41・必修授業・歴史
新年のお祭りこそ祝日的なノリでお休みだったが、その後はすぐに学校再開。
学院内の寮に皆住んでいるのだから、真冬の間も通常授業だ。
強いて言うなら、冬の間はそれなりに雪が振るので、1年生の体育はほぼ雪かきとかになっているくらいかな。体力つくりも兼ねて。
まあ、カルネイロ領ほど降ってないし、建物には積もってない(どうやら外側の表面だけ温熱魔法がかけてあるっぽい)し、雪下ろしは無い。
主に校庭の雪を、専用に決められた雪捨て場におきに行くだけだ。
そこも温熱魔法がかかっていて、雪はどんどん水になって行く。後日、植物の水遣り用とかおトイレ用に使われるのだろう。無駄が無い。
あと校庭に温熱魔法がかかってないのは、むしろ雪かきさせる為だと思われる。
……まあそれはおいといて、だ。
お城での新年パーティの後、解ってた事だが貴族男子の諸君から、あたしに対するヘイトが再び上昇してしまったらしい。
手を出しても口を出しても酷い目に会う事だけは解っているようだが、なんというかこう、大変に空気が悪い。
まー、今回は仕方ない。痛い腹がなくても別に何も言わないが、甘んじて受けるのみだ。
人の事ぐだぐだ言ってないで、お前らこそ努力と誠意でもってポーラ様落として見せろよ、とは少し言いたいけどね。でもまあ、現在進行形で恋する乙女を振り向かせるのはなかなか至難だ。理解する。
しかも、あたしも応えないっつってんのにアメあげちゃったからなあ。
どうするのが正解なのか、恋愛経験は無いに等しいので難しいところだ。そもそも正解があるかも不明。
尚、貴族女子の皆さんはそんなに気にしてないようだ。
むしろ、メルルだけを特別扱いするあたしにダンスの相手をさせた……という事で『流石はポーラ様!』みたいな話になってると聞いた。
元々、何故だか知らんがあたしは女子陣には人気があるからだろうな。イケメンって得ですね。都合良いこと。
ねちっこいのは男子だけであるのだった。
一部男子が、相思相愛であるレオンとポーラ様にあたしが横恋慕をしている、などと嫉妬心からか正義感からかレオンにこっそり告げたようだが。
そこに事実は一つも無い、と一蹴されただけだったという。
「1年もそろそろ終わりですね」
「そうですね」
「来年は、今年より平和だといいですね…」
「少しはそうなると思いますよ」
あと2ヶ月ほどで、進級の時期になる。
本来は新年に色々と新しく入れ替えみたいな事になるのだが、この学院においては入学式が春にあったように、進級も卒業も春だ。
日本と同じようなサイクルで、あたしにも馴染み易くて助かる。
見たところ、使用人科の子達は全員無事に進級出来そうだ。問題児も居ないし、あえて言うなら一番の問題児はあたしだけど。
別にあたし自身は問題起こしてないけどね。向こうから絡んでくるだけ。
グイノス先輩も、今年はちゃんと進級できそうだとか。メルルの熱血指導も実を結んだようで何より、うっかり同級生になったらどうしようかと。それはそれで楽しいかもしれないけど。
貴族科は、…どうかな。もう既に1/5くらい居なくなってるんだけど。付いていけなかった子と、レオンに睨まれて逃げてった子と。
まさか落第してまで居残るとは思えないけど。さて、2ヵ月後には1クラスに収まる分まで減っているかな。
「はい、授業を始めますよ」
エルミン君ととりとめもない話をしているうちに、授業開始の鐘が鳴る。
今日は、全クラスに存在する必修授業だ。体育と違って別々だが。
