42・選択授業・魔法学
めでたく、無事にあたし達は2年生になった。グイノス先輩は3年生になった。
相変わらずレオンは貴族科でぶっちぎりの主席を保持。次席にポーラ様。最早君らは学院で学ぶ必要あるのかね状態。いやあるでしょうけど対人関係とか。
メルルとサンセさんは、中の上あたりをキープ。充分優秀ですよ? あの2人が飛びぬけてるだけです。
あたしとエルミン君も、使用人科のトップタイをキープできている。
いや、苦手分野を補い合える、良い好敵手にして友人です。
互いを蹴落とすじゃなく、互いに切磋琢磨しあえる間柄って良いよね。
それを理解してくれるエルミン君で本当に助かるし、クラスメイトもドロってるのがほぼ居ないに等しいので平和なものだ。
そして、今年から貴族科は1クラスになった。
それでも、まだ他のクラスより若干多いが…2/3くらいには減ったのかな。
進級できなかった組が案の定一斉に辞めたせいで、一気に減ったけど。それでもかなり頑張ってるな、跡継ぎじゃない組の残り。
そうじゃないにしたって、ここで勉強したことは無駄にはならない筈だから、将来的に生かして良い大人になって欲しい物です。
ポーラ様みたいに、レオン目当てだけどマトモな人格者だって、少なからず居るんですからね。
…ついてこれなかった子達が、変な逆恨みしなきゃいいけど。
だがまあ、言っちゃ何だがカルネイロ家の王家の覚えは大変宜しい。品行方正な領地経営を代々続け、品質の良い作物と畜産物という成果を出し続け、王家に収め続けているのだ。あと親族が上級貴族として手腕を振るい続けている。
それを裏から手を回して没落させる、とかは相当困難だ。痛い腹を探ろうとしたって、そんなの無い。少なくともあたしが知ってる限りは。強いて言えばあたしの存在が異物だが、そこを突いても藪蛇である。
しかも、手ェ出して狂った所で、正直利が無い。
あるのは、流通する高品質な食べ物が減る、あるいはなくなるという自分達にこそ困ること。しかも犯人がバレたら、自分の方こそ没落させられる危険。
気がせいせいする、の理由でそんなリスクを犯す判断をするようなのは、多分跡を継がないほうが良いです。
在り得るのは、バランさんのような好意の皮を被った乗っ取りくらいかな。あるいは政略婚でメルルに取り入って利益を吸うとか。
…それを許す程のなまっちょろいお嬢様じゃないがな。
そんな目的で結婚したら、先ず間違いなくメルルからフルボッコだ。彼女が出来ない程の相手なら、あたしがフルボッコである。容赦? しませんよ。
正しい方向の亭主関白は別に許容するが、思い通りにならないからと配偶者に暴力を振るう男に、与える慈悲はあたしには無い。
「んー、蒸し野菜美味しいー! 何で火を通すだけで甘くなるのかしら、いつも思うけど不思議よねえ」
「新鮮な野菜はシンプルな調理法の方が生きるわよね」
「確かに火を通した野菜は美味いな。これは俺でも美味しいと思う。しかし相変わらず、このテリヤキは至玉の一品だな!」
春の麗らかな日差しの元、木陰に敷物を敷いてピクニックの様相。
保冷バッグに入れてきた野菜を、その場で蒸して出来たてにご満足の様子のメルル。本当、魔法って便利ー。焼きは火を起こす必要があるが、蒸しならもっと手軽に出来るのである。
あんまり野菜が好きじゃないレオンもコレは例外なようだ。
ただ、やっぱりお肉が好きみたいだけどね。以前はバーベキューソースで味付けしたローストチキンなんかが一番の好物だったのだが、今はテリヤキチキンに鞍替えしたようである。
醤油マジ万能。そして結構甘めの味付け好きなのねレオン。
今度タルタルソースでも作ってみるか。チキン南蛮も美味しいよね。
「サンセさん達も一緒なら良かったのに」
「まあ、仕方ないだろう」
「そーね」
お弁当タイムにあたし達3人だけ、というのは珍しい。
珍しいが、仕方の無いことなのだ。
今はお昼だが、同時に一応授業中でもある。
そして、今ここは、学院内ではない。
現在、大絶賛魔法学の授業中なのだ。そうには見えないだろうが。
広い敷地を持つ王立学院だが、実は王都の外にも専用の敷地がある。いや、特に囲われてはいないが開発禁止になっている、自然そのままの区域がある。
ここでたまに授業が行われることがあるのだ。
本日の課題は、『自然と触れ合い、精霊の存在を感じる』こと。
魔法ってのは精霊達の助力によって使わせて貰っているものだ。精霊とは意思は無いが自然現象の象徴であり、つまりそれらを肌で感じることで魔法の精度なんかも上がりやすくなる、らしい。
ぶっちゃけた話、都会育ちより田舎育ちの方がわずかに魔法の適正が高いんだそうだ。僅かに、だけどね。
