43・妖精魔法
家族の夢を見た。
この世界に転生して得た優しい辺境伯一家ではなくて、正真正銘血の繋がった、同じ種族の家族の夢だ。
夢だ、と言う事はすぐに認識出来た。明晰夢ってやつかな。
あたしの視界にあたし自身は居なくて、この視界は夢の中のあたしのものなんだろうけれど。普段よりもずっと低くて、あたしの思い通りにはならない。
幼い頃の自分の中に、今の自分が居て、その目を通して過去を見ているような感じだった。
細部がなんとなくぼやけていて、ハッキリとしないのはやっぱり夢である証拠だろうなとも、のんびり考えた。
台所に立ってお皿を洗っているのは、父さんだ。
普段はキッチンになど立たない人なのだが、今は特別。
何故なら、母さんが生まれたばかりの赤ちゃんにかかりきりになって大忙しだからである。
今回はあたしが居るから、手伝ってくれて助かる、と父さんは笑う。
きっと一番上のあたしが生まれた時は、もっとてんやわんやだったんだろうな。その時に、家事も少しだけ覚えたんだぞ、なんて偉そうだ。
あたしとおんなじ髪と瞳の色をした、父さんと一緒に家の事を済ませる。いやまあ、別に母さんとも同じ色なんだけどさ。
今居る世界のヒト達ほど、あたし達の色は色彩豊かじゃないもんね。
人間は、だいたい皆似たような色の髪と瞳だ。いやまあ、多少の差はあるし、世界を見れば全然違う色の人もいるっちゃいるが。
家事を済ませてから、母さんが居るお部屋の扉をとんとんと叩く。
さっきは大泣きの赤ん坊をあやすのに精一杯だったようだが、いつの間にか静かになっていた。どうぞ、と中から声がしたので、まだ幼児の体格のあたしにはでかい扉をよいしょと開ける。
そんな小さなあたしより、もっともっと小さな赤ん坊が、母さんに抱っこされてぽんぽんと背中を叩かれていた。きっとミルクを飲み終えたところなのだろう。
迷わず二人の傍に近寄って、赤ちゃんの顔を覗き込む。
今までは一人っ子だったから、こんなに身近な赤ちゃんなんて初めてで、とにかく子供のあたしは興味津々だったのだ。
父さんと母さんと、あたしとやっぱり同じ髪と瞳の色だ。
でも、赤ちゃんだからなんだろうか? なんとなく、ちょっと違う。
髪の色が薄く感じるのは、きっと量が少ないからだ。でも、綺麗な金色をしてるんだろうなって思う。
青い瞳も、不思議と自分の物とは違うように感じる。
うーん、何がこんなに違うように感じるんだろうな?
この子とあたしの性別が違うからなんだろうか。
でもまあ、長じればまた印象が変わるのかもしれないし、そうでなかったとしてもこの子がとても可愛い事に変わりは無い。
ぷにぷにふにふに、おもちのように柔らかい妹のほっぺたを撫でていたら、母さんもあたしの髪をなでてくれた。
あたしとおんなじ青い瞳に、幸せそうな笑みを浮かべて。
・・・・
・・・・・・・・・
―――って、いやいやちょっと待て。
ほのぼの家族映像を堪能しているうち、突然酷い違和感に襲われた。
あたしは確かに転生して金髪碧眼になった。
が、前の世界で以前の家族と一緒に暮らしていた頃のあたしは、正真正銘根っからの日本人。当然黒の髪に、黒茶の瞳。染めたことだってない。
当たり前だが、父さんも母さんも同じ色の、日本人。
そもそもにおいて、あたしにいたのは妹じゃない。弟だ!
怒涛の勢いで本来のあたしの家族の記憶を思い出したのだが、そんな混乱は夢の中のあたしは全く感知していない。
現在のあたしと同じ色、金の髪と青の瞳のお母さん? の顔も、ハッキリとあたしの母さんとは似ても似つかないと断言出来る。無論さっきまで一緒だったお父さん? とあたしの父さんもだ。
あれ? なに? これはなに??
あたしの記憶じゃないのなら、この家族映像って、誰の記憶??
