第56話 花火大会②
パンッ、と軽い破裂音と共に、コルクの弾丸が銃口から飛び出す。
緩やかな放物線を描く弾丸は……結局狙いの景品には当たらず、その横に置いてあったお菓子の箱の端を掠めて、後幕へ着地した。
「あー、惜しい……!」
「うーん、やっぱ難しいなこれ」
固唾を飲んで見守っていた陽華が残念そうに声を上げ、俺も小さく首を傾げながらコルクガンを下ろした。
一度の挑戦で与えられた弾数は、全部で五発。最初の一発目は明後日の方向に飛んでいき、二発目は惜しくも外れ。残るは三発、応援してくれる陽華のためにも何かしらの収穫は欲しいところだ。
「へっ、なってねぇな柳田。素人なのが丸わかりだぜ」
半ば無理矢理俺をジュースを賭けた射的勝負に引きずり込んできた橋本が、自信ありげな顔でコルクガンを片手に横に並んだ。
……素人もなにも、初めてなんだから仕方ないだろう。ここ数年は祭り自体参加してこなかったし、ずっと小さい頃に母さんたちと回った時の記憶も、もうほとんど残っていない。
「やったことないからパスって言ったのに、聞かなかったのはお前だろ」
「そうだっけ? まぁそれなら、経験者として手本を見せてやろうじゃねぇか。ちゃんと見とけよー?」
胡乱な目で睨む俺を置いて、橋本は片手で構えたコルクガンの引き金を無造作に引く。
ロクに照準も合わせていないような素振りだったのに、飛翔するコルクは棚に並べられたお菓子の箱を真っ直ぐ撃ち抜いた。
「おぉ~!」
「すごーい!」
後ろで順番待ちしていた濱崎と向井さんが歓声をあげ、俺含む他の面々も感心の視線を向けた。
それに気をよくした橋本は流れるような手つきで次弾を装填し、即座に発砲。見事小さなクマのぬいぐるみに命中して、今度は外野の見物人からも拍手が送られた。
流石はサッカー部のエースと言うべきか、片手を振って歓声に応える姿は実に堂に入ったものだ。
「お互い二発ずつ、次はお前の番だぜ。……ほいシオ、このぬいぐるみはぷれぜんとふぉーゆーな」
「……まぁもらうけど、毎年要らない景品あたしに押し付けるのやめなさいよ」
「いいじゃん、こういう可愛い系の小物好きだろ? 何だかんだこれまであげたやつ全部棚に飾ってくれてんじゃん」
「勝手に見ないでよ」
「許可もらって部屋に遊びに行ってんだから勝手じゃねぇだろ!」
ツンツンした態度ながらも、篠原さんがぬいぐるみをバッグにしまう手つきはとても優しいものだった。
それはともかく……手本を見せてくれるという話だったのに、正直全く参考にならなかった。あまりにもレベルが違いすぎる。
しかし技術とは別に、見習うべき点は見つけられたかもしれない。
「陽華。何か欲しい景品とかあるか?」
「えっ? 辰巳くんのお金だし、辰巳くんが欲しいものを取った方が……」
「いいんだよ、元々橋本に付き合わされただけだし、欲しいものも特にないし……いや、あることはあるが」
小さく首を振り、困惑する陽華に向き直って、
「橋本と篠宮さんのやり取り見て、彼女へのプレゼントを確保するって考えたらいい感じに身が入るんじゃないかって思って。だから欲しいものは、陽華の笑顔……ってことで」
……こんな歯の浮くような言葉が自然に出てくるようになったんだな、と自分で驚いてしまう。案外俺も祭りの熱気で浮かれているのかもしれないな。
思わず視線を逸らした俺に、陽華は小さく噴き出した。
「……ぷっ、あはは! 辰巳くんったら、意外とお祭りで浮かれてたりするの? でも、私へのプレゼントが辰巳くんのモチベーションになるなら嬉しいな。うーん、どれがいいかなぁ」
嬉しそうに笑って、真剣な表情で景品を見つめる陽華は、やがてやたらと凛々しい表情をした犬……狼? のフィギュアを指差した。
なるほどあれか……倒しにくそうに見えて、接地面が小さいからしっかり弾を当てれば意外といけそうだ。
小さく息を吐いて、集中。両手で真っ直ぐにコルクガンを構え、目当ての招き猫に照準を合わせる。
