第101話-B:お前の物は俺の物、俺の物は俺の物
ジャイアニズムダクネス。
優勝インタビューの最中に、隼人と共にバドミントンを大学までで引退するという、とんでもない爆弾発言をしでかした彩花だったのだが。
当たり前の話なのだが、隼人と彩花をスカウトしようとしていた各国のプロチームの関係者たちが、はいそうですかと黙って引き下がる訳が無かった。
当然だろう。ただでさえ隼人も彩花も今の時点で、下手なプロが相手なら勝ててしまう程の実力を有しているというのに、さらに2人共伝説の闘気である神衣にまで目覚めてしまったのだから。
「須藤君!!藤崎君!!大学までで引退だなんて馬鹿な事を言うな!!うちのチームでプロ契約をするつもりは無いかね!?」
「契約金と年俸に関しては、これから首脳陣との相談になるが、それでも君たちの満足のいく数字を出せるだけの自信がある!!」
「君たちは以前はスイスに住んでいたのだろう!?だったらうちのチームでプレーする事に何の支障も無いはずだ!!」
彩花の優勝インタビューを終え、病院に向かう為に六花の車に向かう隼人、彩花、六花、そして彩花に肩を貸して貰っている静香の下にスカウトたちが殺到し、大慌てで名刺を差し出しながら一斉に声を掛ける。
だがそれらを全て無視した隼人たちが彼らを無理矢理振り解き、威風堂々と六花の車へと向かっていったのだった。
そうしてスカウトたちと押すな押すな状態になりながらも、何とか六花の車まで辿り着いた隼人たちだったのだが。
「待ちたまえ須藤君!!藤崎彩花君!!君たちが大学まででバドミントンを引退するなど、そんな馬鹿な事が許されると本気で思っているのかね!?」
六花の車の前で待ち構えていた支部長が興奮して顔を赤くしながら、隼人たちの前で大の字になって立ちはだかったのである。
「神衣の頂きに辿り着いた君たちは、低迷が続く我が国のバドミントンの『希望』なのだぞ!?そんな君たちが大学までで引退など、自分勝手な事を言っとったらあかんぞ!!」
先程、隼人の事を『天才の成り損ない』などと酷評していた癖に、隼人が神衣に目覚めた途端に一転して『希望』などと…。
あまりの支部長の心変わりの早さ、そしてあまりにも身勝手な言い分に、隼人は心の底から怒りを爆発させたのだった。
自分勝手なのは、一体どちらなのか。
そもそもの話、支部長が身勝手なエゴと保身に走ったせいで、彩花と六花を絶望させて黒衣を顕現させてしまったのではないのか。
その事に関して彩花と六花に対して全く謝罪しようとしないばかりか、彩花が大学までで引退すると宣言した事を逆に責め立てるなど、一体何様のつもりなのか。
思わず支部長を殴って蹴って袋叩きにしたいという衝動に駆られてしまった隼人だったのだが、それを必死になって抑え込む。
大勢の記者やスカウトたちが殺到している今この場において、自分が支部長に対してカッとなって、一時の感情に身を任せて暴力を振るってしまえば、一体どうなってしまうのか。
既に彩花と共に出場が決まっているインターハイを、一発で出場停止処分になってしまうばかりか、色々な所に多大な迷惑を掛ける事になってしまいかねないのだ。
だからこそ隼人は、必死になって耐えたのである。
彩花と六花を理不尽に苦しめた目の前のクズに対して、復讐してやりたいという衝動を。
読者の皆さんに誤解の無いように言っておくが、幾ら隼人が神衣に目覚めたからといっても、隼人は聖人などでは決して無い。
まだあどけなさが残る、未成熟の16歳の子供なのだ。
だからこそ隼人が身勝手な支部長に対して、暴力を振るいたいという衝動に駆られてしまうのは、仕方が無い事なのだ。
「そのクズの言う事に耳を貸す必要など無いぞ。須藤隼人。」