混乱するが、夢の中できちんとした思考なんぞ出来る筈もない。なんせ、あたしの脳は半分は寝ているのだから。
そんな中でも、夢は止まらず進んで行く。
開かれていた窓から、何かがひらりと入り込んできた。
風に揺らされるのではなく、自らの意思で空を舞うそれは、背の羽から光を零しながら、赤ん坊と目を合わせるくらいの高さで止まった。
銀の髪、赤い瞳の……白いワンピースを纏った、妖精、は。
小さな赤子に、切れ長の瞳で笑いかけた。
…………えええええええぇぇぇぇ。
――――――
「…………」
目が覚めた。
むく、とそのまま起き上がる。
ええと。…夢なのは解ってたけど、うんやっぱり夢だね。
ちょっとだけホっとしたが、安心していいのかどうか…
とりあえず…普段の起きる時間からそうズレてはいない。いつも通り、通常通りの目覚めである。
「なんだろうね、今のは…」
家族の夢だと思ったけれど、少なくともあたしの家族じゃなかった。
カラーリングから言って、『今の』あたしの家族だと言われても不思議ではなかったが、あたしそんなの覚えて無いぞ…
しかも、なんでそこにアルメリアがログインするんだ、意味解らない。
…うーん。
まあ夢なんて自分の中の断片情報を、滅茶苦茶に繋ぎ合わせてしまったりするものだからなあ。信憑性なんて、あってないようなもんだ。
正確に過去を追体験する、なんてそうそうないですよ?
そうかと思えば、突然意味不明の展開になったりするからな、夢ってヤツぁ。
恐らくだが、その類だろう…。
……まあ、今度機会があったら一度アルメリアに聞いても良いかもしれない。
とはいえ、もし知り合いなんだったら、アルメリアもそう言ってくれると思うんだけどなあ?
先日の魔法学の屋外授業は、まだ終わっていない。
次の日である今日は学院が休日で、次の授業までにレポートを完成させて提出しなければならない。
あたしとメルルとレオンは魔法学の。エルミン君とサンセさんは調理実習の。ポーラ様は絵画のレポートをそれぞれ提出する。昨日は選択授業の一日屋外実習だったからね、いや調理実習は屋内だがそれはそれとして!
6人で集まって、かつ他の邪魔が入らない屋内は図書館の貸し会議室くらいなので、夏休みレポートの時と同じようにここでやっている。
…ポーラ様は1人になっちゃうけど大丈夫なんだろうか? と思ったが、彼女に関しては既にもう清書だけという状況なので問題ないそうです。
「ほ、本当に妖精と契約しちゃったんですか、マリヤ君達は…」
「うーん、流れというか、もう断ろうにも断れない雰囲気だったから、かなあ」
アルメリアはあたしとてこでも契約してやろうという気満々だったし。提示条件にレオンとメルルが食いついちゃったし…
あたしは、まあ以前の脅しの件があたしを対象にしてなかったと聞いて、もう大丈夫だとは思ったけど、別に必要なかったんだけどなあ。
……っていうか、クルウには本当に呪いがかかってるんだろうか。心配だ。
「お、お会いしたり、出来ない、ん、ですか?」
「多分呼べば来てくれると思うけど…」
「俺は下らん用事で呼んだ時は覚悟しろと言われたがな」
「マリヤなら、呼んでも大丈夫よねきっと」
「でも、そう簡単に呼びつけられないわよ。それを見られても大変だし」
普通、妖精との契約は一対一である。
精霊魔法は世界に漂う精霊全体との契約であるが故に多数の所持者が居る。
が、妖精は遥かに高い力を持っていても、一応は個人になるから……というのと妖精達のえり好みが激しいからだ。
妖精達は、本当に気に入った相手としか契約しない。アルメリアの口ぶりから言うと、若い妖精達はそもそも1人としか契約出来ないようだ。
まあその辺は精霊魔法とは似て非なるルールがあるんだろう。そもそも、1人の妖精から多彩な魔法を授かれるという時点で、精霊魔法とは違う。