優しげな雰囲気のカモノハシ先生、…あれ、カモノハシって哺乳類だっけ? 爬虫類だっけ? ……まあいいや、先生は教科書を片手に授業を開始する。
カモノハシ先生の担当授業は、歴史だ。
無論アニマリアの歴史に重きを置くが、レプティリア・バーダムとの三国同盟があるからかその2国についてもある程度は教わった。
遠く離れた魚の国ペイシェ、虫の国アルフォーダについては、さらっと。
…かつてあった人間の国、アンスロスの事は、今の所授業で関連がある時にちらっと聞くくらいだ。
最後に聞いたのは、三国同盟締結と同時に、人間達の様子が少々おかしくなったという事かな。
「本日の授業は、…ええと」
オッサンを除けばぴしっとした先生が多い中、カモノハシ先生はおっとりとした優しげな先生だ。
だからと言って、普通はキョドることはない。なのに授業開始と同時に何故か口ごもる先生に、あたしを含め生徒達はどうしたんだろうと不思議そうに彼女を見る。
そして、先生はちらっとあたしを見た。
……ああ、なるほど。
「先生、私のことはお気になさらず」
「…はい。では、始めます」
要するに、今日の授業は人間達との戦争の歴史か。
現状唯一確認されている人間であるあたしの前で、同族を殺したという事実を語るのは……例え正義がアニマリアにあったとしても、言い辛いだろう。
優しいヒトだなあと思う。
心配しなくても、我ながらダメなのかもしれないが、その件は完全に他人事である。恨みは無いし、むしろ大変興味がある。
「今日は、三国同盟締結の後、初めての、そして今日においては最後の大戦争である、アンスロス戦役についてです」
……この大陸、確認されている範囲だけになるが。その中央あたりに、アニマリア・レプティリア・バーダムの三国が存在する。
おおよその話になるが、だいたい円形の北側にバーダム。南西にレプティリア。南東にアニマリアというイメージだ。
アニマリアから見て、レプティリアの向こう側にペイシェ。レプティリアの向こう側はほぼそのまま海で、ペイシェが群島諸国って感じ。
バーダムの向こう側が、アルフォーダ。バーダムも山が多いのだが、アルフォーダは山岳地帯の只中に都があるのだとか。お陰で、あまり三国同盟とは縁がない。
で。
アンスロスは、アニマリアの三国同盟とは逆側あたりに、かつて存在していた。
「かつては、私たち三国同盟の国々は争いを繰り返していました。その周囲に存在する国々は、それぞれ外周の近くの国と僅かな交流はしていましたが、彼らは小さな国です。戦争に巻き込まれるまいとしたのでしょう、静観していたと言っても過言ではありません」
それくらい、中央三国の勢力は大きかったのだ。
それらが仲が悪く、凌ぎを削っていたから、外周3国はむしろ平和だったと言っても良いかもしれない。
言っちゃ何だが、戦争にはお金も物資もかかる。蚊帳の外の国にとっては、自分達が巻き込まれないのなら輸出が増えて儲かるとさえ思っている可能性もある。
つか、矛先にされたら外周3国は勝てる筈がない。それくらい、国力に差があったのだ、少なくとも当時は。
だから、一番近い国とは戦争に加担せずとも、なるべく仲良くしていた訳だ。
「そして、長い長い争いの末に三国は同盟を組みました。…ですが、私達は長く戦争を続けすぎたのでしょう。その同盟は、外の国にとっては矛先が変わる、その前兆と捉えられたのです」
外の国にとっては、仲が悪い中三国。争うのが好きなのかとさえ思われたのかもしれない。
そんな野蛮な戦争好きの国が、手を結んだ。
じゃあ、次は何処を狙う?