そんな隼人の心情を察したかのように、慌てて駆けつけたダクネスが隼人の隣に寄り添ったのだった。
そしてダクネスの隣には、亜弥乃と内香の姿も。
何でこんな所に3人が?パリにいるのではなかったのか。
隼人も彩花も静香も六花も、全く予想もしなかった展開に唖然としていたのだが…。
「ダ、ダクネスさん!?」
「だが、この男への怒りをよくぞ堪えたな。見事だ。この男に対して報復をしたいのであれば暴力などではなく、後で法的な手段で堂々と訴えればいい。」
とても穏やかな笑顔で、ダクネスは右手で隼人の肩をポンと叩いた。
よくぞ耐えた。よくぞ堪えた。
隼人は先程の支部長の身勝手な言い分に激怒しながらも、しっかりとスポーツマンとして己を律し、堂々たる姿を見せてくれたのだ。
そんな隼人に対してダクネスは、心からの賛辞の言葉を送ったのである。
今なら、ダクネスにも分かる気がした。
何故亜弥乃と内香が日本を離れ、デンマークに活躍の場を移したのかを。
こんなクズが日本のバドミントン界の重役に就いているようでは、そりゃあ亜弥乃も内香も日本を見限って当たり前だ。
亜弥乃は高校時代に、監督から暴力を振るわれたなどとダクネスに語っていたのだが(第84話参照)。
今のままではこの国のバドミントンに、明るい未来など訪れはしないだろう。
「とりま、そんな事よりもだ。」
隼人を壁ドン!!したダクネスが、物凄い笑顔で隼人を見据え、はっきりと告げたのだった。
「須藤隼人。そして藤崎彩花と朝比奈静香と、あとこの場には居ないが里崎楓もだ。お前たち、高校を出たらスイスに来い。シュバルツハーケンに来い。」
「は(泣)!?」
「バドミントンを大学までで辞めるだと?そんな事、誰が許可した(笑)?」
「はああああああああああああああああああああああ(泣)!?」
そう、隼人と彩花も、そして静香も楓もスイスに来るべきだ。
バドミントンの本場・『王国』スイスという、日本とは比べ物にならない程の恵まれた環境下と高いレベルにおいて、隼人たち4人はその素晴らしい実力と才能を存分に発揮させるべきなのだ。
特に隼人と彩花に至っては、先程スカウトの1人が主張していたように、幼少時はスイスに住んでいたのだ。しかも2人共母親がシュバルツハーケンのOBでもあるのだ。
この2人にとってシュバルツハーケンでプレーするというのは、まさしく里帰りするのも同然だろう。
物凄い笑顔で自分を睨み付けるダクネスに対して、隼人は思わずタジタジになってしまう。
そんな隼人とダクネスに記者たちが、これは特大の記事のネタになると言わんばかりに、物凄い勢いでカメラのフラッシュを浴びせたのだった。
「先程、亜弥乃から聞いたのだが…この日本には、このような格言があるらしいな?」
さらにダクネスは隼人と彩花をこのまま逃がしてたまる物かと、とんでもない事を隼人に対して言い出したのである。
「お前の物は俺の物、俺の物は俺の物。(´・ω・`)」
「駄目だこの人!!考え方がジャイアニズム過ぎる~~~~~~~~~(泣)!!」
亜弥乃はダクネスに対して、一体何をしょ~もない事を教えているのだろうか…。
こんな金の卵をこのまま逃がしてたまる物かと、ダクネスは隼人を壁ドン!!しながら、物凄い笑顔で隼人を睨みつけていたのだが。
「駄目だよダクネスちゃん。隼人君たちに対して、そんな無理矢理スイスに連れて行こうなんてやり方はさ。」
そんな隼人に助け舟を出してやろうと、亜弥乃が呆れた表情で2人の間に割って入り、ダクネスを隼人から引き離したのだった。
幾ら隼人たち4人をスイスにお持ち帰りしたいからといって、このような強引なやり方など許される訳が無いだろうに。
そう、4人をスカウトするなら、もっと建設的でスマートなやり方をしなければ。