あの小さな体に硬いコルクをぶち当てるのは少し気が引けるが、陽華の手に渡ってから存分に可愛がられてほしい。……そう考えるとなんか面白くないような……いや、無機物に嫉妬してどうすんだ俺。元々自分から言い出したことなのに。
脇道に逸れた思考に自分で苦笑して……ふっ、と肩の余計な力が抜けていったのを感じる。
今なら当たりそうな気がする。予感に身を任せるように、ほとんど無意識のまま引き金を引いた。
「おおおおお!」
「ナイスー!」
「――っし」
ワッと沸き上がった歓声の中で、俺は小さく拳を握った。
当たってよかった。この流れで外したら、流石に恥ずかしいなんてもんじゃない。
心地よい達成感に浸りつつ、射的屋のおじさんから「やるじゃねぇか兄ちゃん!」という威勢のいい褒め言葉と共に景品を受け取った。
掌中の戦利品に目を向けると、その鋭い目が俺を睨みつけているように感じて、内心で謝罪する。痛くして悪かったな、あとは陽華のところでゆっくりしてくれ。
「辰巳くん、すごいっ! かっこよかったよ!」
「ありがとう、陽華のおかげだ。ほら」
フィギュアを差し出すと、陽華はそれを大事そうに受け取って……花が咲くような、明るい笑顔を見せてくれた。
やはりこれこそが、俺にとって最高の報酬だ。
「本当にありがとう、辰巳くんっ! 大切にするね!」
「そうしてやってくれ。ふてぶてしい面構えで生意気そうなやつだけどな」
「えー、そこが可愛いと思うんだけどなー。ちょっとだけ辰巳くんに似てない? ほら、意思が強そうなキリッとした目元とか」
「うーん……? まぁ、陽華が満足ならそれでいいか」
「おーいお二人さーん。盛り上がってるとこ悪いんだけど、まだあと二発分あるんだわ」
フィギュアを挟んで笑い合う俺たちに、橋本の呆れたような声がかけられる。
そういえばまだ終わってないんだったな。正直陽華へのプレゼントを確保できた時点でかなり満足したのだが……プレゼントは一つしか贈っちゃいけないわけでもないし、もう一つぐらい狙ってみるか。
陽華の声援を背に受けて、俺は再び銃口にコルクを詰め直すのだった。
§
花火大会の会場は、俺たちの予想以上の賑わいを見せていた。
広い道の両側にいくつもの出店が軒を連ね、その看板の下にはたくさんの人々が群がっている。正しく”ごったがえす”と表現するのに相応しい光景だ。
残暑の熱気と会場の活気が入り混じり、歩いているだけで全身に汗が滲んでくる。女性陣はハンディファンを手に備えは万全のようだ。
射的勝負を終えた俺たちは、それぞれの戦利品を手に人込みの中を連れ立って歩いていた。
「次どこ行くー?」
「せっかく夏祭りに来たんだし、やっぱりかき氷は外せないよね! あとわたあめとりんご飴、チョコバナナとかたこ焼きも!」
「見事に食べ物ばっかりね。食べ切れなくても手伝わないわよ?」
「お、俺も祭りの食い物好きっす! ……半分ぐらい雰囲気の味な気もするっすけど」
「へぇ……それはもしかして、美樹が食べ切れなかった分は濱崎くんが片付けてくれるってことかしら?」
「あぇっ!? い、いやあの、俺は別に……!」
「ちゃんと食べ切れるよー! あたし結構食べる方だし、お祭りのためにお昼抜いてきたから! さっきからお腹が空いてしょうがないんだ……!」
若干血走った目で周囲の出店を見回す向井さんと、その後ろで安堵と無念が入り交じったような微妙な表情を浮かべる濱崎。
アシストしたい気持ちはわかるが、流石に性急すぎた気がするな。俺と同じことを思ったらしい高宮さんは少しばつが悪そうにしていた。
ちなみに現在の俺たちの並びは、横2列の縦4列。最前列にこの祭りのことを知り尽くした橋本と篠原さん。次に俺と陽華、高宮さんと向井さんに続き、最後尾に濱崎と森山が並んでいる。
純粋に大所帯なのもあるが……うちの女性陣は、陽華を筆頭にとても目立つ。祭りの陽気に浮かれた妙な輩に絡まれたり、トラブルになったりする危険性を考え、2組のカップルとスポーツマン2人でフリーの女性陣をブロックする形である。
