第102話-B:ここから始めようよ
新生・稲北高校バドミントン部、始動。
こうして色々な騒動を巻き起こした県予選大会は、彩花が優勝、隼人が準優勝という形で無事に終了。
この2人が愛知県代表として、8月から始まるインターハイに出場する事になった。
そして六花に車で病院に連れて行かれた、隼人、彩花、静香の診察結果についてだが。
まず彩花に五感どころか第六感までも剥奪された隼人だったが、特に深刻な後遺症は見受けられず、至って健康だと診察された。
彩花と静香も、黒衣の暴走による影響は特に無し。
また朱雀天翔破を連発した事で痛めてしまった静香の右肘に関しても、六花の迅速かつ適切な応急処置もあってか大した怪我では無く、若くて健康な静香なら安静にしていれば、放っておいても3日もあれば完治するとの事だった。
3人共何事も無くて本当に良かったと、ホッと胸をなでおろした六花なのだが…しかし今回の県予選を巡る騒動は、これだけでは終わらなかったのである。
今回の彩花に対する虐待、そして六花に対して理不尽に向けられた冤罪の一連の騒動の真実が、優勝インタビューの場で他ならぬ彩花本人の口から生々しく語られた事で、あっという間にSNSを通じて全世界に拡散。
日本のみならず世界中においても、
『スポーツとは、一体何なのか』
という事が問題提起される結果となってしまい、多くの国々においてテレビで特番まで組まれる事態になってしまったのである。
そして身勝手なエゴと己の保身に走った結果として、彩花と六花を理不尽に追い詰めた支部長は、その責任を本部長に厳しく追及されて懲戒解雇処分を言い渡された。
後任の支部長には本部長からの直々の指名を受け、40歳の経理担当の女性が就任する事が決まったのだが。
何とあろう事か支部長はそれを不服として、解雇の取り消しと未払い分の賃金の支払いを求めて、JABSを相手に民事訴訟を起こすと発表したのである。
あくまでも彩花を虐待したのは学園長と直樹であり、支部長本人は彩花に対して何の危害も加えていない、自分は全くの無実であって今回の処分は不当だと、支部長は弁護士を同席させた上で記者会見の場で強く主張。徹底的に争う構えを見せたのだ。
その学園長だが、今回の一件の責任をOBや関係各所から厳しく追及されて辞任を強要されるも、こちらも辞任はしないと徹底抗戦の構えを見せた。
彩花が優勝インタビューで生々しく語っていた、彩花の拉致や殺害示唆に関しては、決定的な証拠など何も無い、所詮は彩花の狂言であって全くの事実無根だと、緊急会議の場でOBや関係各所に対して強く主張したのだ。
本来ならば六花のアパートの近くに設置されていた防犯カメラが、彩花への拉致現場を録画していたはずだったのだが。
間が悪い事に、何とこんな時に限って防犯カメラが故障してしまっていた事が判明し、決定的な証拠が何も残っていなかったのである。
周囲に目撃者もおらず決定的な証拠が何も無い以上は、下手をすれば逆提訴されかねないという理由から学園長を辞任はさせられないとして、あれだけの騒動を起こしたにも関わらず続投という結果となってしまった。
また直樹は彩花に黒衣を発動させてしまった責任を取る形で、バドミントンスクールのオーナーに対して自ら辞表を提出。
だがそれをオーナーは穏やかな笑顔で、ビリビリと破ってゴミ箱に捨ててしまった。
「君は確かに間違いを犯した。藤崎彩花君に対して取り返しの付かない事をしてしまった。だがそんな君だからこそ、これからは生徒たちを正しく導く事が出来るはずだ。」
そのオーナーの言葉に、直樹は目から大粒の涙を流しながら嗚咽したのである。
そして県予選大会決勝の2日後の、2024年7月22日の月曜日。
8月6日の火曜日からいよいよ開幕するインターハイに向けた、隼人たち稲北高校バドミントン部の練習の日々が再び始まる。
既に夏休みに突入しており、バドミントン部はこれから夏休みが終わるまでは、完全休養日の日曜日と盆休みを除いて午前中だけ練習する事になっているのだが。
「皆、おはよう。県予選は本当にお疲れ様。これから私たちは8月から始まるインターハイに向けて、本格的に準備を進めていく事になるわ。」
隼人たちに穏やかな笑顔で呼びかける美奈子だったのだが、そんな美奈子の隣にいたのは…。
「それと正式な手続きはまだだけど、今日から彩花ちゃんと朝比奈さんが聖ルミナス女学園から編入して、私たちの新しい仲間に加わる事になったわ。皆、仲良くしてあげてね?」
そう、今日から彩花と静香が聖ルミナス女学園から、稲北高校に転入する事になったのだ。
稲北高校の体操着を着た彩花と静香が、とても穏やかな笑顔で隼人たちを見つめている。
元々彩花は平野中学校に在籍していた頃から、隼人や楓との稲北高校での学校生活を望んでいたのだが、前支部長の身勝手なエゴによって、無理矢理聖ルミナス女学園に入学させられていた。
