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私は、保守連中に名前を変えて欲しいのだ

まず、前回の記事を見返しまして、正に知識格差が発生している典型例がありそうだなと思い、知識格差の例を紹介します。


私としては、冊子内容における、防衛省が敵性国家と指定した中国、北朝鮮、ロシアの危険性を、古賀議員の指摘に対して、いったいどう配慮すれば良いかは、別に書かなくて良いかなと思っています。


そして、私が思うのと同様に、こう思う人もいるでしょう。


冊子内容を古賀議員の思うように変えられる訳がないんだ。

どう変えれば良いか解らないんだから、こいつは敵だ、防衛省の冊子を配らせたくないんだ。


こういう人がたくさん居るんです。

これこそが、知識格差の一例です。


そして、私からは、私自身が敵と思われるリスクには中々気づけません。


それは何故か?


私は冊子内容の変更など容易い物で、解決方法を提案するコストを0だと思っているからです。


仮に、冊子内容をどう変えるか解らない人からにとって、解決方法の提案コストを10だとします。

私のコストは0。

冊子をどう変えれば良いか解らない人のコストは10。

この二人の提案のコスト差が大きければ大きいほど、知識格差により、掛け違いは起こるのです。


例えば、わざわざ知識にコスト10をかけるよりも、いっそ敵視してしまった方がコストは安くなる。

そうすれば、両者間の収支は0に近づきます。


そうして掛け違いは起こるのです。


同問題においては、一度、リスクを最大限にし、問題方式にしてしまいましょう。


国防省の配布する冊子により、敵性国家の子供が自殺、もしくはイジメで死ぬ可能性がある。

確率的な子供の死によって、日本が国際的な批判に晒されたとして、国家としてのイメージ損失、民族としてのイメージ損失が予想される。

日本にとっての国益の損失を防ぐにはどうしたら良いか?


問題方式にしたら、わかるようになったという人も居るのではないでしょうか。


実は、この問いには様々なアプローチ方法が隠れています。

冊子内容だけで言えば、敵性国家の名を全てオブラートに、他国に変えてしまえばそれで良ろしい。

代わりに何か足らないなら、個別のスクランブル、危機対応などを紹介し、まぁ、子供の喜びそうなフレーズでもいれましょう。


何年何月、目的のわからない他国の戦闘機が日本の領空に近づきました。

警戒のため、航空自衛隊は戦闘機F15を2機発進させます。

やがて、他国の戦闘機は去って行きました。

航空機自衛隊は精鋭のエリート部隊です。


他にも自衛隊の危機対応を紹介し、最後に、この文を入れます。


日本の今の平和は、必ずしも保障された物ではありません。

日本の平和は、市民の活動、周りの国とのお互いの交流、様々な人の力で保たれているのです。


例えば、この文を小学生に高学年に紹介する場合に、他国人の子供のリスクはありますか?

そもそもとして、防衛省が冊子を配る目的は何ですか?


冊子を配る目的は、リスクなく、全ての小学生に自衛隊の活動を紹介する事でしょう。


せっかく古賀議員がヒントを出してくれるなら、防衛省側は冊子の改善に尽力しなければなりません。

それでも誰かが何か無理難題を言ってくるなら、その時こそ突っぱねれば良いのです。

もちろん、それが改善案が無理難題かは見極めければなりませんし、リスク次第ですが。


古賀議員と小泉防衛大臣の質疑応答に見られるのは、常に教育知識の格差と立場による掛け違いです。


残りの動画部分は、小泉防衛大臣の冊子内容への批判を無視した、答弁から始まります。

残りの部分は流し流しの内容なので、秒数は適当に見てください。


小泉防衛大臣の発言です。


近隣の子供の国々への配慮よりも、自国の自衛官の子供たちへの配慮にかける発言だったのではないでしょうか。


私視点では、小泉防衛大臣が、子供向けに冊子を作成した防衛大臣として、最後まで子供視点に立つ事を拒否した部分となりました。


国々への配慮ですから、今までの古賀議員の答弁は全て、北朝鮮、中国、ロシアへの配慮であって、子供たちへの配慮が目的では無いだろうといった意図となります。

この発言から、小泉防衛大臣は、古賀議員の質疑応答、というか古賀議員に対して、相当な偏見をもって挑んだと推測されます。


まさに決別の言葉です。


または、もしかしてこの発言は、小泉防衛大臣の言い間違えだったのでしょうか?