で、今回アルメリアと契約したのはあたし達3人な訳だが、それだけでも例外中の例外で大騒ぎ。
あまつさえ、その主契約者がレオンではなく、人間のあたしとなると、そりゃもうどえらい面倒ごとだ。
何せ、人間と妖精の組み合わせってのは、かつては不死身の化け物を生み出したヤツらだからである。
それが国内で発生したとなれば、アレをここで生み出されるみたいな噂になっても仕方ない。
その上、まさか王太子差し置いて貴族の養子で執事見習いが主契約者とか。
対外的にも、なんというか、ね…
あたし達自身が気にしなくても、世間一般の目がめんどくさいのだ。
というのをフィズィ先生もわかってくれたので、あたし達3人との面談のあと、『妖精に気に入られたのはレオンであり、その妖精はとても力のある存在で、一緒に居たあたしとメルルにも力を分け与えられた』という事で口裏を合わせる事になった。
レオンの威厳というか立場への配慮と、あたしの安全への考慮である。
無論、アルメリアにも事情を話して、滅多なことは言わぬようにお願いはした。
お願いをしただけで、気紛れな妖精が100%護ってくれるかというと、また怪しくはあるのだが。ただでさえ、大変に不満そうであった。
「そもそも、おもてなしの準備もここでは出来てないし、お昼のお弁当の時に呼びましょう。彼女、マリヤのお菓子がお気に入りみたいだもの」
あれから、結局都合3枚もクッキー食べたもんね。
絶対身体の内容量より多いと思うんだが、何処に入っていったのか…
それはさておいて、レポートだ。
本来なら精霊魔法の更なる錬度上昇と、新たな組み合わせの案なんかがレポート対象だったのだが、今回あたし達の場合は得た魔法に関する考察やなんやだ。
戦争なんかがあった時代なら、自分の手札を全て明かすとかありえないが。なんせ今は平和だからね…
きちんと明かしておかないと、周囲にいらん不安を抱かせてしまう。
身分的に、魔法研究院へ強制収容とまではいかないだろう。レオンは勿論だが、メルルも辺境伯の一人娘だし。
あたしは…打診くらいあるかもだが、あたしの魔法はハッキリ言って、世間一般の為に使えない。というのを、しっかり書いておかねばなるまいよ。
「しかし、光の魔法か。熱を帯びない、延焼の危険性が低い光源というのは実に有用ではあるが…」
「光の強さを調整出来るのならば、目くらましにも使えるのではないですか?」
「おお、なるほど。流石にエルミンは聡いな」
現在において、夜間の明かりはランプ等の炎を用いたものだ。
基本家は石造りなので、あんまり派手な火災とかは無いのだが、それでも年に何回かは火にまつわる事故や事件が起こってしまう。
レオンの光の魔法で生み出した光源には、熱が殆ど無い。全く無くはないが、火に比べれば格段に発火率の低い、安全性の高い明かりになる。
まあ持っているのがレオンだけなので、それが普及するかと言えば否だろうが。
「…多分だけど。光を操れるって事は、闇も対象になるんじゃないかしら」
「うん? どういう事だ?」
「光があるから、あたし達は物が見えるの。この光を排除してしまえば、当然だけど真っ暗闇になるわ。…範囲を広げて闇を作る事も出来るでしょうし、個人の瞳に入る光を遮断すれば、そのヒトは何も見えなくなるでしょうね」
ちょっと考えたけど、レオンにはその概念を教えても大丈夫だろう。
むしろ、将来的に暗殺とかの可能性が0とは言い切れない。
どんなに訓練された、夜目の利く暗殺者でも、瞳に入る光を完全遮断されたら何も見えない。元から見えないヒトは別だが、見えているヒトというのは想像している以上に視力に頼って生きている。
どんな手だれであろうとも、突然の暗闇には対応できない。…その間に逃亡でも捕縛でも手は打てる。
うん、血を流さず相手を無力化できる、という点ではレオンにはうってつけの魔法なんじゃないだろうか?
