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「え……!? そんな……」
衝撃を受けるセレスティナに、オリヴィアは悪戯っぽい視線を向けた。
「ごめんなさいね。そんなにいい反応をしてくれると思わなかったものだから。これは悪い意味ではないの。実際あなたはよくやってくれているわ。気が利くし、覚えも早いし。でもどうしても不足するところがあって……自覚しているでしょう?」
「はい……」
言葉を知らないし筆跡も美しくないから、書類を書き写したり整理したりする仕事ができない。顔をさらせないから社交に同伴もできない。どちらも大きすぎる欠点だ。
「夏にさしかかって、これから社交の機会が増えるわ。でもあなたを同伴はできない。心無い者の目にさらすわけにもいかないしね。だからあなたには、この間に勉強をしてもらおうと思うの。今やってもらっている基礎的なもの以上のことをね」
「え……!? そんな……いいのですか!?」
打って変わって目を輝かせたセレスティナに、オリヴィアは微笑んで頷いた。
「その方が長い目で見て私にとっても得だと判断したわ。あなたに学んでもらえば心強い戦力になりそう。どう? やる気はある?」
「もちろんです!」
「でも、問題が一つあってね。分かるかしら」
「お金でしょうか」
即答したセレスティナに、「もう少し考察を深めてみて」とオリヴィアが促す。セレスティナは考え込んだ。
(お金……私の給金では足りない? そもそもお金はどこから……あ!)
「……ソレム家が、私の権利を手放した……違いますか?」
オリヴィアが目を見開いた。
「正解よ。あなたはやっぱり賢い。これから色々と学んでいくべきだわ。……私の意図にも、気づいたようね」
「はい。……もともと私はあの家の異物でしたから、納得できます」
セレスティナは目を伏せて答えた。
まず前提として、子供を学ばせるのは親の義務だ。どこまで学ばせるかは親次第なところがあるが、セレスティナに施された教育は初等教育相当に留まっており、貴族令嬢として明らかに不足していた。
本来なら、セレスティナが学びたいと思ったときは、まずはソレム家に求めるべきだ。それが無理なのが傍目にも明らかだからファルカンド公爵家が肩代わりするとしても、問題がつきまとう。その分のお金を捻出できるかどうかではなくて、お金をかけて教育を受けさせた娘がソレム家に取り戻されてしまう可能性があることだ。それでは投資した意味がない。その懸念がなくなった……つまり、ソレム家がセレスティナに関する権利を手放した。そういうことだ。
オリヴィアがみなまで言わなかったのは、セレスティナが衝撃を受けることを案じたからだろう。実家に捨てられたのだと気づき、受け入れることができるか。これはそういう問いかけだった。
そしてセレスティナの答えがこれだ。納得できます、と。
「今さら衝撃を受けるほどの情など残っていません。捨てられたことにも納得できます。でも、それなら私の立場は……」
「ファルカンド公爵家に権利が移ったわ。形の上ではソレム家に籍が残っているけれど、ソレム家はあなたに関する権利を何も持たない。そう確認する書面が交わされたの。これよ」
オリヴィアは書類挟みを持ってきて、中の書類をセレスティナに見せた。確かに言われた通りのことが書いてある。父のサインと、ナイジェルのサインも入っている。彼がソレム家に出向いてくれたようだ。
「少しだけ訂正しておくと、あなたは捨てられたというより売られたと言った方が正確ね。金銭的な取引があったから。その額を安いとは言わないけれど、あなたの価値には到底見合わないものだったとは言っておくわ」
オリヴィアは歯に衣着せぬ言い方で伝えた。変に憐れまれたり気を遣われたりするよりその方がずっといい。セレスティナは頷いた。
「いちおう言っておくけれど、これであなたの行動を縛るつもりはないわ。あなたは成人した一人の人間だしね。あの家から不当に何か言われたときに跳ねのけられるもの、そのくらいに思っていてちょうだい」
「分かりました。……本当にありがとうございます」
セレスティナは深く頭を下げた。この城に来てから、夢のように充実して恵まれた生活をさせてもらっている。他の使用人の様子を見ても思うのだが、なにか騙されているわけではなさそうだった。
オリヴィアは微笑んだ。
「いいえ。あなたにはそれだけの価値があると思うし……それに私も、あなたへの扱いのひどさに怒りを感じているしね。自覚はある? ここに来てから、あなたがどんどん綺麗になっていっていることを」
「綺麗に……ですか? 衛生面は確かに比較にもなりませんが……」
「そういう意味ではないわよ。髪も肌も健康的になってきたし、それに……」
オリヴィアはセレスティナをちらりと見て立ち上がった。
「ついてきてちょうだい。息子のところに行くわ」