彼女を守るのは当然彼氏の役目だ。しっかり陽華の手を握り、それとなく周囲に気を配る。手汗が滲んでこないか心配になるが、当の陽華はとても楽しそうなのでよしとしよう。
そんな俺たちに「こんな暑さでよくやるよ」と呆れた視線を向ける橋本。お前もやれよ、彼氏だろ。
「毎度言ってるけど、お前らバカップルと一緒にすんなっつの。俺らは節度を持った付き合いをしてんだよ」
「まるで俺たちに節度がないみたいな言い方じゃないか」
「おう反論できるならしてみろや」
……今日はこれぐらいにしといてやるよ。
勝ち誇る橋本を睨みつけていると、隣の陽華が悪戯っぽい笑みを浮かべて篠原さんに声をかけた。
「彼氏さんはああ言ってるけど……彼女の志緒ちゃん的にはどうなの? 手、繋ぎたくない?」
「あ、あたしっ? べ、別にそんな、の……」
陽華の問いかけに頬を赤く染めた篠原さんは、傍らの橋本の顔と手の間で視線をさ迷わせ……やがて、こくりと小さく頷いた。
「……せ、せっかくの、お祭りだし……その、ヒロも大会頑張ってたし、ご褒美の一環というかっ? ……ひ、ヒロが嫌じゃなければ、だけど」
「俺が嫌がるわけねぇだろ。……ほれ」
「あ、ありが、と」
「おう。……おい柳田てめぇ、なんだその顔はぁ!?」
「お前がいつも俺をからかう時の顔だよ」
「ぐぅ!」
ぐうの音が出たな。これに懲りたらそろそろ自重を覚えることだ……たぶん無理だろうなぁ。
小さく溜め息を吐きつつ、頬を伝う汗をハンカチで拭う。俺も団扇ぐらい持ってくればよかったな……そう悔やんだところで、横合いから涼やかな風が吹きつけた。
「辰巳くんどうですかー? 涼しい?」
「あー、めっちゃ涼しい……ありがたいけど、これだと陽華が暑いだろ」
「大丈夫♪ ほら、こうすれば二人とも涼しいでしょ?」
そう言って、陽華が俺の腕に抱き着いてくる。必然両者の距離は0となり、ハンディファンの風は俺たち二人を効果範囲に捉えた。
……ぶっちゃけ密着している蒸し暑さとでプラマイゼロな気もするが、陽華が楽しそうなのでよしとしよう。
「見ているこっちが暑いわね。頭まで茹っちゃったのかしら」
「流石に言いすぎじゃないかな……まぁ、バカップル二組の乳繰り合いを見せつけられるこっちの身にもなってほしいけどね?」
「いや二人とも大概酷いっすよ……」
森山と高宮さんの息の合った辛辣なツッコミに、濱崎が苦笑する。やっぱお前ら仲いいだろ。
そんな二人を尻目に、シャクシャクとかき氷を頬張っていた向井さんがどこか羨ましそうに呟いた。
「でも、陽華も志緒ちゃんもすっごく幸せそうだよ。ああいうの見てると、あたしも彼氏とか欲しくなっちゃうな~……ってこれ、前も言ったっけ?」
「ぅぇっ……!?」
(一部の人間にとっての)爆弾発言に、濱崎の喉から妙な声が漏れ、高宮さんの眼鏡がキラリと光った……気がした。
「確かに前にも聞いたことがあるわね。それで、あれからどうなの? 美樹。気になる人が居たりとか――」
「興味はあるだけで、今はまだバスケ一筋でーす! 気になる人も居ませーん! ……あ、りんご飴っ!」
「あら」
「……残念だったね。いや、むしろフリーが確定したからよかったのかな?」
「の、ノーコメントっす!」
目に映った出店の一つに突進していく向井さんを、濱崎は嬉しいような悲しいような何とも言えない表情で見送る。
勝負はこれからだ、頑張れよ濱崎。
森山に続いてそう声をかけようとしたところで、電柱にかけられたメガホンから大音量のアナウンスが響いた。
『――――さんのライブが間もなく始まります! 是非公園中央のステージまでお越しくださ~い!!』
あまりテレビを見ない俺ですら、名前くらいは聞いたことのある歌手だ。そんな有名人を地域の夏祭りに呼べるものなのか、と少し感心してしまう。
そのアナウンスを聞いて俄かにざわめき立った人混みが、俺たちの進行方向とは真逆の方へと大移動を始めた。
「あー、そういやなんかすげーゲスト呼んでるって親父が言ってたっけなぁ……っとやべ、ちょい端に寄ろうぜ」