「そういうものか。…試してみても良いか?」
「一時だけ、この場が夜になる、という事でしょうか。興味がありますわ」
ポーラ様は意外と好奇心旺盛である。
どこかわくわくした瞳でレオンを見る。他のみんなも、最初からそうなると解っていれば興味が勝つようだ。
レポートに書くにしても、先ず可能かどうかの実験もしなければならない。
図書館での魔法使用は(火以外は)特に禁止されていないし。大丈夫だろう。
「ふむ、ならば……。光よ退け、闇よ来たれ、フラル・アルメリア」
妖精魔法に関しては、魔法の発動文は割りと自由だ。最後の約束さえ守るなら、その前は自分が発動したい状態を想起しやすい物にすればいい。
まあそれだと戦闘的には何が起こるか相手に解りやすそうではあるが。
…どんな世界の魔法の詠唱も、多分そんなもんだ。気にしたらキリがない。
集中しているのだろう、瞳を閉じて妖精魔法の行使を行うレオンに応え、まるで蛍光灯のスイッチをパチンと落としたように、突然周囲が闇に包まれた。
範囲はこの室内だけなのだろうが、室外の光なんかも見えない。多分外から見たら、部屋の中だけ真っ暗に見えるだろう。
「ひゃう、…わ、…凄いです、夜よりも、暗い、かも、です…!」
「本当ね、昼間なのに自分の手も見えないわ」
「…真の暗闇と言う物は、少々不安を掻き立てますのね。皆様が傍に居るという今の状況でなければ、取り乱す方も居られるかもしれませんわ」
動物は本能的に闇を怖がるからね。どんな動物も、完全な暗闇には対応していないだろう。夜行性の猫だって、僅かな光を増幅して見れるから、夜でも行動できるのであって、完全な闇の中では何も見えないと聞いた事がある。
…まあ、超音波で周囲を確認する系には利かないだろうが…
あたし達の周囲だけを覆っていた闇は、今度はパっと消え去り先ほどまでの明るい視界に戻る。
レオンの魔法詠唱さえ除けば、ほぼ予兆も何もなしの発動と解除か。これは敵に回したら相当始末が悪い。
「成る程。これは、場合によっては暴徒の鎮圧や、不届き者の制圧にも使えるかもしれん。錬度を上げる努力をしよう」
「王子様、自らそういう矢面に出るつもりなの?」
「時と場合によるな。父上とて、国の一大事ともなれば腰を上げる」
いやまあそうだろうけどね。
ふんぞり返って偉そうにしてるだけの王様じゃなくて良いと思うべきか。後方で威厳を発揮し、指揮を行き届かせるのが王だと思うべきか…
まあ必要な時に動かないよりは良いんだろうけど。動くべきときを、間違えさえしなければ。
「後は、個人を対象とした視覚の遮断か…。これは難しそうだ」
「少ない相手の鎮圧なら、そっちの方が有用でしょうね。あの闇だと、味方も周囲が見えなくなっちゃうし」
「闇を展開したまま、味方のみ視界の確保というのは難しいだろうか」
「…多分無理じゃないかしら。周囲からの光を遮断している以上は」
物っていうのは、光がそれにぶつかり、その反射が目に入る事で見えている。
ならば範囲を闇で満たせば、光は入ってこなくなるから、その中では反射も何もなくなってしまう。
とはいえ一人一人の視覚の遮断は、相当繊細なコントロールを必要とするだろうし、対象もレオンの視界内、つまり認識内でなければ不可能だろう。物陰に隠れられてたら、対象外になる。
錬度をあげまくれば、建物一つを闇に包むくらいは出来そうだし、その場合は無差別に視界0になると思うけど。
「短い時間の目くらましなら、それこそ味方に目を閉じさせて強い光で目を眩ませた方が確実だとは思うわね」
「そうか。そうだな。…直接的に影響を与えるような魔法ではないが、これはこれで実に有用であるようだ」
こくん、とレオンは頷く。そのままレポート草案を書き始めたようだが…
…まあ突き詰めて考えれば光の増幅照射、つまりレーザーなら充分生物に効果を及ぼす攻撃手段になるんだけどね。
そこまで増幅できなくても収束して指向性を与えた単色光を目に当てればほぼ確実に失明するから、結構な大事である。
あと、目に見えない光ってのもあるし。それを利用したレーザーだってあるし、そしたら誰にも気づかれずに視力を奪ったり相手を倒すことも出来る。
