九話 なんでもない帰り道
「あづいよー。」
お店の扉を開けた途端にわっと入り込んできた熱気と日差し。
入り口の影から一歩出た途端に溶けてしまいそうだ。
「詰まってるから早く出てよ。」
ぎゅっと華の背中を手で押し出して全員で日向に出ていく。
「あっつ。」
華に続いて外に出た町田も一瞬立ち止まってしまうほどで、さっさと日陰に入ってしまう。
「あずるい!」
「いや、さっさと行くよ。」
日陰に走ろうとする華を掴んでゆーかが歩き始める。
「置いてくよ町田。」
「はいはい。」
先頭を歩くゆーかとその隣でこちらを振り返る華を小走りで追いかける。
等間隔で生える街路樹の影が歩道を少しだけ涼しくしてくれている。
「あつすぎて歩きたくないなー。」
ぱたぱたと手で仰ぎながら空を見上げる。
空は快晴で、ずぅっと向こうまで青色が続いている。
「じゃあ走る?」
「んふふ、なんでそうなる?」
とんでもないことを言う町田に振り向くと、笑いながらこちらを見ている。
「いや無理。この暑さで走ったらもう倒れるよ普通に。」
ゆーかは心底嫌って感じだけど、そう言われてもなー。
「ダッシュ!」
「!」
ばっと二人を抜き去った町田のことを後ろから華が追いかける。
目標はあの横断歩道だ。
「ふう。はは、華遅いなー。」
「はあ、無理、もう、町田が早すぎるんだよ、」
けろっと立って華を待つ町田に比べて、ひいひい言いながらかなり遅れてから着いた。
「なんでそんな平気なの。」
走っている最中にも、立ち止まった今もじんわりと汗が吹き出して肩で息をしているにも関わらず、町田の様子はいつもと変わらない。
膝に手をついて頭を下げている華とは大違いである。
「そりゃいつも走ってるからでしょ。華もやる?バスケ。」
「えー、やったことないからなあ。」
走ってきた道を振り返った二人の視線が二人が走り出した位置から少しだけ前に進んだ、こちらへ向かって歩いてくるゆーかの姿を捉えた。
「ゆっくりだなあ。」
華が手を振るのに反応するわけでもなく、ただマイペースに歩いている。
手で目の上に屋根を作りゆーかの姿を見ようとして、ここが日陰でないことを思い出した。
「とりあえずそこの日陰に行こうか。」
二人して街路樹の影に隠れるようにして立つ。
「おー、涼しいね!」
木陰ではひんやりと涼しい風が吹いている。
さっきまでいたファミレスのエアコンや冷たいかき氷とは違うが、これはこれで気持ちいい。
「まだ五月でこれだからなあ。夏はもう地獄じゃない?」
「気分が下がること言わないでよ...」
日陰は涼しいとはいえ、既に日向に長時間いれば肌がじっと焼けるような暑さをしている。
夏が来たら芯から茹で上がるような湿気と合わさってとてもじゃないが平気ではいられない。
「夏はもう一生家の中いることにする。」
一生エアコンの効いた室内にいるんだ。
「えー、遊び行かないの?」
「それは行く!」
からかうように言ってくるが、それとこれとは別の話である。
「なんの話してんの?」
「あ、来た。」
後からやってきたゆーかも追いついてきて、盛り上がっている二人に声をかける。
「夏なにしよっかって。」
歩いてきただけあって息が上がっている様子はない。
三人で木陰で立ち止まる。
「もう夏の話?」
車道を時折車が通り過ぎていく。
「その前に試験があるでしょ。大丈夫?」
二人の視線が華に向けられる。
「う、た、たぶん。」
不安そうな表情でバッグの取っ手を握る。
なにせ課題すらやっていない有様で、自信があるわけがない。
「赤点取ったら夏休み補習だよ?」
「うげ。」
それは困る。
