第98話-B:私の想い、ハヤト君に届け
隼人VS彩花、決着です。
「な、何を勝手に試合を再開しているザマスか!?まだ私の話は済んでいないザマスよ!?」
自分をほったらかして試合を再開した隼人と彩花の姿に、様子は顔を赤くしながら怒りを爆発させたのだった。
本来ならば日本学生スポーツ協会の次長を務めるダンディな男に、彩花を強制的に失格にさせて、静香を繰り上げでインターハイに出場させる予定だったのだが。
ところがどうだ。実際には突然の静香の予想外の横槍で妨害された挙句、彩花がまさかの神衣に覚醒し、こうして何事も無かったかのように試合が再開される始末だ。
「次長!!先程話した通り、藤崎彩花さんを今すぐに失格にするザマス!!」
このまま試合を続行させてたまるものかと、様子が怒りの形相でスマホを耳に当て、早く彩花を失格にしろとダンディな男に呼びかけたのだが。
『いや、しかし…神衣に目覚めた藤崎君を安易に失格にするというのは…。』
またしても予想外のダンディな男の弱気な発言に、さらに様子は怒りを爆発させたのだった。
「なっ…!!あ〜たは何を訳の分からない事を言っているザマスかぁっ!?」
『神衣とは希望の象徴であって、学生スポーツとして相応しい存在だからな。それに貴女が主張なされている藤崎彩花君の単位不足についても、藤崎彩花君と藤崎六花君に対して正式に事情聴取をする必要があるからな。』
学生スポーツとは清く正しく、正々堂々と戦わなければならない存在である。
それがダンディな男を初めとした、日本学生スポーツ協会の総意だ。
だからこそ神衣という『希望』の象徴に覚醒した彩花は、まさしく学生スポーツとして相応しい存在だと。
それをダンディな男は、様子に主張しているのである。
それに先程様子が電話で主張してきた彩花の単位不足についても、様子から口頭で伝えられただけで詳しい事情を全く知らされていない上に、実際に自身の目で決定的な証拠を何も確認していない以上、日本学生スポーツ協会の独断だけで勝手に彩花を失格にする訳にはいかないのだ。
その理由は、ただ1つ。
仮に様子が主張している単位不足が事実だったとしても、実際には彩花に何らかの深い事情があって、授業を受けたくても受けられなかった可能性があるからだ。
日本の警察には冤罪を防ぐ為に、「疑わしきは被告人の利益」という鉄則がある。
あの六花が。JABSのイメージキャラクターを務める程の人格者である六花が。彩花に対してすーはーすーはーくんかくんかしている六花が。
果たして愛しの彩花に対して、授業を受けさせずにバドミントン漬けにするなどという、そんな有り得ない虐待などするのだろうか。
『とにかく我々日本学生スポーツ協会の総意としては、今すぐに藤崎彩花君を失格にするという訳にはいかない。それだけは貴女に伝えておく。』
「ふざけるなザマスよおおおおおおおおおお!!次長おおおおおおおおおおお!!」
そんな様子の怒りなど知った事では無いと言わんばかりに、隼人と彩花の試合は続く。
互いに神衣を纏った2人の壮絶な死闘に、観客席から温かい大声援が送られる。
両者互角の壮絶な超高速のラリーの応酬に、観客たちは大いに熱狂したのだが。
「19-19!!」
隼人の黄金のロブが、彩花の後方のラインギリギリに突き刺さった。
笑顔でガッツポーズを見せる隼人に対し、マンボウみたいに頬を膨らませながら笑顔を見せる彩花。
「何やあいつらは!?何をあんなにヘラヘラヘラヘラ笑いながら試合をしとるだ!?実にけしからん!!もっと真剣に試合をせんかぁっ!!」
そんな2人の楽しそうな光景に、ダクネスの後ろの席に座っていた老人が顔を赤くしながら、隼人と彩花に向かって怒鳴り散らしたのだが。
「分かりませんか?ご老人。今のあの2人は、紛れもなく真剣にプレーしていますよ?」
「な、何やとぉっ!?」
そんな老人をダクネスが苦笑いしながら、流暢な日本語でなだめたのだった。