というのは、魔法は当人の発想力次第でありその辺の理論を知らなきゃ考えもしないだろうから、あえて言わないで置こうと思う。必要ないだろうし! そもそも普通にフラッシュだって目に良くない。
身の安全の手段なら、闇の発生で多分充分だ。
あと、もっと言うとそれこそ瞳に入ってくる光を操作して、ある筈の無い物を見せたり、逆にある筈の物を見られなくしたり出来るんじゃないかな…
妖精魔法の上限が何処までかは解らないが、あたしが思いつく限りでも光って結構高性能であり、可能性が物凄いのである。
言わないけど。いや、視界操作については、そのうち言ってもいいけど。
「メルル殿の方はどうだ? 風の魔法は精霊魔法にもあるからな、その上位ならば用途も考え付きやすいと思うが」
「うーん…。正直、精霊魔法以上の風を起こしたら突風でしょう? そんなの使ったら風車が壊れちゃうわ。より広範囲に、今までと同じ風を吹かす以外に、どう使えば良いのかしら…」
「そ、空を飛べたり、しませんか!」
「あっ、そうか! 飛べるかしら?!」
「魔法以外の道具を使えば飛べるでしょうけど、危ないから却下」
「う…」
多分、こう袋状の丈夫な皮とかを使って上昇気流を生み出せばいけない事もないだろう。が、バランス崩したときや袋が破けた時危ない。
なので、出来たとしてもやらせません。
「大体うっかり高いところから落ちた時に、上向きの風を吹かせて速度を落として着地くらいなら出来るでしょうけど、そんな時に魔法使える?」
「う、ううん、…焦っちゃってそれどころじゃないかもしれないわ」
「でしょう? だから、だーめ」
「はあい。…他に何か使えそうな用途ってあるかしら?」
「そうねえ。広範囲に風を吹かすのもそうだけど…。突風だって使いようじゃないかしら。長雨の際の雲を吹き飛ばすとか。逆に雨雲を呼ぶとか」
その際の周囲への影響がどうなるのかは、天候とか気象とか詳しくないので、よく解らないけども…
攻撃的な意味ならば、かまいたちなんて素晴らしく凶悪な物が思い浮かぶ。ソニックブーム…は、あれは音波か。
何にせよ、そんな物騒なものをあたしの可愛いお嬢様に搭載させる気は無い。
「…風って、音も含まれるのかしら」
「音? どうして風魔法で音が操れるの?」
「んー、簡単に言うと音って言うのは、あたし達の周囲にある、目に見えない空気が振動して伝わってるものだから。風が空気の移動によって起こる現象だと定義すれば、音も範疇内に……ああごめん、ちょっと待ってね」
明らかに全員が疑問符を顔にくっつけたので、いったん解説中止。
どうやら、音と空気の関係性まで物理学が辿り着いていないようだ…。ペンギン先輩がいたらここで解り易く速攻で理解して解説してくれそうだが、彼は今日も寮に閉じこもってモーター開発中である。
もう試作品が出来たんだそうですよ。…ホント怖いよあのヒト。
さておいて、どう解説すればいいか考える。
「えーと。例えば、この机をちょっと触ってて。叩くと、音がするでしょう?」
「うん」
「で、あたしが叩いたのはここなのに、皆の触ってる所もちょっと揺れるでしょ。これが、あたしがここで出した音が、離れた場所にも伝わってるって事。音って言うのは、基本的に振動なのよ。耳をつけてると、更に叩いた音がハッキリ聞こえるでしょう?」
「んー、…ああ、うん。解るような気がするわ」
そのまま空気の振動で伝わった音と、机に耳を当てて聞こえた音は違うし、耳を当てて聞いた方がハッキリ聞こえる。
直接物体からの振動を聞いた方が、空気ごしよりはわかりやすかろ。
「で、あたし達が当然のように発してる、声も同じく音なのね。声を出してる時に喉に触れると、震えてるでしょ? この振動を、普段呼吸しているこの空気が伝えて、耳の振動をキャッチする場所で捉えるから、音や声は聞こえるの」
「…当然のように言っているが、お前それは、研究者達に発表したら驚かれるどころの話じゃないんじゃないか。いったいどこで…」
「ノーコメント。…まあとにかく、その伝わる振動を止められたら、一帯を無音地帯にする事とか出来るんじゃないかしら。まあ物に伝わる音は範疇外だから、物体経由の会話は出来るでしょうけれど」
ただ、そこから発生した音が伝わらなくなるから、耳をぴったりくっつけてなくちゃやっぱり聞こえないだろうが。
メルルは、だいたいのイメージは理解出来たのだろうか。