……ま、そんなこんなで、本日は自然と親しむ、という屋外授業で。
結果として、魔法学を選択しているあたし達3人でのほのぼのピクニックになった訳だった。
なんだろう、臨海学校的なノリだ。
「まあ、のんびりしてるけど、一応授業だし。後でレポートもあるのよね」
「うんー。自然から学ぶ、効果的な魔法の組み合わせとか。だっけ」
「確かにヒトの都合で魔法を組み合わせる事はままあるが、自然の関係性がそれに劣ることは無いからな」
自然ってのは、複雑に絡み合って出来上がっているものだ。
森を作ろうとヒトが人工的に木を植えて行っても、それは正常な森にならないのとおんなじ。
どんなに技術が進歩しても、自然が生み出した生態系以上に完成された関係は作り出せないだろう。前の世界だって無理だったっつーか、むしろ前の世界は自分で壊しては取り返そうと四苦八苦、だったからね。
精霊魔法は自然が生み出した魔法。ならばヒトが生み出したどんな理論より、自然そのままの方が時には良い先生になる訳だ。
「ていうか、可能ならば妖精との契約、とかどんな無茶ぶりよって話だけど」
「それは先生も言っていただろう。古くからの慣習がまだ残っている悪い例で、それに関しては気にしなくても良いと」
解散の前に、フィズィ先生曰く、精霊魔法の精度向上の他、一応授業的にはどのような場所に妖精が姿をあらわすのか、可能ならば契約なんてのまで入ってる。
が、それは歴史の古い王立学院において、かつてそれが必要だったから組み込まれたのであって今では無いも同然の項目だ。
昔、つまり中央三国で小競り合いが多かった頃は、絶大な威力を誇る妖精魔法は様々な用途で有用だった。
が、アンスロス戦役以後は武力衝突なんてほぼ無いし。
何よりも、あの戦いの後、アニマリア国内からは殆ど妖精が姿を消してしまったんだそうだ。
恐らくは妖精達と親交深かったアンスロスを、アニマリアが筆頭となって滅ぼしたせいなんじゃないか、と言われている。契約を結んでいた魔術師達も、大半が一方的に妖精側から解除されてしまったとか。
元々契約と言っても、妖精側が気に入ったから手助けしてくれてる、なので。
というわけで、学院の妖精魔法持ちのフィズィ先生もレプティリアのヒトだし。一応学術街に妖精魔法所持者は僅かに居るが、そういうのは戦役の後に生まれた年若い妖精と契約しているのが殆どなのだとか…
「ま、今のご時勢では過ぎた力は必要ないんだし。あたし達は魔法の研究者になる訳じゃないし」
「うーん、わたしは妖精には会ってみたいけど。どんななのかしら?」
「書物によれば、随分と千差万別の見た目で一定するものではないらしいぞ?」
…あたしが会った妖精は、あたしの想像する妖精に近かったが。羽部分が虫ではなくて、鉱物だったというくらいで…
つーか、あの時の経験があるからか、出来れば妖精さんには近付きたくない。
人間と妖精は仲良しだったようだが、もう昔の話だし。
……それで恨みを持ってたりする妖精に、復讐とか唆されても、正直面倒くさいだけでその気には全くならないし。
ともあれお昼のお弁当を食べ終えて片付け、そのままデザートに移る。
今日はメルルのリクエストで、各種クッキーだ。
どうもジャムクッキーが大変お気に召したらしい。美味しいよねこれ。
食事中のお茶から、改めて紅茶にチェンジし淹れ変える。甘いものを食べる時はストレートティーが良いと思う。
「はい、お待ちどうさま。一応言っとくけどまだ歩き回るから、食べすぎちゃダメだからね?」
「わ、解ってる、わよっ?」
「だが食休みは大事だと思うんだ、マリヤ」
…目一杯食べたいと、そう言うのかね。
自然と親しむ、散歩レベルだがまだうろうろするんだからね? 横っ腹痛くなっても知らないぞー。
まあ、その辺は自己管理というものを学ぶ一種の機会である。
言われるよりも、体験した方が行動は改まるというもの。こういう些細な経験を積み重ねて大人になるのである。
というわけで、瞳をきらきらさせてクッキーもぐもぐする2人を温かく見守る事にした。
「おいしー! これがやっぱり一番美味しいわ!」
「確かに。マリヤの菓子は相変わらず絶品だな!」
「お褒めに預かり、恐悦至極」
「……なあ、レシピを公開して売りに出さないか」
「えー、勿体無いわよ!」
「うむ、希少価値というものがヒトは好きだからのう。後は自分だけ、という特別か。独り占めしたいという感情は、誰しも持つ欲よな」
「それはそうだが、いずれお前達はカルネイロ領に帰るだろう? そうなれば、メルル殿は良いとしても、俺はそれきり…食べられ、…なく?」
…………ん?