「ねえ隼人君。折角の機会だからさ、ここにサインを貰えないかな?ほら、こうして君という素晴らしい選手に巡り合えた記念にさ。」
「え?サインですか?まあ、それ位なら別にいいですけど…。」
亜弥乃からボールペンを借りた隼人が、亜弥乃に差し出された書類の署名欄に、言われた通りに自分の名前を署名しようとしたのだが。
「え~と、須藤隼人…。」
ヘリグライダー入団契約締結同意書
私は以下の条件で、高校卒業後にヘリグライダーと選手契約を結ぶ事に同意します。
契約金:日本円で約5000万円
出来高:日本円で最大約3000万円
年俸:日本円で約500万円
背番号:9
専属の通訳付き。寮完備。
署名:須藤隼
「うわああああああああああああああああああああああああああ(泣)!!」
思わず『人』と書いてしまいそうになってしまった寸前で、隼人は亜弥乃に渡された書類を慌ててグシャグシャにして床に叩きつける。
それを亜弥乃が、なんかもう泣きそうな表情で拾って、グシャグシャになった書類を丁寧に広げ直し、改めて隼人に差し出したのだった。
「待って隼人君!!後はここに『人』って字を書いてくれるだけでいいから!!そうすれば君は幸せになれるから(泣)!!」
「いやいやいやいやいや!!だから僕も彩花ちゃんもプロにはなりませんから!!大学まででバドミントンは綺麗さっぱり辞めますから(泣)!!」
危なかった。本当に間一髪だった。
あと少しで隼人はヘリグライダーと選手契約を結んでしまい、高校卒業後に亜弥乃と内香にデンマークまでお持ち帰りされてしまう所だった。
いや、と言うかこの手の公的書類は、サインだけでなく捺印も押さないと、法的な拘束力など何も無いのだが…。
亜弥乃とてプロのスポーツ選手なのだから、ヘリグライダーと契約している個人事業主なのだから、それ位の事は理解しているはずだろうに。
それでも亜弥乃は諦めずに、隼人に対してグシャグシャになった書類を一方的に押し付けてくる。
捺印など、後で幾らでもどうとでもなると…そんなような事を考えているのだろうか…。
「だってこんなに最高の条件を出してくれるチームなんて他に無いよ!?それに隼人君なら間違いなくデンマークでもプロで活躍出来るよ!?そうすれば私やダクネスちゃんみたいに年俸が沢山上がって、お金をがっぽり稼げるよ(泣)!?」
「それでも僕も彩花ちゃんも、100億%プロにはなりませんから!!そういう話を母さんたちとしましたから(泣)!!」
「そんな事言わないでよ!!ダクネスちゃんも言ってたけど、君たちが大学でバドミントンを引退するなんて、そんなの私は到底認められないよ(泣)!!」
「嫌です断固拒否します大学までで引退します(泣)!!」
亜弥乃に手渡されたボールペンを持つ自分の右手を掴んで、差し出した書類に無理矢理『人』という字を書かせようとする亜弥乃に対して、必死に抵抗する隼人だったのだが。
「やだやだやだやだやだぁ(泣)!!」
とうとう子供みたいに駄々をこねてしまったのだった…。
「もう、我儘言わないの!!亜弥乃!!」
目をうるうるさせながらジタバタする亜弥乃を、内香が苦笑いしながら背後から優しく羽交い絞めにし、隼人から引き離す。
「御免なさいね隼人君。この子ったら日本に居た頃から、こうなのよ。」
「は、はぁ…(汗)。」
「だけどアンタたちが大学までで引退するなんて許せないという気持ち自体は、私も亜弥乃やダクネスちゃんと同じよ。」
そう、これ程の金の卵が、大学まででバドミントンを引退するなど冗談ではない。
その決断が、これからの世界のバドミントンの未来において、一体どれ程の多大な損失になってしまうのか。
それを内香は、心の底から本気で思っているのである。