……当然、外三国以外にはありえない。
「ペイシェはレプティリアとの早期の会談を望み、それが叶えられ、誤解は至極早く解けました。アルフォーダは益々内に閉じこもりましたが…元々あの国は、侵攻が困難な国です。故に襲い来る可能性は低く、きても護りきれると踏んだのでしょう」
外三国のうち、ペイシェはすぐに同盟には加わらずとも友好関係に入った。
アルフォーダは元々内向きの国だ。しかも険しい山岳が乱立する土地。慣れない兵士達を差し向けたところで、兵士どころか自然に追い返されるだろう。
…そして、残ったアンスロスは。
「恐らく、アンスロスの人々は、私達が恐ろしかったのでしょう。武器を持たずとも肉を裂く事も可能な、爪や牙や角を持つ私達が、隣人である事が」
人間は、それらを何も持たない。
多少の高度から落ちても滑空が可能なバーダムのヒトや、ある程度の刃物なら止めてしまう鱗を持ったレプティリアのヒト達。それも、持たざる人間達には脅威に映った事だろう。
しかも、アニマリアとの国境はアルフォーダの山々とは比べ物にならない程、小さく少ないいくらかの山が並ぶだけ。
「実は、ニンゲン達にも私達には無い長所がありました。それが、魔法を扱う才能が生まれつき優れている、という事です」
え、そうなのか。
特に意識したことはなかったが。あたしが魔法を普通に使うのと、同じくらいの規模で性能でメルル達も使っているし…
「加えて、妖精達との親交も厚く、多数の優秀な魔法使いが居たとされています。…そして、その力でもって、自国を護るべく動き出したのです」
…そこでペイシェと同じように、話し合いを先ず出してくれりゃ良かったのに。
多分だが速攻でペイシェが取り込まれた? ように見えたのかもしれない。更に混ざる事はプライドが許さなかったのか、それとも遅くなった事で代償や不利な要求を吹っかけられると思ったのか。
当時からお人好しばっかりだったとは思えないから、もしかしたらそれは本当の事だったかもしれないが…
「少ない兵と、か弱い自分達を補うように。彼らは、鍛えた魔法と妖精達の協力を得て、……恐ろしい怪物を作り出したのだそうです。寝る事も食べる事も無い、主人の命令に忠実に従う……殆ど不死身に近い怪物を」
うわぁ。
それは、なんていうか、…行くとこまで行っちゃったな。
寝食を必要としない、命令に忠実なほぼ死なない怪物って何だろう? …まさかゾンビ? 不死者系か?
それまで大人しく聞いていた生徒達が、わずかにザワついた。
そらそーだ。怪物、化け物、そういった類の物はこの世界でもお目にかかれないものだ。
いうまでもなく、未知の怪物というのは誰だって恐ろしい。
そんな恐ろしい物を生み出してしまった人間たちに、平和の為の同盟を結んだ三国同盟も恐れ戦き、警戒した。…ここで、ほぼ話し合いという道はなくなった。
噂の真実を知ろうと、一番近いアニマリアの隠密が何人か、アンスロスに入って情報収集を行う。
すると、見るもおぞましい怪物がアンスロス国内に少なからずうろついている。
人間達も、アニマリアのヒト達が国境を越えてきていると知る。それが斥候だと判断したなら、やはり狙われていると感じ更に態度を頑なにする。
自分を護る為、更に怪物を作り出す。技術というのは向上を図る物であり、より強力な怪物を次々と生み出す訳だ。
アニマリアにしてみれば、隣にそんな化け物がうろつく国があるなど、とてもじゃないが安心できない。いつそんな不死身の化け物が国境を越え、自分達を襲ってくるか解ったものじゃない。
当然、三国同盟締結により無くなった筈の争いが再び起こるかもしれないと、兵をアンスロス側に集めて身構える。
かつて存在した二国の交流は断絶。物と情報の行き来はなくなり、真実を知ろうとして互いに密偵を出しては自分達が脅威に晒されていると思い込む。
…残念ながら、真実と現実は違うものだ。そして、多数のヒトが思い込んだ嘘や噂は、容易く真実へと生まれ変わる。
防衛の為とは言え、恐ろしい怪物を生み出したのは事実。それを脅威と思うのも当たり前。結果として、アンスロスはアニマリア以外の国からも警戒されて、そして人間達は大陸中で孤立の道を辿る。
「…ある時、国境の間際に怪物達がやってきました。その姿に恐怖したアニマリアの兵達は怪物達と交戦。…双方共に被害を出し、そこから戦争が勃発しました」
(多分だが)ゾンビが警戒中の兵士と出くわしたら、そりゃあ怖くて剣を向けるわな。それはなんていうか、仕方が無い。気持ちは解る。
ともあれ、終わった筈の戦争が再び勃発。
強靭な力を持つ、ほとんど不死身な怪物相手とは言え。今回の戦争は人間達の国VSその他のすべての国も同然。勝てる目などありはしない。
だが、悪い意味で人間達の国、守護者である化け物達は善戦をしてしまった。
本当に正真正銘不死身ではなく、…それこそバラバラに切り刻めば流石にもう動かないらしいのだが、驚異的な怪力で暴れまわるそれを徹底的に始末するのは時間もかかるし、何より危険きわまりない。
そういった物への本能的な恐怖から逃げ出す兵も居たし。決して少なくない数の兵士達が、怪物の餌食となった。…いや食われてはいないぞ? そういう話じゃないからね?