「ちょっと待って、美樹がりんご飴買いに行っちゃってて……!」
陽華の焦りを含んだ言葉に、さっと周囲に視線を巡らせる。こういう時こそ高身長の出番だ。
行き交う人々の顔を上から見下ろすように注意深く観察し、向井さんの姿を探し求める。
一際小柄な彼女をこの人波から見つけ出すのは――いや、見つけた。
俺たちの居る場所から十数メートル離れた人混みの真ん中で、片手を上げてぴょんぴょん飛び跳ねる姿は、上から見ると実に目立つ。
「見つけた! けど早く迎えに行かないと、このまま人混みに流されていきそうだ……」
「まったくあの子は……! でも、流石にあの中に飛び込むのは」
「――俺が行くっす!」
木乃伊取りが木乃伊になるのを恐れて二の足を踏む俺たちを置いて、真っ直ぐ飛び出す大柄な影が一つ。
決然とした表情で前を見据える濱崎だ。俺よりも更に大柄な身体を群衆の隙間に滑り込ませると、人垣をものともせずにかき分け、ずんずんと向井さんの元へと突き進んでいく。
やがて意中の人の元に辿り着いた濱崎は、助けを求めるように伸ばされた向井さんの手をがっしりと掴んだ。
「は、濱崎くんっ!?」
「すんません、謝罪は後で必ず……! と、とりあえず皆のとこに連れてくんで、ついてきてほしいっす!」
「う、うん、ありがと!」
びくりと肩を震わせた向井さんは、濱崎の剣幕に気圧されたように頷く。
「おぉ……」
「濱崎のやつ、男を見せたな」
「彼、たまにすごい行動力発揮することがあるよねぇ」
「それをいつも発揮できてればなぁ」
「ちょっと男子ー? まずは褒めてあげなきゃ!」
「とりあえず、美樹が無事でよかったわ」
「あんたたちも彼を見習いなさいよ」
好き勝手に論評したり安堵したりする俺たちのところに、2人が這う這うの体で帰ってくる。
疲労困憊の濱崎を労ったあと、2人を休ませるのも兼ねて全員で近くのベンチに移動することにした。
ちなみにその最中も濱崎は向井さんの手を掴んだままで、俺たちもそれを指摘することは……あっ、気付いた。
「ぅおわっ――すすすすみませぇんっ!! ととととんだ失礼をぉっ……!!」
「うぇっ!? しつれーとか、むしろそんな風に思う方がしつれーでしょ! 助けてくれてほんとにありがとね、濱崎くんっ! パワフルでカッコよかったよ~!」
「カッ……あ、あああざすっ!! こ、光栄っす!!」
「あれっ? 助けてもらったのあたしだよねっ!?」
何やってんだあいつら……。
人垣に突っ込んだ時の気迫はどこへやら、情けない慌てぶりの濱崎に苦笑が漏れるが……まぁ、向井さんは楽しそうにしてるし結果オーライか?
濱崎が落ち着くのを待って、橋本が気軽な様子で声を上げた。
「少しヒヤッとはしたが、人が捌けたおかげで俺らは快適に祭りを楽しめそうだな!」
「確かにね。今の内に焼きそばとかお好み焼きみたいな、ご飯になるものを買っておきましょうか」
この祭りを知り尽くした幼馴染カップルの助言だ、ありがたく受け取ることにしよう。
方針を決定し、先程までと比べて半分以下の人口密度になった道を連れ立って歩く。
もう一つ違う点としては――後ろ2列の並びが男女混合に変わったことか。誰と誰が隣り合っているかは、語る間でもないかもしれない。
「腹ごしらえしたら目いっぱい遊んでー、花火は打ち上げ始まる十分前ぐらいに移動すればいいだろ」
「花火が綺麗に見える穴場を教えてくれる、って話だったけど……」
「十分前で間に合うのかしら? この人混みだと、移動だけで一苦労でしょう」
頭脳派コンビの怪訝そうな問いかけに、橋本は人差し指を立てて、
「ちっちっち……慌てんなよ素人ども。心配しなくてもきちんと導いてやるさ。この街とこの花火大会を知り尽くした俺たちにしか辿り着けない、絶対に邪魔されずに花火を独り占めできる最高のロケーションにな……!」
そう言ってあくどい笑みを浮かべる橋本に、傍らの篠原さんが呆れた顔で溜め息を吐いたのだった。