暫く考え込んでいたが…じきにこくんと頷く。
「何となく、解ったと思うわ。音なんて目に見えないけど、風だって見えないし。でも音が出るものが揺れるのは解るし、声も音なんだから聞こえるとしたら耳に揺れが届いてるのは当たり前、って思えばいいのよね?」
「そうそう、それでいいわ」
「じゃ、ちょっとやってみる」
「あ、一応言っておくけど、『揺れ』を止めるだけで、『動き』を止めちゃダメだからね、メルル」
「…? うん、解ったわ。ええと……音を伝えるのを止めなさい、フラル・アルメリア」
音の振動伝達の停止。
メルルがそれを命じると、急に周囲がシンと静まり返った。
深夜であろうとも、ここまでの無音にはならないだろう。
あくまでもこの周囲限定の事で、音が無くなった事に吃驚したらしいサンセさんやエルミン君が口をぱくぱくさせているが、あたしには聞こえない。
一応あたしも声を出してみたが、…ああ、自分の声は聞こえるな。身体を響く音まではやっぱる遮断出来ないみたいだ。
「ホント、こんな事出来るのね。ちょっと面白いかも」
メルルが喋った。どうやら魔法を解除したらしい。
自分だけの新たな魔法にちょっと機嫌がよさそうなんだが、なんとなくレオンの機嫌が…というか、レオンが戸惑った顔をしている。
「どうか致しましたか、レオン殿下」
「いや、メルル殿の無音に、俺の闇を重ねたら更に暴徒鎮圧に使えるかと思ったんだがな。…発動しなかった」
「…あ。そうか、外に聞こえるように発声出来ないと、発動しないのね」
「という事は、例えば他の害意ある妖精魔法使いに会ったとして、メルル様はそれを封じてしまう事が出来るんですね」
これは、全ての魔法使いの天敵が誕生してしまったようだ。
自分の中だけには音が響いてはいるが、契約者である精霊や妖精には伝わってくれないらしい。精霊はともかく、対妖精にはちょっと意外。
妖精は契約者の傍に常に居る事はないし、何かの不思議パワーで繋がってるモンだと思ってたのだが。…って、それなら詠唱なんて必要なく発動出来てもおかしくはないか。なんかあるんだろうな。
「後はほら、…ナイショ話とかしやすくなったかもね?」
「…あ、そうね。全部を無音にするんじゃなくて、無音になる枠というか殻みたいなのを作れば良いのね!」
「あら、それはとてつもなく便利ですわ。わたくしも欲しいくらい」
貴族ともなれば、およそには聞かせられない会話の一つや二つはある。
いや別に一般人だって内緒の話はあろうが、重みが違う可能性があるよね。
音の遮断が出来れば、機密事項なんかを漏らさずに済む訳だ。身分が高ければ高いほど、その有用性は半端無い。
メルルが辺境伯の娘でなかったら、軍部のヒトとかいっそ王族でもその機密保持に役立つ魔法を欲しがったかもしれない。
…バランさんになるべく悟られないようにしなければ。今度は王様に召抱えられるかもしれないとか言う話してきそう。どころか、実際に王様に話して要請がきそうだ、言ってから何だがコレは言わなきゃ良かった。
だがまあ、辺境伯だって低い身分では無い。爵位的にはもっと上が居るが、領地を任されているというのは王家からの無類の信頼であり、それを預かっている以上は王族だって辺境伯当人、あるいはその跡継ぎにおいそれと手は出せない。
問題を起こしてない以上はね。起こしたら別だぞ。
「んーでも、今のだけでもかなり疲れたわ。相当練習しないと、長話とかは出来ないでしょうね」
メルルもレポート草案を書き始める。
振動の停止なんて、単に風を吹かすより難しいのは当たり前だろう。本来はありえない操作をしなきゃいけない訳だから。
……まあ、用途考えてる時に、ビームだのかまいたちだのより恐ろしい可能性に気付いてしまったのだが。
風の魔法に音の振動も含まれるって事は、正確には風というより空気、大気を操る魔法なんだと思う。
ってことは、だ。
例えば空気中の元素を理解して、その操作も出来たら。
酸素を除外し窒素だけを集めて纏わりつかせれば、簡単に窒息させられる。
っつーかそんな細かい操作をしなくても、空気そのものを周囲から除外してしまえば、確実に生物は死ぬ。呼吸をせずに生きられる生命は無い。