この恐ろしい怪物達を、決して野放しには出来ない。
三国同盟の主たちは、そう結論付けた。これも、当然と言って良いだろう。
怪物達は、人間達が生み出している。もうその技術は確立されているのだ。
全てを倒しつくしても、再び生み出されるかもしれない。そもそも、本当に再起不能にさせるのが大変な怪物だ。倒しきれるかも解らない。
そして、その結果。
「アニマリアを先頭とした、三国同盟の大規模な進軍が行われたのです。怪物達が倒しきれぬのならば、その主たる術者を倒すしかない、と」
勿論、それが誰なのかは解らない。
けれど野放しには出来ない。大勢で進軍した兵達も、戦争が続くにつれ改良されていくのか、益々強靭で不死身であるかのような怪物達に、少なくない被害を出す事となる。
怪物達の主たる、術者を倒せば全て消えうせる、と彼らは思った。
魔法から生まれた産物だ。魔法はある程度の継続性を持っているが、魔力を消費している術者が死ねば、そこで停止するのが一般常識。
だから同盟連合軍は、怪物達の術者を探して倒す事を目指したのだ。
が。
「……怪物達を陽動している間に、国中の魔法使いをしとめたと言います。ですが怪物達は消え去らなかった。次に、人間の兵士達を。王都の王族達全てを」
思いつき限りの要人を捕らえても、殺しても。怪物達は消えなかった。
そうこうしているうちに、怪物達によって仲間達の被害は増える。
焦る連合軍には、もう冷静に考えるだけの余裕はなかった。
「国中の、戦える者、戦えない者。貴族も平民も、その全て。…殺しつくしても、その怪物達が消えることは、なかったと言います」
…成る程。だから、戦争に負けたと言っても敗戦国として残る事もなく、殺しつくされ滅んでしまったわけだ。
そして、そんな経緯だから逃げ延びた人間達も、アニマリアの国のヒトに見つかった際は死に物狂いで逃げて、自死を選ぶという訳か。
今まで聞いてきた事に、変に納得がいった。
「あの、先生。…その、怪物って、今は」
「……今も、アンスロス国内に残っていると聞きます」
まだ居んのかよ!
恐る恐る手を挙げ質問した生徒に、カモノハシ先生は少し迷った末に答えた。多分真実なのだろう。
「今も騎士達の何割かは、半年交代でかつてのアンスロスとの国境を見張っています。けれど…その怪物達は、決して国境は越えてきません。こちらが国境を越えなければ、襲ってくる事も無いのです」
……ああ、つまりなんで消えなかったのかは謎だが、出されていた命令に関しては今も忠実に護っているのか。
彼らに与えられた命令は他者の命を奪うことでも、敵国を襲うことでもない。
ただ、彼らの主の国を護ること。それだけだったという訳だ。
つまり、姿形の恐ろしさに、アニマリアを始めとした三国同盟が襲い掛からなければ、連合軍に多大な被害を出すことも、アンスロスが滅ぶこともなかった。
戦争が終わってから、その事実に気付いたところで……勘違いで一国を完全に滅ぼした後では、遅すぎた。
「この戦争は、互いの大きすぎる認識の齟齬と、言葉を尽くさず思い込み、存在しない脅威により発生した悲劇であり、私達の歴史上最大の間違いです。……二度とこのような事を繰り返さない為にも、互いに真に分かり合うという努力を、どんな時も忘れてはいけないと、心に刻んで下さい」
真剣な瞳のカモノハシ先生から、誰も目を逸らさなかった。
…皆良い子だな。
その後もいくらかの質問の時間があり、細々とした補足なんかをした後、授業終了の鐘が鳴る。
うーん、想像はしてたが、中々ハードだった。
国家間の勘違いってのは、本当に場合によっては簡単に戦争を引き起こすらしいってのが真実だと実感。
今は三国同盟の他、残った外周二国とも定期的に会議をしたり交流をしたり、二度と繰り返さないように務めているのだとか。
それがいつまでも続くといいけど、どうだろうねえ。
少なくとも、正しく歴史を語り継いでいけば、繰り返さずに済んでくれる、…と信じたいところである。
そう甘くは無いのが、人生ってもんだけど。
「あ、あの、…マリヤ君」