ほのぼのお菓子談義に、物凄く違和感のある4人目の声が加わった気がした。
レオンも途中で疑問に思ったらしく言葉を止めて周囲を見やる。メルルも少し遅れて、あれ? と首を傾げた。
あたしもぐるりと見渡すが、木陰に腰を降ろしてお茶をしているのはあたしとメルル、レオンの3人だけ。
この広い敷地内に他にも魔法学選択をした生徒達は散らばっている筈だが、この時間を邪魔されたくなかったので比較的奥の方に来たし、周辺に人影は無い。
3人で顔を見合わせ首を傾げ、…そして再び声がした。
「おお、これは確かに格別なる美味じゃな! こういった産物だけは、自然の化身たるわらわ達には生み出せぬ物じゃ、そこだけは感心をしても良いぞ」
発生源は、あたし達の顔の位置よりもずっと下だった。
揃ってそちらへ視線を落とすと、木皿に並べられた各種クッキーと紅茶の入ったカップ。
そしてそのお皿に横にちょこんと可愛らしく座り、まるで座布団のようなサイズ比のクッキーを両手で持って、はぐはぐ食べてる、…人間に似た姿の10代前半ほどの容姿をした少女が居た。
腰の付近まで伸びる白銀の髪。切れ長の深紅の瞳。白いワンピースを纏い、腰には金に輝く飾り紐が結われている。
その造形は輝かんばかりの美少女と言えるが、間違いなく人間ではない。
背には、蜻蛉の羽を模した形の透明なクリスタルが生えている。生え際にクリスタルそのままの結晶がいくつもくっついているから、鉱物だと解る。
何よりも、その身長。せいぜい20センチ程しかない。
あたし達3人の視線を一身に浴びながら、平然とクッキーに舌鼓を打っているその小さなヒトは、間違いなく。
「……っ!! あの時のようせっ」
思わず口をついて出かけて、バっと自分の口を塞いだ。
間違いない。あの時、クルウと一緒に入った山の奥の奥。謎の村で会った、あの時の妖精だ。
あまりにも予想外の存在が突然目の前に現れたもんだから、口に出かけたが。
忘れもしない、あの時見た物聞いた事、決して他言するなと言われている。すれば、舌の根を焼き落とすとも。
その中にはあの村だけではなく、彼女の存在も含まれているだろう。
アウトかセーフか、口を塞いで伺っていたら、妖精の少女はそれを挙動不審に思ったのか、クッキーを抱えたままあたしを見上げる。
「何をしとるんじゃ? 久方ぶりに会ったと言うに、挨拶も出来ぬのかえ」
「あ、挨拶って、…だって貴女、会った事を話したら殺すみたく言っといて…」
「? お主にそんな事を言うた覚えは無い。というか、何故わらわがお主を害さねばならぬのじゃ、意味の解らん事を言うでないわ」
はい?