っていうのを気付いた時点で、レオンの魔法よりあたしの魔法より、フィズィ先生の魔法よりも何よりも殺傷能力の高い魔法を持っていると気付いた訳だが、例によって魔法とは発動者の知識や想像力に依存する。
この件に関してだけは、絶対に教えないでおこうと思う。…危なすぎる。
「マリヤ君の魔法は…、…身体強化でしたっけ?」
「あたし個人限定だけどね。そう考えると、二人の魔法より使い道無いわよ」
広範囲を指定できて、使いようによっては手も汚さずに相手を屈服させられる可能性を持ったレオンやメルルの魔法と違い、あたしのは可愛いもんだ。
単に、あたし自身を強化させられるってだけなのだから。
「契約者当人とは言え、ヒトの身体に直接作用する魔法というのは、今まで聞いた事がありませんけれど…」
「そうみたいね。んーでも、大したことは出来ないと思うわ」
「…単純に、力持ちに、なるとか、…ですか?」
「うんまあ、それくらいかな。言う程単純な手順じゃないけど」
「筋肉を強くすれば、力も強くなるのでは?」
「単純に筋力あげても、それを支える骨や、皮膚にも衝撃に堪えるだけの強度を持たせないと結局自分にダメージが来るのよ」
「ああ、成る程。下手に強い力を出しても、諸刃の剣になるんだな」
そうなると思うから、ちょっとずつ加減を試してる最中だ。
きっとヒトとしてはありえない怪力を発揮できるんだろうけれど、筋肉だけを強化したって下地がそのままなら痛むのは自分だ。
耐用範囲を超えた衝撃が来れば、骨くらいあっさり折れるだろうし、皮膚も大変なことになるだろう。
ちょっとした切り傷くらいなら、新陳代謝を早めればすぐ治すことは出来そうなんだが、それも無限に出来る訳じゃない。やらないに越した事はない。つか新陳代謝はやめるとか、それつまり早く年を取るって事だし!
というかそもそも、体が治るメカニズムを知ってなければ、それも上手く出来なくて変な治癒……ヘタすりゃ変形をしてしまいそうだ。
視覚や聴覚なんかの向上は、つまり脳の認識を上げるという事に繋がりそう。
流石に脳改造は怖すぎるし、なれない魔法ってのは使いすぎると反動があるものだから。それが脳に来るとか、色々ヒトとして終わってしまいそうなので、その辺はノータッチにしようと心に決めた。
「とりあえず少しずつ慣らしている所だけど、使い所というか、使い勝手はなかなか難しいところがあるわね…」
「契約魔法を変えて貰えたりはしないんですか?」
「や、別に他に欲しい魔法がある訳じゃないからいいのよ。それに、他人に一切影響を及ぼせない魔法、とかの方が多分平和よ」
あたしはゾンビさん(仮)なんて作り出せませんよ、ってハッキリ解ってもらわないと困る。
そのためにも、このレポートはしっかり書いて提出しなきゃ。
そもそもそれも、どんな魔法の組み合わせで作り出したのか知らんけど。生物に直接影響を与えられないんじゃないんですか、魔法って?
知りたくないし知ろうとも思わないけどさ。
「今、どれくらいの力出せるの?」
「このテーブルを片手で持ち上げられるくらいかな」
「…それは元々出来たのでは?」
「片手じゃ無理でしょ」
両手ならいけるだろうけど。
あと出来るとしたら、瞬発力やジャンプ力の強化くらいかなあ。着地も多分、強度をあげればそれなりにいけるだろう、限度は当然あるだろうけど。
脳と内臓には手を出さない。中身の改造、だめ、ぜったい。
あ、あんまり強い衝撃が想定される場合は血管とか神経にも対策を施さないとダメかもしれない。内出血しそうだ。うっかりどっか動かなくなるのも困る。
…自己治癒向上も、練習しておいた方がいざって時に役に立つかもしれない。見られたら絶対怒られるから、小さい傷限定でこっそりと。
「なんじゃ、面白くなさそうな事をしておるのう」
前触れも無く、テーブルの中央にふわっと光の珠が生まれ、ぱしゅっとはじけたと思うとアルメリアが姿をあらわした。
…お姉さん、呼んでない。
「宿題中よ。…というかアルメリア、どうかしたの?」
「いや、妙な力の使い方をしておると思うての。興味があった故に見に来た」
ああ、妖精の方は使った事も、どんな使い方をしたのかも、認識できるのか。
確かにレオンやメルルが試したのは、この世界ではそうそう発想出来ない事だろうから、興味を持っても仕方ないか。