「はい?」
授業は教室でそのまま行われてたので、移動は無い。
考えながら教科書をしまって、さて次は何だったかと考えていたところで、クラスの女子に話しかけられた。
やたらと、おどおどした様子で。
その他のクラスメイト達も、ちょっとおっかなびっくりみたいな面持ちであたしの方を見ている。
「その、…こんな事、聞いちゃいけない、んだろうけど」
「なんでしょう」
「マリヤ君も、…さっきの授業で言っていた、…怪物を作るのって、出来るの?」
「は?」
思わず首をかしげた。
あ、うん、そうか。
そりゃ怖いよな。人間達以外で、そんなもん作り出したって話は聞かない。
よほど魔法の才能があるヒトがいたのと、少なくない妖精が手助けした結果なんだろうけど、人知を超えた怪物は充分とんでもないホラーだ。
ホラーだけならいいけど現実に、そして国境挟んで割りと近くにいると聞いたらそりゃ怖かろうな。
そういえば夏の初めに怪談をした時、一番顕著に怖がっていたハムスターのお嬢さんに、あたしはにこっと笑顔を向ける。
「確か、三国の戦争時代にアニマリアには魔法を放たずそのまま武器に宿す、という技術があったそうですね。それによる多大な戦果があったと聞きますが、貴方は使えます?」
「え?! つ、使えないわよそんなの! 100年以上前の、しかも物凄い魔力を持ったヒトしか使えなかったって言うじゃない!」
「そうでしょう? 私だって同じです。生まれる前の、知りもしないどうやってやったのかも想像つかない技術なんて、使える訳ないですよ」
だいたい、妖精と契約もしてないしね。
自分達を例にして言われれば、それもそうかと納得せざるを得ない。
ハム子さんはホっと安心したように息を吐く。周囲のクラスメイト達も表情を和らげたが、…でもなんとなく、浮かない顔だ。
「まだ何か?」
「ううん。……ごめん、そんな事聞くよりも、謝らなきゃいけないよね?」
「? …何をですか?」
「だって私達のご先祖様が、勘違いでマリヤ君のご先祖様を殺しちゃったんでしょう? ニンゲン達は、自分達を護ろうとしてただけなのに」
……そんな100年も前の事を持ち出して謝られてもなあ。
別にそれで苦労して来た訳でも無いし、あたしは恵まれた人生送ってるし。
うだうだぐだぐだ言ってるより、今ある物を慈しみ楽しんで生きた方が、良いじゃないか。…いや、別にこれが悪いとは言ってないけどさ。
「気にしていませんよ。もう済んだ事ですし、皆が直接やった事じゃないですし」
そりゃ、これが目の前で両親殺されただの、国を滅ぼされただの、酷い目にあったとかなら感情がそうは言わせないんだろうけど。
なんというか、この世界にすっかり馴染んだけれど、それに関しては未だに他人事なのである。
知りもしない事に恨みを抱くほど、人間である事に拘りや誇りやプライドがあるわけではなく、頭の中身も子供じゃないし暇でもない。
「それより、私は嬉しいですよ?」
「う、嬉しい?」
「ええ。だって、人間達はもう滅んでいます。ならば、私達が世界を害そうと目論み、アニマリアのヒト達がそれを阻止すべく戦った…とかにした方が、聞こえが良いじゃないですか。もう反論する証人達もいない。…なのに貴方達は、そうはしなかったでしょう?」
歴史を、自分達の都合の良いように改変しなかった。
道を間違えたのだと、歴史に汚点があるのだと、恥ずべき事をしたのだと。隠さず忘れず、教訓として語り継ぐ事を選んだ。
それは、とても難しい事だ。
誰だって、自分の過ちに目を向ける事は容易く出来ない。
見たく無いものには、蓋をしがちだ。
けれど、それをアニマリアのヒト達は、しなかったのだ。
「アンスロス戦役は、間違いだったのだと。もう繰り返してはいけないと。端的に言えば、私達だって明らかに間違っていました。それらを歪めず、繰り返さぬよう努力してくれて居る事。人間達の死を無駄にしていない事が、嬉しいですよ」
勘違いと思い込みから、お互いに話し合うことすら選択肢に入れなかった。そもそもの間違いがそこだ。