意味が解らないのはこっちである。
彼女の言ってる言葉の意味が理解出来ないあたしは、顔一杯に疑問符をくっつけているに違いない。
その反応に、彼女は何を思ったのだろう。
じぃ、っとあたしの顔を眺めていたかと思うと、暫くして合点がいったように頷いた。
見ながらもクッキーをもぐもぐと一枚平らげた後、立ち上がり羽を光らせて、あたしと目線を合わせるようにふわりと浮き上がった。
「そうさな、思えばわらわとて自己紹介もせなんだ。わらわの名はアルメリア。この世で最も古き世代の妖精のうちのひとつじゃ。お主の名を聞かせよ」
「あ、…ええと、……マリヤ、です」
何がなんだか理解は出来ないが、名乗られれば名乗り返すものだ。
一瞬、妖精との契約って名の交換だっけと焦って思い出したが、別にそんな事はなかったので安心しておく。
「そうか、マリヤじゃな。恐らく、お主はわらわが突如ここに現れた事を驚いておるのじゃろう。端的に言えば、前の契約者との契約期間が切れたのじゃ」
「え、それって、切れるものなの?」
「たまたまそういう約定を交わしていたでな。わらわの姿を見れば解ると思うが、わらわは人間という種を好いておる。故に次の契約者を探すに辺り、手っ取り早く最近見たお主の所を訪れた、という訳じゃ」
妖精の姿は千差万別。妖精達は、自分の見た目くらい好きに変えられる。
同一固体であっても、次に会った時には別の気に入った姿を模しているという事も決して少なくない。
彼女……アルメリアは前回会った時と全く変わらない見た目だ。
気紛れで移り気な妖精において、姿を長く固定するほど気に入っているというのだから、よほどなのだろう。
……いや、ちょっと待て。
これつまり、彼女との契約不可避なの?
「あの、妖精って別にヒトの契約しなくても全然問題ないんじゃ…?」
「問題は無いぞえ。これは、単なるわらわの趣味じゃ」
趣味かい!
そりゃ妖精は気紛れな存在で、彼等彼女等の行動に、いちいち深い理由や損得勘定など無いのかもしれないけれど、趣味って。
「お主も知っておろうが、どこぞの阿呆どものお陰で、現存する人間は非常に数少ない。ならば、既に見つけたお主と契約したいと思うは道理であろう?」
「いや、うーん、解らないでもないんだけど…。別に、妖精魔法とかそんなに興味がある訳でも…」
「なんじゃと!?」
口ぶりから察するに、やっぱり妖精ってアニマリアのヒトが好きじゃないようだなあ。
さておいて、なんというか。
ただでさえ人間ってだけで目立つ。性別と口調の差異のせいである意味目立つ。前世の記憶を継承の為に色々な技術知識を持っていて目立つ。
この状況で、更に目立つ要素を入れたいとは思えない。
出る杭は打たれるもんだ。…打とうと金槌振り下ろされても回避するか打ち返すかするけど、その回数は減った方が気が楽と言うもの。
なので丁重にお断りしようとしたら、アルメリアは途端に眉尻を吊り上げる。
「わらわの何が不満じゃ! 精霊とは比べ物にならぬ程強く、かつ便利な力を貸してやろうと言うのに!」
「だって、妖精との契約って対価が居るのよね?」
「それはまあ、そうじゃが」
精霊との契約は、こちらに大したリスクは無い。精々、使いすぎれば魔力が減って、疲れたり気分が悪くなったりするくらい。最低でも昏倒するかもしれないが、命に別状がある程ではない。
対して妖精との契約には、対価が必要となる。
契約者にとって、大切な物であればあるほど、強い力を妖精は貸してくれる。
ちなみに命は要求されない。らしい。
「あたしには、対価に出せるほど大事な物とか、思いつかないし。…そもそも、どんなに便利でも強すぎる力って周囲から敬遠されそうで、あんまり…」
「それではわらわが困る!」
…困るて。
いや、そりゃああたし以外の人間が何処にいるかは解らないし、それは妖精にも探し辛いのかもしれないけども…
若干憤慨していた様子だったアルメリアは、やっぱり必要だと思ってないとあたしが言うと、今度は焦ったような雰囲気になった。
そ、そんなにその趣味、大事なのか?