その事を優勝インタビューの際に、彩花は涙ながらに観客たちに対して必死に訴えかけていたのだが。
その事情を察した本部長が、彩花を稲北高校に編入させるようにと、聖ルミナス女学園に対して通告したのだ。
当然、聖ルミナス女学園のOBや関係各所たちは、インターハイへの出場が決まっている彩花は学園の広告塔も同然であり、簡単に手放せる訳がないと本部長に対して猛反発したのだが。
それでも結局は聖ルミナス女学園への入学自体が支部長からの強要による物であった事、また直樹による虐待同然の指導の真実が、他ならぬ彩花本人の口から優勝インタビューの場で暴露された事で、学園に抗議の電話が殺到。職員の日常業務にも支障が出る事態にまで陥ってしまう。
このままでは学園の評判に傷が付きかねないという理由から、結局は彩花を手放す事に渋々ながらも同意せざるを得なくなってしまったのである。
なので彩花は稲北高校の選手として、8月から始まるインターハイに出場する事になった。
静香の場合は彩花とは全くの真逆で、自ら望んで聖ルミナス女学園に入学したのだが、それでも静香は稲北高校への編入を決めたのだ。
その理由は実に単純明快で、
『稲北高校に行けば須藤君や彩花ちゃんや里崎さんと、いつでも好きなだけ打てるじゃないですか。』
との事だった。
それに稲北高校には美奈子という、先日の県予選大会で一発退場処分を食らった黒メガネとは比較にならない程の、最強の指導者がいるというのも理由だ。
隼人の事をあそこまで鍛え上げてみせた美奈子ならば、黒メガネと違って自分の事を正しく導いてくれるのではないかと…そんな期待を静香は抱いているのである。
当然、聖ルミナス女学園のOBや関係各所たちは、絶対的なエースである静香を簡単に手放す訳にはいかないと強く遺留したものの、それでも静香の決意は揺るがなかった。
今の静香の瞳には身勝手な大人のエゴの温床となってしまっている聖ルミナス女学園よりも、隼人たちがいる稲北高校の方が遥かに魅力的に映ってしまっているのだから。
「それと、今までは私が監督業の傍らでマネージャーの業務を兼任してたけど、今日からうちに専任のマネージャーが来てくれる事になったわ。」
だが突然の美奈子の言葉に、隼人たちは一斉に戸惑いの表情を浮かべる。
インターハイ開催が来月に迫っている今この時期に、専任のマネージャーって。
一体どんな人がやってくるのかと、隼人たちは互いに顔を見合わせながら、ざわついてしまったのだが。
「それじゃあ早速だけど、新しいマネージャーを紹介するわね。入ってきていいわよ〜。」
美奈子に促されて穏やかな笑顔で、マネージャーが体育館に姿を現した。
そこにいたのは首元にネクタイを締めたリクルートスーツ姿の、凛々しくも美しい30代後半の女性。
「今日から稲北高校バドミントン部のマネージャーを務める事になった、藤崎六花よ。」
なんかめっちゃ見覚えのあるお母さんが、隼人の目の前に現れたのである。
「皆、よろしくね?…うふっ(笑)。」
「…はあああああああああああああああああああ(汗)!?」
自分に向けて笑顔でウインクをする六花の姿に、隼人は思わず仰天してしまったのだった…。
六花が言うには本部長からの鶴の一声によって、彩花が3年生になってバドミントン部を引退するまでの期間限定で、JABSの通常業務と並行して稲北高校バドミントン部のマネージャーを務めることになったらしい。
周囲の大人たちの身勝手なエゴに振り回された結果、1ヶ月間も生き地獄を味合わされ、心の中に一生消えないであろう深い傷を残してしまった今の彩花には、六花の存在が絶対に必要だろうからと。
それに伴い六花は、黒メガネの代わりに一時的に代行していた聖ルミナス女学園の監督を、正式に退任する事が決定。
同時に黒メガネは今回の一件の責任を本部長から厳しく追求され、日本のバドミントン界からの永久追放が決定。それに伴い聖ルミナス女学園を懲戒解雇処分となってしまったとの事だ。
六花の後任の監督については、学園側で選抜して貰う事になったらしいのだが。
「ったく、母さんめ…なんか今日はやけに朝からニヤニヤしてたけど、そういう事だったのかよ。」
「そういう事よ。てぺぺろっ(笑)。」
呆れたような表情の隼人に対して、意地悪な笑顔を浮かべた美奈子。
彩花と静香も隼人に対してニヤニヤしている事から、この2人は事前に六花のマネージャー就任を知らされていたのだろう。
美奈子の事だ。隼人の事をびっくりさせてやろうと、六花たちと4人で示し合わせていたに違いない。
とは言え、この稲北高校バドミントン部においては、隼人は選手、六花はマネージャーという立場だ。
だから公私の区別だけは、しっかりと付けなければならない。