小泉防衛大臣は続けて、こう発言します。


今先生の発言はですね、自衛官の子供たち、これ皆貧しい家庭の子供しかいないと、こういった形で言われましたけれど、まったくそういう事でありません。


古賀議員の、経済的に苦しい子供に寄り添って考えて欲しいという意図であろう発言の応答は、現役自衛官に対して配慮にかける言葉だったと小泉防衛大臣に変換されます。


皮肉にも、小泉防衛大臣が、唯一、古賀議員に寄り添ったと思われる言葉は、自衛官の子供たち、これは恐らくは古賀議員の自衛官になった教え子の子供たちと思われますから、両者の意図の重ならない、正に決別の言葉の後に出てきました。


後日の記者会見において、小泉防衛大臣は自衛官の家族、自衛官のお子様への侮辱だったと古賀議員を非難し、自衛官の子供たちは、古賀議員の教え子の子供たちから、更に自衛官たちの子供へと変換されていきます。


ここからは小泉防衛大臣の独壇場ですね。

古賀議員の発言は一面的な自衛官とその家族への事実誤認だとし、防衛省は今、全国の教育現場を見ているが、現場の過度な配慮によって、自衛隊と防衛省の活動が、きっかけさえも与えられないとします。


ここは、論点が複数混ざっているので、分けて考えましょう。


繰り返しますが、結局の所、小泉防衛大臣の古賀議員への非難は、古賀議員の対比強調という文法への攻撃です。

もちろん、対比強調への攻撃だったという説は、私個人の見解です。


ネットではここで突然、古賀議員が自衛隊の差別を話し出したという説が主流ですが、質疑応答の流れからは他の文脈が見当たりません。


質疑応答の流れは、防衛省の作成した冊子の目的、冊子の価格、冊子の状況、冊子に対する防衛省のフィードバック、冊子の内容です。


ネットの主流の説を正しいと仮定しますと、古賀議員はここで、突然、自衛隊の差別を始めた事になります。

それが事実なら、古賀議員はいったい何がしたかったのでしょうか?


また、ネットでは、この疑問も主流です。

古賀議員は、国会で自衛隊差別をして、いったい何をしたかったのだろうか?


つまる所、何が起きているのか、皆わからない。


この二つの主流の話に整合性を取ると、見えて来る事実があります。

ネットの住人は、そもそも事実関係の把握を求めてなどいない、という事実です。


彼らの求める事は、いったい何なのでしょうか?

自らの権利である自由、そして自由意志、自身の自由の確立には、他人の意見に振り回されない確立した自己意志、そして、他人に作られたのではない客観的な事実が必要です。


私から見れば、彼らの行動は、心理学者エーリック・フロムの著書、自由からの逃走の3つのメカニズムにしか見えないのです。

自由の逃走は、ヒトラー、ナチス・ドイツの全体主義を人々が支持していく心理状態の説明をしています。


1つ目、自身の目や判断を捨てるという、権威主義。

2つ目、他人に操られた破壊性。

3つ目、自己の自信の喪失により、自己の言動の正当性を、周りの言動に委ねる事によって安寧を抱くようになる心理、自己人形的同一化。


ネットで散見しましたが、今、この令和の時代。

ある程度能力のあるであろうと予測される人物さえも、自身の自由を捨て、古賀議員への攻撃に熱狂しています。

私は、今、日本という国家が、全体主義へ向かっている確固とした事実に警鐘を鳴らします。


古賀議員を叩く人たちは、ネットにはわざわざ、自身の自由を捨てに来ているのでしょうか?

