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 内心で緊張しながら、セレスティナはオリヴィアの後をついて行った。オリヴィアに引き合わされて彼女の侍女になってから、ナイジェルとはほとんど顔を合わせていない。たまに城の中で見かけたりすれ違ったりすることはあったが、その時も礼をするくらいで言葉を交わしたりはしなかった。ナイジェルは公爵として忙しそうだし、セレスティナの方も侍女の仕事や勉強でそれなりに忙しい。図書室の利用許可を得ているので、少しでも時間ができればそちらに足を運んでしまう。

 公爵家の一家は食堂で毎日のように顔を合わせているのだろうが、セレスティナはそこに加われる立場ではない。そういえば、ナイジェルの祖父ハロルドと妹クレアはまだ別邸から戻ってきていないので挨拶すら済んでいない。クレアの教師は数人いるらしく、マナー担当の人はクレアがいなくても他の用でこの城に出入りするので教えを受けることができている。

 ナイジェルの執務室に向かう途中、オリヴィアが指示を出した。

「あの子にお茶を淹れてあげてほしいの。いつも私に淹れてくれるのよりも少し濃い目にお願いね」

「かしこまりました」

 お茶を淹れることは基本的にメイドが行うが、侍女がすることもある。オリヴィアはセレスティナが淹れるお茶を気に入ってくれているので、彼女に名指しで所望されることも多い。今日はナイジェルにもと言ってもらったので、張り切って丁寧に入れる所存だ。

 オリヴィアが先に行き、セレスティナはトローリーを押して、「失礼いたします」とナイジェルの執務室に入った。この部屋に入るのは初めてだ。

 どんな部屋を想像していたのか自分でも分からないが、第一印象は、学者の部屋のようだということだった。壁際を作り付けの棚が埋めており、本や書類が収められている。整頓までは充分に手が回らないのだろう、雑然とした印象だ。本が横に積まれていたり、書類がはみ出したりしている。大きな執務机の上も、長卓の上もそんな感じだ。セレスティナは実際の学者の部屋を知らないから想像だが。

「そちらの机にご用意してよろしいですか?」

「いや、そのトローリーの上に用意してくれ。重要な書類はないが念のためだ」

 ナイジェルは答えて視線を外そうとしたが、何かに引っかかったかのようにセレスティナの顔を捉えた。彼の宝石のような青い瞳と視線が合い、思わずどきりとする。見るたびに思うのだが、美しい青年だ。怜悧な美貌の完璧さに気を呑まれてしまう。

 そんな彼がまじまじとセレスティナの顔を眺めた。

「あの……何か……?」

「君の顔……痣が薄くなっていないか?」

「え?」

「やっぱり!? そう思うわよね?」

 瞬いたセレスティナの代わりのように、オリヴィアが勢い込んだ。

「私は毎日顔を合わせているし、それはティルダもネリーも同じだから、私たちだけでは確信が持てなくて。やっぱり彼女の痣、薄くなっているわよね?」

「ああ。そう見える」

 ナイジェルは頷いた。オリヴィアは自分の首元のスカーフを解いてみせた。

「それになんだか、私の痣も薄くなっている気がするの。どう?」

「……驚いた。確かに薄くなっているようだ」

「気のせいかもしれないけれど、私、彼女が淹れてくれたお茶を飲むと体の調子がいいみたいなの」

「…………」

 ナイジェルがトローリー上のお茶に手を伸ばした。確かめるように口にする。

「…………。美味しいとは思うが、少し飲んだだけでは分からないな」

(!? ……!?)

 二人の話す内容にセレスティナはついていけていない。難しいことが話されているわけではないのに、頭が内容を理解してくれない。

「彼女、解呪師の家系なのよね? 能力がないって言われているらしいけれど、本当にきちんと確かめたの?」

 オリヴィアがナイジェルに問いかけている。セレスティナはそこでようやく我に返り、話に割って入った。

「あの、能力がないのは確かだと思います。体に異変が起きたこともありませんし、それに……魔物に傷つけられた動物への解呪を試みたこともありますが、治りませんでした……」

 魔物による怪我は傷口に呪いが残る。そうした動物が弟妹の訓練のために連れてこられたことがあった。セレスティナはその動物に見よう見まねで解呪を試みたが、まったく効かなかったばかりか現場を父母に見つかって大変な目に遭った。弟妹に害をなそうと何か仕込んだのではないかと疑われ、ひどく殴られたうえに食事を抜かれ、死にかけたのだ。それ以来、解呪の魔術を試す機会は巡ってきていない。そもそもの知識も不足しており、その時に試した魔術がきちんとしたものだったかと問われるとかなり怪しい。

 魔力を持つ者は、体内に魔力が溜まると外に見える形になって現れる。解呪の魔力であれば体の一部が発光するし、氷の魔術であれば触れたものを凍らせてしまうのだという。きちんとコントロールすればそうしたこともなくなるから、ナイジェルが不用意にものを凍らせているのを見たことはないが。

「いや……確かめてみる価値はあるな」

 ナイジェルは言った。

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