ふわっとあたしの目の前に飛んできて、テーブルに着地するアルメリア。
……うん、やっぱ見間違えじゃないな。今朝の夢にちらっと出てきたの、このまんまの姿のアルメリアだ。
年取ってないとかは突っ込むだけ無駄だが、なんだって……
「まあ! まあまあ、本当に妖精ですのね! なんて愛らしい姿でしょう!」
「ほ、本当、です…。ステキ…!」
アルメリアを初めて見た、ポーラ様とサンセさんが嬉しそうに、ちょっとキラキラした瞳になる。
あ、どうだろう。レオンには絶対零度だけど、この2人は…
「ほう、なかなか良い目をしておるではないか。良いぞ、どうやらそなた等はわらわの愛し子の友であるようじゃからな。特にわらわを愛でるを許そうぞ」
…悪い気はしてないらしい。
ふふんと得意げに、羽から僅かに光を放ちながら、テーブルの上で気取ってターンをするアルメリア。
古い時代から生きている自然現象の象徴様は、なかなかチョロいのではないだろうかとふと思った。
「有難う御座います。…申し遅れました、わたくしポーラ・メドヴェージと申します」
「あ、あの、…さ、サンセ、アイルリーデ、です…!」
「わらわはアルメリアじゃ、じゃが気安く呼んで良いのはマリヤだけであるぞえ」
「はい、解り、ました、…アルメリア様…」
「承知しております。世界の理、自然の象徴であるアルメリア様とお言葉を交わせる事、身に余る僥倖と存じます」
「うむ。敬意を払う者には、わらわは寛容であるぞ。これからもわらわのマリヤを宜しく頼む」
…あれ、なんかアルメリアがあたしの保護者みたくなってんだけど…
恭しく扱われた妖精様は非常にご機嫌が麗しいようで何よりだが。
なんせあたしに限っては馴れ馴れしい口調も呼び捨ても問題ない上に、執着しているのは彼女の方なので、あんまり敬う気持ちは、…無い訳じゃないんだけど。
相手が片手間にあたし達全員吹っ飛ばせる相手だってことは理解してますよ。
「…時に、そちらの小僧はなにやら言いたげじゃが?」
「あっ、…ええと、……その、エルミン・シノニムです」
「ふむ、わらわに何か進言があるのかえ? 聞くだけは聞いてやっても良い。応えるかは別じゃがの」
「あ、有難う御座います! …あのっ、……レオン殿下やメルル様とも、複数契約が可能なほどのお力をお持ちとお聞きしたのですがっ」
「そなたらとは契約はせんぞ」
あ、にべもなく両断された。
きっぱりと否を下されて、エルミン君の尻尾が垂れ下がった。この中でも最大の尻尾を持っているので、彼の尻尾の感情表現はとても大きく解り易い。
…というかエルミン君以外は、長い尻尾はレオンしか無いし彼の尻尾はあまり感情を出さないのだが。
「そちらの小僧と娘と契約したのは、マリヤとの契約の条件だったからじゃ。もうマリヤとの契約は済んだからの、そもそも妖精にとって契約とは単なる娯楽故な」
「…は、はい、すみませんでした…」
「ご、娯楽なの?」
「精霊にとって契約とは、ヒトの魔力を得て活力を増やせる絶好の機会じゃがな。わらわ達は自らの力を循環し生み出す構造を得て妖精となる。つまりわらわ達の側からの契約のメリットなんぞない。ただの気紛れ、わらわにとっては趣味じゃ」
ああ、本気で妖精にとっては気に入ったから力貸してやる、なんだね…
がっくししているエルミン君だが、だからこういうのは持ってない方が平和に穏やかに暮らせると思うんだよ…?
いや別にあたしもメルルも平和に穏やかに暮らす気満々だけど。
レオンに関しては、一筋縄では元々いかないし、それに役に立つ日が来るんだったら、契約してよかったなって、……そのうち思う事もあるだろう。
「ところで、今日は菓子は無いのかえ」
「…レポート終わったらお茶にするから、その時ね」
すっかりお菓子依存症となった妖精さんも、和むといえば和むしね。
マリヤさん、おやつはまだかね。
というわけで、所持魔法のあれそれでした。
間違いなく、メルルの魔法が一番凶悪です。やろうとすれば、ですが。
完封勝利どころか再起不能すら可能なレベル。
ただし、その概念を知らなければ発想も出来ず、使えないと同義です。
危なすぎるので、マリヤさんも教えないつもり。危ない危ない。
仲間内とは言え、現代知識を普通に披露するのは流石に無防備ではないかね…