確立した自己を持つ私には、その動機がいまいち理解出来ません。

私はネットに確立した自己のさらなる向上を求めて行くからです。


しかし、小泉防衛大臣は政敵の失策の機を逃さない、見事な対応だと言って良いのではないでしょうか。

内容も見事です。

古賀議員への攻撃に注力して、私が、これこそが国益なのだと指摘した議題を無視した点を除いては。


実は、古賀議題の出した、冊子内容への質疑である、近隣諸国の子供の安全リスクと、小泉防衛大臣によるこの見事な文法への攻撃は両立出来ません。

何故なら、二つは混ざってこそ完成しているからです。

小泉防衛大臣は、二つの関係ない論点を混ぜて、冊子内容への質疑を葬り去ってしまいました。


続いて、議題である冊子の目的、子供たちへの自衛隊の紹介が達成されない事に、小泉防衛大臣は言及します。


冊子の内容には問題はない。

古賀議員の持っているような自衛隊への偏見によって、現場の教師が勝手な判断で、防衛省の行動を邪魔しているだけなのだ、という事になるかと推測します。


質疑応答の全体を通して見ると、実は、ここで大きな疑問が生じます。


小泉防衛大臣は、何故、冊子の内容にここまで確信を抱けて、元教員の古賀議員の意見、そして現場の教員の判断を、偏見を持って無視しているのでしょうか。

小泉防衛大臣と古賀議員、両者の教育知識の格差からすれば、小泉防衛大臣は、この善意ある、何故か冊子の改善案を出してくる元教員議員から知識を吸い取れば良かっただけなのではないでしょうか?


それとも、この疑問はただの私の邪推でしょうか?


私はこの質疑応答内のみの評価において、素直に小泉防衛大臣の政治的資質に疑問を持ちました。

自身より優秀、というと語弊がありますので、経験豊富な者の判断をとにかく遠ざけ、周囲を自分の意見に従うイエスマンで固める資質に見えるからです。


小泉防衛大臣は続けます。


近隣諸国の子供への配慮よりも、自衛官の子供たちも学校に通ってるんです。

そういう子供たちに対する配慮や、その子供たちの環境に対する理解をまず広げる事が最優先なのではないでしょうか。


さて、心に響いた人もいるのではないでしょうか。

ネットで賞賛されている部分は、言及はあまりありませんが、賞賛されているのは、正にこの部分だと思います。

自国ファースト。

自国の子供ファースト。

ブラボーッッ!!!

日本中が喝采する場面ではないでしょうか。


そして、皆さん、私のような徹底的なリアリストからすると、この小泉防衛大臣の発言は、どう見えると思いますか?


リアリスト的感覚からすれば、感情を排した優先順位の順位付けこそが、真に価値ある物として残るのです。

この発言を順番に評価してみましょう。


近隣諸国の子供への配慮ですが、国益を考え順位は最優先となります。

防衛省の冊子をきっかけに、子供が自殺かイジメで死なれると問題になるからです。


自衛官の子供たちも学校に通っているとの事なので、近隣諸国というか、もう防衛省の指定する敵性国家と書いてしまいましょう。

自衛官の子供は、敵性国家の子供の国内イジメリスクと見ます。

リスクとして、自衛官の子供の存在を割と上位に見ます。


自衛官の子供たちに対する配慮、自衛官の子供に現状問題は起きていません、仮に将来的に何らかの配慮が必要としても、何に配慮すれば良いのがわからない。

優先順位は、仮に最下位とします。


自衛官の子供たちの環境に対する理解を広げる事、と言ってますが、自衛官の子供に問題がない以上、国内の自衛官の子供だけを優遇しろと聞こえます。

自衛官の子供だけを優遇してどうする、将来変なリスクが増えるぞ。

優先順位は完全に論外です。


最優先、敵性国家の子供。

リスク上位、イジメる可能性として自衛官の子供。

最下位、自衛官の子供への配慮。

論外、自衛官の子供の優遇。


皆さん。

結局の所、これがリアリストという生き物のモノの見方です。

感情的には度し難く、理解し難い生き物なのです。


総合して考えれば、小泉防衛大臣は、自国の自衛官の子供ファーストの、素晴らしいスピーチをする、国益を考えられない政治家として見てしまうのです。


有り得ないと思う人も多いでしょう?