確かに今の隼人と彩花は老人が言うように、傍から見たらヘラヘラ笑いながら、ふざけた態度でプレーしているようにしか見えないかもしれない。
だがそれでも今の隼人と彩花は、紛れもなく真剣にプレーしているのだ。
「そうだね。隼人君も彩花ちゃんも、間違いなく真剣に戦ってる。」
そんな隼人と彩花の姿を、亜弥乃が穏やかな笑顔で…そしてとても羨ましそうに見つめていたのだった。
「それに…何だかとっても楽しそう!!」
そんな騒ぎなど他所に、六花が目から大粒の涙を浮かべながら、穏やかな笑顔で隼人と彩花に呼びかける。
「隼人君!!彩花!!ここまで来たら、私が言う事は1つだけよ!!」
そう、六花が隼人と彩花に対して、いつも口酸っぱく言っている事を。
「バドミントンは、楽しく真剣に!!」
「はい!!」
「うん!!」
平野中学校時代の県予選大会での、隼人と彩花の準決勝。
あの試合での2人は六花が言うように、本当に楽しく…そして真剣にバドミントンをプレーしていた。
それは今と違って隼人も彩花も、周囲の大人たちの身勝手なエゴに振り回される事無く、ただただ純粋にバドミントンに取り組む事が出来ていたからだ。
あの頃のような輝きを、バドミントン本来の楽しさを、静香からの励ましを受けて心を救われた事で、彩花はようやく取り戻す事が出来たのだ。
もっと早くから、こうなる事が出来ていたら…六花は本当に心の底からそう思う。
だがそれでも失ってしまった時間は、もう取り戻せない。
周囲の身勝手な大人たちのエゴに巻き込まれ、生き地獄を味合わされ絶望した彩花が黒衣に呑まれてしまったという残酷な現実は、もう覆す事など出来はしない。
だがそれでも今の六花は、聖ルミナス女学園の監督代行として、隼人との試合に楽しく真剣に臨む彩花を精一杯サポートしようと…その決意を改めて胸に秘めていたのだった。
とは言え試合は、もう終盤も終盤。
彩花が隼人に話したように、今更もう遅過ぎるのかもしれない。
だが、それでも…いいや、だからこそだ。
この愛知県民の聖地バンテリンドームナゴヤという、誰もが憧れる最高の環境で。
そして県予選大会決勝という、ここまで勝ち上がった2人だけに許された最高の舞台で。
もう二度と訪れる事が無いかもしれない、2人にとって一生の思い出に残る事になる最高の試合を、今からでも存分に楽しもうと。
「20-19!!」
その隼人の彩花への想いが込められた黄金のドライブショットが、彩花のラケットを空振り三振させたのだった。
いよいよ隼人のマッチポイントとなり、バンテリンドームナゴヤが大声援に包まれる。
このまま隼人が試合を決め、県予選大会の優勝を決めるのか。
それとも彩花が意地を見せ、タイブレークへと持ち込むのか。
観客のボルテージが最高潮に達する最中、互いに壮絶な超高速のラリーを繰り広げる隼人と彩花だったのだが。
そのラリーの最中に隼人が繰り出したのは、彩花が繰り出したライトブリンガーを優しく包み込むかのような、彩花の意表を突く黄金のドロップショット。
あと1点取れば試合が決まるという、この緊迫した状況下においての、まさかの彩花の意表を突く一撃。
何という隼人の強心臓、そして優れた戦術眼なのか。
まさかの隼人の予想外の一撃に、流石の彩花も完全に対応が遅れてしまったのだが。
「彩花ちゃん!!頑張れぇっ!!」
そこへ神衣を解除した静香が楓の肩を借りながら、必死に彩花に対して声援を送ったのだった。
神衣の加護を失った事で、未だ身体に残っている鎮静剤の効果が再発し、再び急激な脱力感と眠気に襲われた静香は、思わず楓の身体にもたれかかってしまったのだが。
「うんっ!!頑張る!!」
そんな静香の精一杯の想いに応えるかのように、まるで飼い主が振り回す猫じゃらしに飛びつく猫みたいに、彩花が今まさにネットギリギリに落ちようとしているシャトルに向かって懸命にダイビング。
サイコクラッシャーしながら彩花が隼人のコート内に執念で放り込んだシャトルが、隼人の後方のラインギリギリに襲いかかる。