その決断を隼人と彩花が下したのは、この日本という国のスポーツの愚かさに失望したからに他ならない。
そう、かつての自分や亜弥乃と同じように。
ならば日本ではなく、デンマークならばどうだろうか。
バドミントンの絶対王者・『帝国』デンマークという、日本とは比べ物にならない程の恵まれた環境下と高いレベルにおいて、隼人たち4人はその素晴らしい実力と才能を存分に発揮させるべきなのだ。
「静香ちゃんもよ。あんな古賀監督などという最低最悪なクズの下で、アンタはよく今まで3カ月近くも我慢して来たわね。だけど私は違う。アンタたちを立派なプロのバドミントン選手として、正しく導いてあげられるわ。」
「それは…。」
「今この場には居ない楓ちゃんにしてもそうよ。アンタたち4人はね、まだまだ『素材』よ。これからの環境次第で白くも黒くもなってしまう。だけど私ならアンタたちの実力と才能を、今よりももっともっと引き出せる自信があるわ。だから…。」
勿論勝負の世界に絶対は無いのだが、それでも今の内香には、隼人たち4人を亜弥乃やダクネスにも劣らない程の、世界トップレベルの選手に育て上げる自信があった。
4人の練習プランは、既に内香の頭の中で確立してある。
彩花と静香の黒衣に関しても、もうこれ以上暴走させるつもりはない。自分や亜弥乃のように黒衣を完璧に制御出来るようにしてみせる。
内香は思い描いているのだ。隼人たち4人がデンマークに帰化して、ヘリグライダーに入団して亜弥乃のチームメイトとなり、デンマーク代表にも選抜されて世界の強豪たちを相手に戦う光景を。
「…辞めますよ。」
だがそれでも、隼人の決意は揺るがない。
何の迷いも無い力強い瞳で、隼人は内香に断言したのだった。
真剣にプロを目指している静香と楓はともかく、隼人と彩花は大学まででバドミントンを綺麗さっぱり辞める。
これは先程、彩花の優勝インタビューの準備が進められている最中に、隼人と彩花、美奈子、六花の4人で話し合って決めた事だ。
これに関しては何があろうとも、もう決して100億%揺らぐ事は無い。
隼人も彩花も、もう懲り懲りなのだ。
周囲の身勝手な大人たちのエゴに、これ以上振り回され続けるのが。
「隼人君。私は絶対に諦めないわよ?」
勿論内香も、そんな事は承知の上だ。初手で拒絶されるのは想定内だ。
内香とて現役時代に神奈川の社会人チームでプレーしていた頃は、バドミントンの傍らで営業の仕事をしていたのだ。顧客から門前払いされるなんてのは嫌という程経験している。
隼人は100億%プロにはならないと亜弥乃に言っていたが、その100億%を0%にしてみせるのが、内香が日本で培った営業スキルの見せ所だ。
「いや、諦めて下さいよ。」
隼人は苦笑いしながら、亜弥乃を背後から羽交い絞めにしている内香を拒絶する。
そんな2人に対して記者たちが、一斉にカメラのフラッシュを浴びせたのだが。
「すみません羽崎監督。早くこの子たちを病院に連れて行かないといけないので。それでは失礼します。」
見かねた六花が2人の間に割って入って内香に一礼し、記者たちを押しのけながら無理矢理隼人たちを連れ去ってしまった。
去り際に六花が内香に対して一瞬見せたのは、内香に対しての『敵意』に満ちた視線。
やはり簡単には説得出来そうもないが、それでも内香は決して諦めるつもりはない。
これ程の金の卵を、そんなに簡単に逃がしてたまる物かと。
あの4人を何としてでも、高校卒業後にデンマークに連れて行く。ヘリグライダーに入団させてみせる。
記者たちに質問攻めにされながら、隼人たちを連れて自分の車へと向かう六花の後ろ姿を、内香は決意に満ちた笑顔で見つめていたのだった。
次回、新生・稲北高校バドミントン部、始動。