「ぬぬぬ……。では、特別出血大サービスじゃ! そちらの呆けておる子供2人、そやつらとも契約をしてやろうぞ! どうじゃ!」
「え、多重契約って可能なの?」
「若い妖精には無理じゃろうが、わらわは先も言うた通り、最も古くから存在しておる妖精じゃ。同時契約の2人や3人や10人程度、どうと言う事は無い」
凄いだろう! とばかりにアルメリアは胸を張る。どうでもいいがぺたんこだ。
当人が言ってるだけなので、本当に物凄い妖精なのかは判別つかないが、少なくとも複数のヒトと多重契約する妖精なんてのは聞いた事がない。
それが出来るなら、…実際に物凄い力を持った妖精なのかも知れない。
アルメリアが出て来てあたしに絡み始めてからこっち、全く話に着いていけず、というか妖精の実物が目の前に居る事に思考が止まっていたのだろう。
確かに呆けていたレオンとメルルは自分達の事を言われているのだと気付いて、更に目をまんまるくした。
「ほ、本当に俺達とも契約してくれるのか?」
「…理解しておらぬようじゃが。わらわは自然の化身、世界を形作る理の一つ。小童程度が、馴れ馴れしい口を聞くでないわ」
うわ、レオンへの態度が絶対零度。
おかしいな、クルウに対してはここまで冷たくなかった気がするんだが……
切れ長の瞳を更に細め、不快どころか敵意すら込めたオーラを放つアルメリア。
あたしとはなんだか滑稽なやりとりすらするが、冷静に考えて普通のヒトは妖精に敵う筈が無い。害意を持つ自然とは、とてつもない脅威だ。
彼女には、身分も何も関係ない。
それを瞬時に理解しただろう、レオンは聡明な子だ。
一瞬だけ面食らった顔をしたが、決して臆しはしない。
「失礼しました、アルメリア殿。…ニンゲンを好む貴女にとって、我々アニマリアの民は仇敵に等しい存在でしょう。それでも、契約をして下さるのですか?」
「喜んで、とは言わんがの。マリヤがわらわとの契約に首を縦に振るのなら、という前提でじゃ」
余計に断りづらい流れになってきた。
メルルは元々妖精に興味津々だ。レオンは……妖精との契約は、王となる上で権威や風格を増す要因になる。実際使わずとも、彼には利になる。
いずれ王になるレオンは、領地経営をする事になるメルルやその補佐になるあたしよりも、多くの困難苦難に見舞われる事になるだろう。
それの助けとなる力は、いくらあってもいい。
…そう思うと、レオンがそれを望み、目の前にその選択肢があるのなら。断るというのは、無いなあ。
「レオンとメルルは、どう? アルメリアと契約したい?」
「…マリヤ、お前が許してくれるのなら。かつての建国王も、妖精との契約を結んでいたという。彼の道筋を追うという訳では無いが、同格視している者達の求心の役に立つだろうし、それにより反感を持つ者を抑えられるかもしれない」
「えっと、…ごめんなさい、わたしは殆ど興味本位だけれど。精霊魔法以上の存在って、どんな風なのかとか…気になる、っていう意味で、契約してみたい」
「気にするでない、大抵の契約者はそんなものじゃ。むしろ、興味というものはわらわ達にとっても好ましい感情。それに異は唱えぬよ」
あれっ、メルルには友好的っぽい?
なんでだろう、アルメリアが敵対的なのはレオンに対してだけなのか? 男が嫌いなのかな、ってあたしも男だった。
それとも…彼がアニマリアの王族だと知っているのだろうか。
好んでいる人間を滅ぼした国の王、その子孫だと、解ってるのかな。それでか?