そんな事を考えていた隼人だったのだが。
「よろしくお願いします。『藤崎マネージャー』。」
「うわああああああああああああん(泣)!!」
「えええええええええええええええ(泣)!?」
突然黒衣を纏った六花が目をうるうるさせながら、美奈子の身体にしがみついたのだった。
まさかの六花の行動に、隼人は戸惑いを隠せない。
「美奈子さぁん!!隼人が!!隼人がぁっ(泣)!!」
「六花ちゃん…可哀想に…。」
そんな可愛い後輩である六花を優しく抱き寄せ、頭を撫で撫でしてあげる美奈子だったのだが。
「隼人君!!六花ちゃんに対して、どうしてそんな酷い事を言うの(笑)!?」
「何で僕、母さんに叱られてるの(泣)!?」
何故か隼人は、美奈子に説教されてしまったのだった…。
いや、というか公私混同したらいけないと思ったから、六花の事を『マネージャー』と呼んだというのに。
それなのに…一体全体、何がどうしてこうなった。
「ぶええええええええええええええええ(泣)!!」
「分かった!!分かりましたから!!だから黒衣をしまって下さい!!『六花さん』(泣)!!」
「わ~い(笑)。」
「神衣をしまって下さ~~~~~~い(泣)!!」
いつものように『六花さん』と呼んで貰えた事で、やっと機嫌を直した六花なのであった…。
((((ほ、本当に大丈夫なんだろうか、この人…。))))
頭の中で一斉に、六花に対してツッコミを入れる部員たち。
いやまあ、確かに六花はスイスのプロリーグにおいて、10年連続優勝という前代未聞の偉業を成し遂げた、スイスのバドミントンにおける『英雄』だというのは、部員たちの誰もが頭の中では理解しているのだが。
目の前で隼人の事をからかっている六花の姿に、何となく不安を覚えてしまった部員たちなのであった…。
あれ?以前もこんな事があったような気が…。
まあいいや。
「…コホン。さてと、私が皆のマネージャーとして就任するにあたって、皆に1つだけ伝えておく事があるわね。」
神衣を解除した六花が穏やかな笑顔で、隼人たちの顔を真っ直ぐに見据えた。
「美奈子さんが皆に提示した3原則の、『気持ち』、『心遣い』、『一人一芸』…これに私は、さらにもう1つを追加するわ。」
美奈子が壁に貼り付けた、『気持ち』『心遣い』『一人一芸』の紙切れの隣に、六花は鞄から取り出した紙切れをマスキングテープで貼り付ける。
そこに書かれていたのは…。
『バドミントンは、楽しく真剣に。』
そう、六花が隼人と彩花に対して、口癖のように言っている事だ。
それを六花は他の部員たちに対しても、実践して貰おうと考えているのだ。
「皆の中には朝比奈さんや楓ちゃんのように、真剣にプロを目指して頑張ってる子たちもいるかもしれないけど…それでも私は皆には、バドミントンの楽しさ、面白さという物を、どうかいつまでも忘れないでいて欲しいと…そう私は思っているの。」
練習や試合を真剣にやるのは当たり前だが、そんな中でも隼人たちには、バドミントンを楽しむ気持ちを決して失わないで欲しいと…そう六花は願ってるのだ。
六花は隼人たちに、バドミントンマシーンになって欲しくないから。
そして隼人たちにはバドミントン部での練習や試合を通じて、心身共に強く逞しく成長して貰い、いつか稲北高校を卒業した後に立派な社会人として、爽やかな笑顔で世の中に羽ばたいて欲しいから。
バドミントンは、楽しく真剣に…六花の言葉には、そういう意味合いも含まれているのだ。
「特に彩花。貴女には余計にそれが言えるわ。聖ルミナスでの出来事を考えるとね。」
「ありがとね、お母さん。だけど過ぎちゃった事はもう仕方が無いよ。」
六花の気遣いに彩花は、とても恥ずかしそうな笑顔を見せた。
失ってしまった時間は、もう取り戻せない。
聖ルミナス女学園で身勝手な大人たちのエゴに振り回された彩花が、人生でたった1度だけの貴重な高校生活を台無しにされてしまったという現実は、最早どう足掻いても覆す事など出来はしない。
だがそれでも…いいや、だからこそ。
今の自分に残された残りの高校生活を、隼人たちと一緒に稲北高校で全うする事が出来ればと。
彩花は今、そんな事を考えているのだ。
「ここから始めようよ。私たちの本当の高校生活をさ。」
隼人と静香を両腕で抱き寄せた彩花が、部員たちに対して満面の笑顔を見せる。
そんな彩花の姿を六花が、とても慈愛に満ちた笑顔で見つめていたのだった。
次回、隼人VS静香。
…なのですが、FF14のパッチ7.5配信に伴い、申し訳ありませんがしばらくの間、更新作業を一時中断させて頂きます。
一応、勤務先の昼休みにスマホとモバイルキーボードを使って執筆作業は行いますが、それでも更新自体は止まります。
出来るだけ早く再開したいとは思っていますが、どうかご理解下さいますようお願い致します。