それを理解し、もう繰り返さないでくれるなら。少なくとも、無駄死にではなかったと思えなくも無い。
このまま、平和な世界で居てくれるなら。何にも勝る福音だと、あたしには思えるのだから。謝られる必要は無い。
「この国のヒト達は、過ちを認め、悔やみ、正しく生きようと思う素晴らしいヒト達です。そんな場所に居られている私は、とても幸運だと思っていますよ」
クラスメイト達も、自分達の先祖の行いが間違いであると理解している。だからあたしに謝ろうなんて気持ちになる。
その気持ちを持つヒト達である事が、とても素晴らしいと思う。
あたしにしがらみは無いし、この国の、君達のあり方を肯定していると告げればそれはきちんと伝わってくれたのか。
先ほどまでの申し訳なさげな雰囲気は何処かへ消え去り、安堵したような、どこか誇らしげな表情で頷いてくれた。
出来る事なら、その気持ちを後世に伝えて行ってね。
この世界が、貴方達が、平和で幸せに生きるためにも。
「聞いたぞ、ニンゲン! お前達はこの世界におぞましい化け物を生み出した、とんでもない種族だったらしいな! やはり我々が貴様らを滅ぼしたのは正しかったと…言わざる…を……?」
突如ばぁんと教室の扉が開かれたと思ったら、貴族科の男子3名ほどが転がり込んできてあたしをびしぃ! と指差して高らかに阿呆を言い出した。
が、途中で教室中の真っ白い目を浴びている事に気付いたのか、途端に意気消沈していき言葉尻が消えて行く。
そういえば、別の先生が貴族科でも歴史授業する日だったね。
貴族科の生徒、自分達より身分が下の者達ばかりとは言え、無言の軽蔑の瞳に流石に空気が読めたのか、少なくとも酷い場違い発言をしたと理解したらしい。残る2人も、逃げたそうにしてる。
……いい話で終わるトコだったのに、この子達はよ。
「……申し訳ありません、マリヤ君」
「エルミン君のせいではありませんし、勿論皆さんのせいでもありません。まあ、物の受け取り方はそれぞれですし、考え方もそれぞれです」
「ですが、この国の、よりによって貴族があの発言は…ありえませんね」
「今のは流石に、王に陳情しても良いレベルだと思います」
一応相手は貴族のお坊ちゃんなので皆敬語でやり取りしてるが、飛び込んできた熊の貴族坊ちゃん……あれ、もしかして前に剣術授業で阿呆やった子か? …は、口元を引き攣らせた。
「な、何だお前達! そのニンゲンの肩を持つつもりか?! 俺を誰だと…」
「何方であっても、今の貴方の言動はありえません」
「ハッキリ申し上げます。…貴方はこの国の恥です」
「貴方方の為にも、これ以上の発言をなさらない方が宜しいかと思われます」
今のを国王に陳情したら、身分とか置いといてその存在が国の恥であり国策に全力で反旗を翻したことになるだろう。
……たぶん、…切り捨てられるんじゃないかな。家に。物理的ではなくね、実家まで取り潰されないように、替えの利く子なら、放り出されるレベルじゃないかな。皆の子息に対するにも関わらずの発言察するに。
国王様も、明らかに人間との戦争へ間違いとか責任とか感じてる風だったし。
まあ、何だ。
…飛び込んでくるより前に、良い話にして信頼というか、そういうものを勝ち取っておいて良かったと、思う事にした。
熊っ子達のその後については、特に興味も無いので知ろうとしていないから、知らないですよ。
圧倒的大多数のヒトはあんな阿呆は言い出さない。
というか、思ってても言わない。口に出したという事実が、頭が終わってる。
というわけで、この世界における人間達の結末でした。
ぶっちゃけ、当時逃げ延びた人もいくらか居ますが……その後はお察し。
そんな怪物がいなきゃ、いくらなんでも殺しつくすことはなかったでしょうに。
勘違いと、頑なさと、行き過ぎた防衛の末路でした。
ちなみに、マリヤさんは国境越えても襲われません。
…行きませんけど。
(9/27 酷い間違いをしていたので修正しました。申し訳ありません。
正確に言うと、アニマリアとレプティリアの位置逆でしたorz)