「んー、…2人が欲しいのなら、解った。契約するわ、アルメリア」
「おお、そうかそうか! わらわも安堵したぞ、これで暫くは安泰じゃ」
古びた口調とは裏腹に、アルメリアはあたしの返答にとても嬉しそうな、無邪気な少女の笑顔を浮かべた。
どういう気なのかは知らないが、…まあ当人に害意はないみたいだから、とりあえずは良いか。
悪い子ではない。いや、実際には遥か年上だろうから、『子』なんて言っちゃいけないのかもしれないけれど。
「ああ、当然じゃがそなたらからも対価は頂くぞ。自分にとって、深い思い入れがあるもの、長年愛用したもの、他には変えられぬもの。大切であればあるほど、それに応じただけの魔法を授けて進ぜよう」
「今この場に無くても、大丈夫なのでしょうか?」
「構わぬ、後で受け取れば良い。それがどれだけの価値であるのかは、声や表情から計れるからの。無論、少々のお気に入り程度でも構わぬ。その場合は当然魔法のランクは下がるがの、その辺りは自らの裁量で決めるが良い」
割と良心的と言えば良心的だ。あたしにとっては押し売り契約に等しいが。
レオンとメルルは暫く悩んでから、鉱石の羽から淡い光を零しながらあたし達3人の中央に浮かぶアルメリアを見た。
「…彫金、が趣味なのですが。その一番初めの作品を、記念として大切にしまってあります。それで可能でしょうか」
「ふむ。……よかろう。かなりの想いが篭っておるようじゃな」
「わたしは、お母様から頂いたぬいぐるみで良いですか? 小さい頃から長年、ずっと大切にしてきた物です」
「ほう、大層大事な品のようじゃ。了承したぞ、次にその物品に触れた際にわらわの名を呼ぶのじゃ。その際に受け取るからの、忘れぬように」
メルル、そのぬいぐるみって、大分昔に一緒に遊んだあの子よね…?
興味本位って割には、随分大切な物を出したな。そんなに妖精に憧れていたのかな、普通に知らなかったよ。
2人の提示した対価に、アルメリアは納得したらしい。どこか満足げに頷き、ひらりと宙を舞いあたし達の目線よりもわずかに上にあがる。
「では、そなたらに魔法を授けよう。それぞれに、最も適正のあるものをな」
妖精と契約する際の魔法というのは、基本選べない。
相性の悪い魔法を、そうと知らず貰っても使いこなせないか身の破滅を招くし。妖精にとって司る対象外の物を望まれても困るからだ。
どんな魔法であったとしても、精霊魔法とは一線を駕す魔法を貰うことだけは間違いがないだろうが。
アルメリアは2人に右手を出せ、と告げて。レオンとメルルは従って。彼女に向けて手を差し出す。
最初にレオンに、次にメルルに。差し出された右手にアルメリアが両手を添えると、背の鉱石から光が溢れ、それぞれの契約者の周囲を確認するように包んだかと思ったら、それは身体の内に消えて行く。
精霊との契約も、こんな感じだった。もっと薄くて儚い光だったが。
「これで完了じゃ。白い鬣の小僧には光の魔法。黒い蹄の小娘には風の魔法をくれてやったぞえ」
2人が貰ったのは、レオンが光。メルルが風の魔法。
風魔法は精霊魔法にもあるものだが、風車を軽く回すのが最大だ。間違いなくそれ以上の、多分だが軽くヒトを吹っ飛ばす位の威力を持つだろう。
光の魔法っていうのは初耳だ。精霊魔法のジャンルには無い。
「精霊達よりも、妖精の魔法は柔軟で効果が大きい。言葉はそなたらでわかりやすい物を組み合わせるが良かろう。最後に『フラル・アルメリア』とつけるのが、わらわとの約束じゃ」
やっぱり発声は必要みたいだ。
んー、それこそあたしが想像するような魔法の効果を想定し、解り易い言葉を組み合わせて、発動キーとして『フラル・アルメリア』を入れろってことか。
ちょっと長いけど…効果の程を考えれば、詠唱的なものが増えるのは当然かな。
「さて、この2人に魔法を付与したぞ。これで間違いなくわらわと契約してくれるじゃろうな、マリヤ?」
「ええ、そういう条件だったしね…。でも、何か対価になりそうなものって、あったかしら…」
うーん。…ウルガさんに貰った短剣とか。まだ大した出番は無いけど、でも武器がなくなるのっていざという時困るし…
んー、誕生日にメルルから貰ったぬいぐるみとか?