しかし、私としてはそう判断するしか無いのです。


古賀議員の返答、質疑が続きます。

古賀議員は発言を撤回謝罪し、冊子内容の質疑を諦めてしまいました。

まぁ、時間制限もあるので仕方なかったかもしれません。


しかし、私から見ると、古賀議員はここで日本という国家の国益をみすみす見捨てています。

決裂した小泉防衛大臣との議論では埒があかない上に、失策をこれ以上となく上手くつかれた後なので、やむを得ない判断だとしましょう。


これをあまり考えると、私の血管がブチギレてしまいますから。


そして、一方で自身の失策を受け入れきれておれず、極めて軽い謝罪のように見えます。

まあ、小泉防衛大臣の批判は、ただの対比強調の文法への攻撃なので、元が元だけにバッシングがあるとしても、大丈夫と判断したのかもしれません。


古賀議員は続け質疑します。

文科大臣から、教育への政治的中立性の発言が出ており、その具体的な教育手段についても出ているが、小泉防衛大臣はどう考えているのかといった物。


まあ、私から見ても、決裂後ですから、後はまともな議論にならないんじゃないかと思いますが、解説すると、質疑応答の全体の流れから、冊子の内容に続く質疑だと推測します。

古賀議員の発言する教育手段の中に、ウクライナ侵攻で出た、包括的な知識という言葉が出ています。

冊子に、文科省の意見を取り入れてはどうですかといった意図でしょう。


小泉防衛大臣の応答。

防衛省としては、自衛隊の理解をもっと広げていきたいと思っている。

教育委員会と相談の上、冊子の配布を決めたのだから、子供たちの判断に委ねるべきであり、その機会を与える事こそが大事ではないかと思っている。


教育委員会が認めたのだから、政治的中立性には、何ら問題はないのだとしています。

だから、はよ子供に配れ、こんちくしょうめ、といった意図だと推測します。


この質疑応答、小泉防衛大臣が、何故か冊子内容に目を向けないせいで成立していないのと、小泉防衛大臣が、冊子の許可を出さなかった都道府県の教育委員会を無視した以外は、小泉防衛大臣に何ら非はなく、立場上も至極妥当な発言をしています。