慌ててシャトルを追いかける隼人だったのだが、それでも全身に鉛でも乗せたかのような強烈な疲労感のせいで、思うように身体を動かせない。
差し出された隼人のラケットは、僅かにシャトルに届かなった。
「20-20!!タイブレーク!!」
隼人と彩花による県予選大会決勝戦は、とうとうタイブレークにまで突入してしまった。
どちらかが2点リードするか、どちらかが30点目を取るまで、2人の戦いは終わらない。
バンテリンドームナゴヤが異様な雰囲気に包まれる最中、隼人はとても辛そうに肩で息をしている。
そんな隼人の姿を美奈子が、とても心配そうな表情で見つめていたのだった。
「出来ればこうなる前に、決着をつけておきたかった…!!隼人君のスタミナが、もう…!!」
神衣の反動によって隼人のスタミナが、とうとう限界に達してしまったようだ。
神衣は確かに強力だが黒衣と違い、纏っているだけでスタミナを急激に削られてしまう諸刃の剣だ。
だからこそ彩花にタイブレークに持ち込まれる前に、何としてでも決着を付けておきたかったのだが。
「いやあ、多分大丈夫なんじゃないすか?須藤監督。」
そんな心配をする美奈子を他所に、駆が呆れたように苦笑いしながら隼人と彩花を見つめていたのだった。
「だってほら、見て下さいよ。あいつらのあの楽しそうな笑顔。」
そう、駆が言うように、隼人も彩花も互いに肩で息をしながらも、とても楽しそうな笑顔を見せているのだ。
もう既に2人共満身創痍であり、肉体的にも精神的にも限界であるにも関わらずだ。
確かに駆の言うように、今の2人には余計な心配も横槍も必要無いのかもしれない。
どちらが勝利するにしても、この2人なら駆の言うように、もう大丈夫なのだろう。
「…ええ、そうね…!!」
そんな2人の姿を美奈子が、とても慈愛に満ちた笑顔で見つめていたのだった。
そして試合は、運命のタイブレークへ。
隼人と彩花の熱い夏は、まだまだ終わらない。
「20−21!!」
彩花のライトブリンガーが、隼人の左手のラケットを情け容赦なく吹っ飛ばす。
やはり神衣を発動し続けている影響で、今の隼人は既に左手の握力までもが限界に達しているようだ。
確かに神衣を纏った彩花のライトブリンガーの威力は強力だが、本来の隼人ならば返せない一撃ではないはずだからだ。
「21−21!!」
それでも隼人の心は折れない。黄金のロブが彩花の後方のラインギリギリに情け容赦なく突き刺さる。
体力の限界というのであれば、彩花とて同じ事だ。
楓との試合をストレート勝ちで終わらせた隼人と違い、彩花は静香とのフルセットの、しかもタイブレークにまで持ち込まれた壮絶な試合を戦い抜いた疲労が、まだ消えていないのだから。
その蓄積された疲労に加えて、さらにスタミナの消耗が激しい諸刃の剣である神衣まで発動し続けているのだ。
隼人と同じように、彩花もまた体力的にも精神的にも限界に達しているのである。
「22-22!!」
彩花が繰り出した黄金のムーンスライダーに、最早反応すら出来なかった隼人。
「23-23!!」
そして彩花もまた、隼人が繰り出した黄金のロブに、差し出したラケットが届かない。
「24-24!!」
最早この2人の試合はパワーもスピードもテクニックもへったくれも何も無く、ただただ互いに気合と根性だけでどうにかするような、そんな単純明快な殴り合いの様相になってしまっていた。
「25-25!!」
それでも隼人と彩花は、何度でも立ち上がる。
「26-26!!」
彩花ちゃんに絶対に負けてたまるかと。
「27-27!!」
ハヤト君に絶対に負けてたまるかと。
「28-28!!」
六花が願うように、互いに楽しく真剣に。
「29-29!!」
その壮絶な死闘が、いよいよフィナーレを迎えつつあった。
あと1点取った方が、県予選大会の優勝という栄冠を手にする事が出来るのだ。