「ああ、悩まぬでも良い。わらわが欲しいものは決まっておる」
「え、なあに?」
「これじゃ、これ」
ひゅんと空を舞うアルメリアは、あたしの背後に回る。
その彼女がひょいと手に取り持ち上げて、あたしに見せたのは、…後ろで三つ編みにして纏めてあった、髪の束。
「…髪?」
「そうじゃ。相変わらず、人間の髪は天然とは思え無い程に美しい色をしておる。これで編んだ飾り紐がわらわの宝物じゃ」
あ、もしかしてその腰に巻いてる金色の飾り紐って……
そーか、人間好きなのも、あたしとの契約に拘るのも、趣味の材料を集めたいからか。物凄く合点がいった。
合点がいったが、だから髪の毛を手芸用品として使うのどーなの。
メルル毛を思いっきり趣味の材料にしてるあたしが言うのも何なんだけど、ホント本体から離れた人間の髪って用途としては呪いしか思いつかない。
「そうさな、この辺りから先の分のお主の髪。これをわらわにおくれ」
「…それより先は伸びなくなるって事?」
「うむ、そう思って差し支えない」
背中の半分辺りをとんとんっと叩かれ、長さを伝えられる。
んー、それだけあれば纏めるのは楽だし。むしろ髪を切らなくて済むって言うのなら都合が良いし……
用途が激しく微妙だが、ヒトの趣味はそれぞれだよね。
「ん、解った。どうぞ」
「では、これはここで頂くぞえ」
アルメリアの言葉と同時に、さくっと髪が切れる音がした。
背後で行われたことなので何でどう切ったのかは解らないが。ただ事実として、少しだけ頭が軽くなった。
学院生活結構忙しくて、あんまりこまめには切ってなかったからね。
「確かに対価は受け取ったぞ。ではマリヤ、お主はどんな魔法が欲しい?」
「…え、適正があるものをくれるんじゃないの?」
「お主は大抵の魔法に適正を持っておる。どんな物でも構わぬよ」
そうなんだ。自分じゃ解らないけど…
やっぱり、人間って魔法の適正高いって事なんだろうな。
さて、なんでもいいといわれると、むしろ困るモンである。
同じ物を選ぶのもなんかアレだし。何が有用そうだろう?
フィズィ先生が使ってる重力の魔法はちょっと憧れるけど、幸いあたしには健全な両手両足がある。魔法を使わなくなって物は運べる。
温熱ではなく、直接火を起こせたら便利だろうけど、別に発火温度は作り出せるから必要ないっちゃないし…
両手を組んで、あれこれと悩んだが、なんていうか…
あれば便利だろうけれど、なくても問題ない、としか思えない自分が居る。
攻撃手段として、はあまり想定してない。
そんなもんぶっぱなしたら、正当防衛を軽く通り過ぎるわ。
「……素朴な疑問なんだけど。…なんで怪我を治す魔法とかって無いの?」
強いて言うなら治癒が出来る魔法が欲しい。
でも、精霊魔法は勿論。妖精魔法でもそれを持っている、ないし持っていたという話を全く聞かない。
なんで、人体に直接影響を及ぼす魔法って無いんだろう?
雷や火や氷は生き物を害せるだろうけど、それらを作り出しぶつける必要があるという意味では、直接的ではないと思う。
「うむ。繰り返すが、わらわ達は自然の化身。意思を持つ自然であるが故、別個に意思を持つお主らに直接干渉出来ぬ。生命は他者の意思を跳ね除けるもの。でなくば個の意思を保てぬからの」
「ヒトや動物は解るけど、植物なんかも?」
「何を言う、時には植物の方が強い意思を持っておるぞ。あやつらの生きようとする意志。あれは物凄いものがある」
…ああ、根っこがなくても茎から水を吸って生きたりするし。挿し木をすれば、切り株を挿された枝の方が乗っ取ったりする。逆に、木を切っても切り株から新しい芽を出しもする。
ヒトや動物には無い、物凄い生命力。それは、介入出来ないと思っても良いと納得出来た。
「…じゃが、そうさな。お主個人のみに限定するならば、不可能ではないぞえ」
「え、そうなの?」
「今、わらわはお主の一部を得たからの。わらわの司るものに、お主も加わったといえなくも無い。お主も意思持つ生命じゃが、そのお主が自分自身を操作するというのは、不可能ではなかろ。無論他者には及ばぬがの」
……つまりは、自分限定の身体能力ブーストか。
ちょっと考えたが、…割と良いかもしれない。
使い勝手は決して良くなさそうだが、一時的に脚力や腕力を上げられるというのはそれなりに使えそうな気がする。