仮に冊子の内容に問題があったとしなら、そう、真のポンコツとは、相談に応じ、防衛省に許可した一部の都道府県の教育委員会なのです。

だから、はよ子供に配れ、こんちくしょうめ。

もし私に教育知識が無く、わからない事を人に聞く力を持たず、小泉防衛大臣と同じ立場だったならば、小泉防衛大臣と同じ気持ちになるでしょう。


各都道府県の教育委員会と協議調整した上で、許可の取れた所に配布したという発言は、質疑応答内で、小野功雄国防官房長からも出ています。


続いて、古賀議員からの質疑。

では、何故(冊子を配ったのとは他の都道府県)教育委員会が冊子を配らなかったんでしょうかと質問。


小泉防衛大臣の答弁。

日教組特別中央執行委員を務めておられる古賀議員ならおわかりになる。

古賀議員の意見がもっと冊子を広めたいというのであるなら、防衛省が現場に介入するのも望む所であると応答。


日教組特別中央執行委員の実態が私にはわかりかねまして、ちょっと評価に困る所。

福岡県の日教組を調べても、日教組特別中央執行委員を調べても、碌な情報が取れませんので、どう批判されようが判断を避けます。

私が判断を避けるのは何故かと、邪推する人が必ず居ますのでわきちんと理由を書いておきましょう。

日本の国益におけるリスクとして見れる情報が、私の手の届く範囲内に見つからなかったからです。

私の価値判断の優先順位に入らない以上、その情報には価値がありません。


小泉防衛大臣は日教組とは敵対しているのだという意図でしょう。

そして、この後のやりとり、小泉防衛大臣は完全にやりすぎです。

古賀議員に責任転嫁しながらも、防衛省側から教育現場への介入を示唆しています。

質疑応答全体が既に決裂しているにしろ、古賀議員だけでなく、この発言は多くの人に、防衛省全体が危険視されるリスクを負っています。

国内で要らぬ反発を招きたくないのであるならば、慎重になるべきです。


古賀議員の応答質疑。

小泉防衛大臣の答えと、質問内容である教育委員会の配らなかった理由の問いが食い違っている事を指摘。

冊子の現物を手に入れようと防衛省に確認した所、無いという事で手に入らなかったが残った冊子は保管していないのかと質問。


小野功雄国防官房長の応答。

冊子はあるので要望があれば配布すると応答。


古賀議員の最後の発言。

この冊子を広める事には賛成出来ないと締めくくった。


さてここで質疑応答は終わります。


ネット内では、最後に古賀議員が冊子配布に賛成しなかった事で、古賀議員は最初から冊子を配るのに反対だったのだという意見が散見されました。


質疑応答の流れからすれば、古賀議員は冊子内容に問題とあるとし、質疑応答の全体の流れも冊子内容に集約しています。

小泉防衛大臣は冊子内容についての言及を避けたのに、何故、古賀議員が内容の改善されない冊子の配布に賛成すると思った人がいるのでしょうか。


古賀議員の意見は最後まで、冊子の配布に条件付き賛成と見ることが出来ます。


途中でも書きましたが、質疑応答は、順を追って議題が重層的に変わっていきます。

質疑応答をもし本当に理解したいのであるならば、途中や、最後からではなく、最初から一字一句逃さず見るべきです。


さて、古賀議員の評価ですが、最初の通り。

質疑応答内での古賀議員の評価は非常に高いです。

残せば、国益に適う仕事をする可能性が高い。

使わない理由が何処にあるのでしょうか?

彼女を叩く日本国民は人は良いかもしれませんが、ただただ利用されるだけの、状況判断さえ出来ない無能です。


防衛省の作成した冊子に、戦争抑止の手段が軍事しか載ってなかった問題は、元教員として適格な質疑応答でした。

私が国益として評した、敵性国家の子供のリスクの提示。

信賞必罰は国家の基礎です。

自衛官OB議員は古賀議員に罰を与えてしまいましたが、誰かが高く評価せねばなるまいでしょう。

そして、善意的な言動。

共感によって善意を引き出そうとする人格。

正直に言います、その人格だと仮定すれば、扱い易い事この上ない。


質疑応答の流れといい、失策以外は偶々にしても満点を与えてもいいでしょう。


対して小泉防衛大臣。

助言も書きたくないのですが、もし本当に成功したいのなら、もっと人に頼れるよう自分を信じて、優秀な小煩い人に囲まれる必要があると感じました。

これは良いかと聞いたら、即説教の返って来るうんざりするような人たちです。

誰かが彼にきちんと助言出来れば、このような様の質疑応答を見ることはなかったのですから。


古賀議員の失策を機を逃さず叩けた以外、国益としては0点の質疑応答でした。


では、小泉防衛大臣は実際には、どう答弁すれば良かったのでしょうか。


私としては、面子をいったん捨て、古賀議員に冊子内容をどう変えれば良いかを聞けば良かったと判断します。

古賀議員がまともに答えないのであるなら、いくらでも叩く機会になります。

結局叩けるなら、政局として何が困る事があるのでしょうか?


古賀議員がまともに答えたのであるならば、日教組とやらが内部で古賀議員を批判するのでしょう?

何故、冊子作成に協力するのだと。

そう判断しているのに、何故素直に古賀議員に協力を仰がなかったのか、私には全く理解出来ません。

内部で批判されないとしても、古賀議員の議題は国益に比する事であり、明確に自衛隊の利益になるならば、政局としても成功に映るハズです。


古賀議員の議題をまともに聞くのであれば、自衛隊の紹介冊子が全国各地の子供に届くようになり、明確に自衛隊の利する所なるハズだったのですから。

機会を失ったのは明らかに国家の損失です。

そして、国会の場において、古賀議員を失うであろう事にも私は疑問を呈します。

難癖をつけて来たら、その時こそ日教組とやらに決戦を挑めばよろしい。

小泉防衛大臣は、戦う事には自信のある人柄なのですから、日教組という風評に問題の抱えている、いつでも対処可能な人材など捨て置けばよろしい。

焦らず、ただ人を上手く使う事を覚えれば良かったのです。



以上が、あくまで私の感覚で見た、問題となっている古賀議員の質疑応答でした。


少し疑問なんですが、このような意見を他の場でも聞くのでしょうか?

保守界隈にリアリストは1人もいません。

感情に支配されたビジネス右翼だけです。

連中に似非であろうと保守の名前を名乗らせるべきなのでしょうか?


実を言えば、私は連中に似非カスと名前を変えて、全員に頭を丸めて欲しいのだ。




自身の意志ではなく、周りと合わせるかどうかだけが、自己の言動の最優先順位になる。


匿名の評価でも、お前は間違っているのだという1tpでさえ評価するのを避ける。


そんなあなたに、果たして何の自由があるのでしょうか?


仮に私があなたの立場だとしたら、いつ評価を終えていると思いますか?

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― 新着の感想 ―
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