観客席からの大声援が隼人と彩花に届けられるが、正直言って今の満身創痍の隼人と彩花の耳には、全く届いてはいなかった。
とても辛そうに、それでも楽しそうな笑顔で、彩花は最後の力を振り絞って隼人にサーブを放ったのだが。
「あ(泣)!!」
この土壇場の状況において、まさかの彩花の痛恨のサーブミス。
彩花が放ったシャトルがコントロールミスにより、何とネットの上っ面にぶつかってしまったのである。
「勝った!!」
それを目撃した隼人が、思わず油断して自分の勝利を確信してしまった。
これは今大会の、これまでの全試合において、隼人が唯一招いてしまった『油断』。
常日頃から『油断せずに行こう』などと言っている癖に、こんな重要な局面において痛恨の油断をしてしまったのである。
だがそれでも今の隼人を責める事など、誰にも出来はしないだろう。
身体に相当な負荷が掛かる神衣を発動し続けている影響と、楓と彩花という2人の強敵との連戦によって、もう隼人は既に満身創痍の疲労困憊状態になってしまっているのだから。
そんな極限状態の状況下において、彩花がこの土壇場の状況において、まさかのこんなしょ〜もないイージーミスをやらかしてしまったのだ。
まだ試合が終わっていないにも関わらず、隼人が自分の勝利を確信して思わず油断してしまうのは、仕方が無いと言えるだろう。
(…届け…届け…届け…!!)
だが、それでも。
彩花はまだ、諦めない。
そう、まだシャトルはネットの上っ面に当たっただけだ。まだ彩花のコートの上に落ちてはいないのだ。
だからこそ彩花は最後の力を振り絞り、シャトルに向かって懸命に叫ぶ。
「私の想い、ハヤト君に届けぇっ!!」
その彩花の隼人への想いが、そして絶対にハヤト君に勝つんだという気迫と執念が、シャトルに乗り移ったのか。
シャトルが何か見えない力に押し出されて、隼人のコート上のネットギリギリへと落下したのだった。
「な、何ぃっ!?そんな馬鹿なぁっ!?」
まさかの予想もしなかった事態に、慌てて隼人は最後の力を振り絞り、ネットギリギリに落ちようとしているシャトルに向かってダイビング。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
隼人がファイナルサイコクラッシャーしながら懸命に差し出したラケットは…辛うじてシャトルに届いた。
全ての力を使い果たした彩花は神衣を解除して崩れ落ち、その場に座り込んでしまっている。
これがこの試合における、彩花の正真正銘のラストプレイ。
だからこそ、どんな形でもいい。どんなに不格好でも構わない。
今まさに隼人が執念で拾ったシャトルを、彩花のコート上に放り込みさえすれば。
その時点で、隼人の勝ちだ。
「ハヤト君!!」
「これでぇっ!!終わりだあああああああああああああああああっ!!」
最後の力を振り絞り、隼人はシャトルを高々と打ち上げた。
その全ての力を使い果たした執念のプレーによって、隼人は勢い余って彩花のコート内にゴロゴロと転がり込んでしまった。
神衣を解除した隼人が彩花のコート上で横になったまま、自分が打ち上げたシャトルの行方を見つめている。
これがこの試合における、隼人の正真正銘のラストプレイ。
隼人が打ち上げたシャトルが、ネットの上部にコツンと当たる。
そして静かに力無く、コート上へと落下。
そのシャトルの落下した先を見届けた隼人は。
彩花のコート上で大の字になって、激しく息を切らしながら思わず苦笑いしてしまった。
「ゲームセット!!ウォンバイ、聖ルミナス女学園1年、藤崎彩花!!スリーゲーム!!21-18!!8-21!!29-30!!」
「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」
目から大粒の涙を流しながら、彩花は突然飼い主にマグロを与えられて大喜びする猫みたいに、喜びを爆発させて絶叫したのだった。
Aルートとは態度がひっくり返ったダンディな男。