何よりも、メルルに止められたムキムキの執事とか、そういうのにならずとも、万一あるかもしれない不届き者に力負けという事がなくなる。
もし治癒力も上げられるなら、多少の怪我で動けなくなる事も減るだろうし。
「解った。それがいいわ、お願いします」
「うむ、了解じゃ」
アルメリアに右手を差し出すと、彼女はあたしの手に両手を乗せる。
意外なことに、自然の象徴たる妖精にも、体温はあるらしい。ほんのり暖かくて柔らかな手だ。
レオン達にしたのと同じように、アルメリアの背の羽から光がこぼれ出て、あたしの周囲を一周回ると身体の中へと消えて行く。
……あ、なんだろう。不思議な感じ。
身体の奥に暖かい何かが生まれたというか。なんていえば良いのかな。
自分に出来る当然の事、が一つ拡張された気分。
「一つ念を押しておくが、適正があるからと言って最初から全力の魔法を使おうとせぬ事じゃ。精霊魔法と同じく、徐々に身体を慣らし練度を上げよ。さもなくば、一気に魔力を喰われてしまうぞ」
それって、命の危険があるレベルって事だよね。
なんとも恐ろしいが、何事も使いようだろう。
手に入れちゃったんだから、有効活用するのみだ。
「では、契約も済んだ。わらわは去るが、もしも何ぞ用がある時は呼ぶが良い。気が向けば協力してやるぞ、無論対価は頂くが。…ま、簡単な相談相手くらいならば気軽に呼んでも良いがの」
「そう? 有難う」
「ああ当然じゃがマリヤだけじゃぞ。そなたらは用も無いのに呼ぶな。くだらん事で呼び出そう物ならば、生半可な対価では済まさんぞ」
そなたら、とかいったけど明らかに視線がレオンに向いている。
明確なツンを向けられて、王子様も苦笑を浮かべるしかない。
あたしには思いっきりデレてるんだけどねえ。なんでかしらねえ……
…ていうか、今更だけどノリで女言葉のまま話してたが、その辺まったく突っ込みないんですね。
アルメリアも少女に見えるけど、自然の化身なら性別なんてあってないようなモンだろうし、気にならないのかな…
思っているうちに、銀の髪の妖精の少女は、わずかな光の残滓のみを残して、幻であったかのように消えうせた。
「…嵐のようだったな」
「本当にね…なんか夢だったみたい」
「でも、現実よねえ、っておわっ?!」
本当に跡形も無く消えたので、今までの一連の超展開が夢だったような気さえしていたのだが。
突如、再びあたし達の視線の先に光が生まれ、ぱしゅっとはじけたかと思うと再度アルメリアが姿をあらわした。
思わず驚いて声を上げたが、彼女はそれに構うでもなく。
ふらふら~っとした様子で敷物の上に降り立ち、やっぱりふらふらとクッキーが乗っている皿の傍に座り込むと、アルメリアにとっては座布団のような大きさの焼き菓子を抱えて齧り出す。
「ああ、いかん、いかんぞ…。これは魔性の食べ物じゃ。後を引いてやめられんではないか……」
……幸せそうにクッキーを抱えて食べる自然の象徴、世界の理の化身さん。
3人揃って目が点になってしまったが、…まあお気に召して頂けたようで何よりである。
なんというか。
今後、彼女を呼び出す際の対価は、割と普通に用意出来そうな気がする。
とりあえず、アルメリア用のクッションと、小さなティーカップでも用意しようかな。クッキーサイズはあれで問題ないみたいだし。何処に入ってんだ。
ところで、どうやら妖精契約者同士はある程度感知出来るらしい。
故に授業終了して生徒達が集合した時、速攻でフィズィ先生にバレて大騒ぎになったのは言うまでもない。
後で相談しようと思ったのに。
ねんがんの チートのうりょくを てにいれたぞ!!
いや正確には別にチートではなく、この世界的に見ればかなり珍しいものを手に入れた、くらいのレベルですが。
マリヤのブースト魔法だけは、他に例がありません。
ありませんが、ぶっちゃけて言えば三人の中で一番使えない魔法です。だって自分にしか効果ありませんから。
一番性質が悪いのは、メルルの風魔法。レオンの光魔法も大概ですが。
ただし、それを使いこなせるかは、当人の発想力に依存するのであった。
余談ですが、以前アルメリアと会った際の会話。
彼女はマリヤの事を『お主』、クルウの事を『小僧』と呼んでいます。
というのを前提にご覧いただくと、どちらにどんな対応をし、何を言ったのかがちょっと解り易くなるかと思われますです。曖昧なのもあるけど。




