが、よろしいのでしょうか?」
クレアはナイジェルの妹だ。セレスティナがこの城に来たときはすでに祖父と別邸に滞在していて不在だったので、一度も顔を合わせたことがない。オリヴィア夫妻がパーティを開くなら、ナイジェルとともに主役になるべき人物だ。
だがオリヴィアは手を振ってあっさりと言った。
「ああ、いいの。必要ならパーティくらいいつでも開いてあげられるしね。あの子はちょっと体が弱いから、避暑のために夏はいつも別邸に行かせているのだけど、今年は父が体調を崩してしまって。療養のために気候の良いところにある別邸に行くことになって、時期としては少し早かったけどあの子もついていくことになったのよ。仲間外れにしているわけではないから大丈夫」
「……それならよかったです」
仲間外れという冗談めいた言葉選びにくすりと笑い、セレスティナは頷いた。そしてはたと思い至った。
(そうなると……主役は誰になるの……?)