補習は勿論のこと、暑い中学校に通わされることを考えると非常に避けたい事態だ。
「もー、やだよお。」
はうと地面にしゃがみ込み下を向くとアスファルトの罅割れがよく見える。
肩から提げたバッグの底が地面に着きふっと軽くなった。
「勉強しなきゃ勉強。」
同じように町田もしゃがみ込む。
「全然したくない。」
しゃがんだ町田がバランスを取るために華の肩に手を置いてきたので顔を上げると、ゆーかが呆れた顔してこちらを見ている。
「やりなよ。」
「嫌だ。暑いし。」
涼しいこの木陰だけが華のオアシスだ。
しゃがみ込んで動こうとしない二人を見てゆーかが言う。
「わかったからとりあえず立ってよ。家の中の方が涼しいよ?」
「たしかに。」
うんしょと立ち上がると、ずしりと肩にのしかかる重さを感じる。
肩から下ろして立ち上がって歩き出していた町田を呼び止める。
「町田。」
「なに?」
はいとトートバッグを突き出す。
「え、やだよ。」
当然のように断られ、視線を向けたゆーかも静かに首を横に振る。
「無理。自分で持って。」
「はい...」
肩に掛け直し、とぼとぼと信号のない横断歩道を渡って歩き始める。
この間まではげはげだった横断歩道は整備されて真っ白になっていた。
「綺麗になってるねここ。」
「あー、そういえばそうかも。あんま覚えてないけど。」
一番後ろから渡った華に、町田がくるっと振り返って後ろを向きながら歩く。
「てかこの道自体通るのめっちゃ久しぶりだし。」
「この道通る用事がないよね。もったいなさすぎる。」
この近くに住んでいる三人でさえ、あのファミレスに行く時でもないとわざわざ通らない道だ。
歩道に住めそうなほど広いのに人も車もほとんど見ない。
「昔は公園でお祭りとかやってたのにね。」
「あー!あったね!」
花火も上がるほど賑わっていた祭りもいつしかやらなくなっていた。
「串焼きとかフルーツ飴とか、この道路に屋台でてた!」
道路まで歩行者天国にして、大勢の人間がやってきていた。
なにせ普段は人通りがないので封鎖しても問題ない。
「なんでやらなくなったんだろうね。」
「さあ。やる人がいなくなったんじゃない?」
この広い道路に懐かしい景色を重ねて歩くと、なんとなくどこに何があったか覚えていて面白い。
「おー、そうそう。ここにアーチあったよね。」
大きな交差点はお祭りの出店通りの端でもあった。
三人で信号を待ち、町田は左に曲がる。
「さて、じゃ帰るから。」
こちらを向いて後ろ歩きでゆっくり下がる。
ゆるやかな上り坂は途中で曲がって、木に遮られてその先が見えない。
「じゃあね。また明日。」
「また明日ね。絶対来てね!」
ぶんぶんと手を振る華に手を振り返し、歩行者信号を指差す。
「青青、また赤なるよ。」
「じゃね!」
横断歩道を渡り終えてから振り向くと町田は上り坂を歩き始めていた。
「こっからまだ歩くのか...」
平な道とはいえ、まだまだ続くことを思うと気が重い。
「華がこのファミレス行こうって言ったんじゃん。」
「そうだっけ?」
過去の自分が恨めしいが、多分理由があったんだ。多分。
「かき氷が食べたかった!そういうことにしとこう!」
「かき氷なら家でも食べれるんだけどね。まあ別にいいけど。」
おいしいかき氷が食べれたからいいんだと額に浮かぶ汗のことは考えないようにしながらうんうんと頷く。
「これで明日に向けての英気を補充したから頑張れるでしょ?」
「うん!」
たったの何時間かではあったが、今の華ならゴールデンウィークの思い出として絵日記にだってかける自信がある。
「明日はがんばるぞ!」
「今日も頑張ってね。明日だけじゃ終わんないから。」




