八話 スーパーデリシャスゴージャスいちご味
「冷たい!」
ガラス製の器に両手で触れるとひんやりとした冷気が伝わってくる。
冷たくなったその手で顔を触ると気持ちいい。
「まだ時期的にそんなと思ってたけど...もうかき氷いけるね。」
しゃくとメロン味のかき氷を一口食べたゆーかが言う。
「えへー、食べちゃおー。」
お皿に乗ったスプーンもかき氷の冷気を吸って冷たい。
スプーンを持ちながらどこから食べようかと右往左往する。
「思ったより多かったねいちご。」
「ね!ちゃんと一周乗っててすごい!」
山となったかき氷の縁を苺が一周ぐるりと囲む。
かき氷の山からこぼれ落ちる練乳がかかった何よりも美しい彫刻は、眺めるだけでも幸福感に満たされる。
「まずはいちご...いや、ここはてっぺんから...」
「迷いすぎだって華。溶けるよ?」
きらきらとした目でかき氷を眺めては、スプーンがあっちへふらふらこっちへふらふら。
「ぬぐぐぐ、よし、てっぺんから行きます!」
「おー。」
しゃんと山に刺さったスプーンがふわりと小さな山を作った。
小さな山の上にはいちごのシロップと練乳、思わず息を呑むほどに美しい。
「あむ。」
スプーンは一口で食べるために大きく開けた小さな口の中へと入れられる。
柄の根本に触れただけの唇さえもすっと冷たくなっていくが、何より口の中で溶けていくかき氷の味は大きすぎる期待を優に超えた。
「おいひい!!」
スプーンを咥えたままに言う。
「美味しいよね。」
その隣で食べるゆーかもメロン味のかき氷を存分に味わっている。
「かき氷って氷とシロップかけてるだけなのに、なんでこんなおいしいんだろ?」
首を傾げながらもぱくぱくとスプーンは進む。
贅沢にもいちごを乗せた一口はこれまでと違って重量感があり果実の酸味がより甘さを引き立てている。
「家でも簡単に作れるしね。ケーキとかクッキーとか、作ろうとしたらめっちゃ大変なのに。」
毎年クリスマスやバレンタインにする苦労を思うと、かき氷ほどとは言わないまでももう少し簡単に作れるようになってくれたらいいのにと思わずにはいられない。
「めっちゃ言うじゃん。」
町田は二人がおいしいおいしいと食べているところを手持ち無沙汰に眺めるだけである。
「いやそれぐらい美味しいよね。」
「これはねー、頼む価値あるよ!」
山はもう半分は削られて、かなり小さくなった。
溶けた氷が器の底を満たしている。
「もう食べ終わっちゃうな。」
名残惜しそうにかき氷を見つめる花がふと顔を上げると、こちらをじーっと見つめる町田に気づく。
「なにさ。」
不審そうに見つめ返すと、案の定「一口一口。」なんて言い始める。
「えー。」
「いいじゃんか。二人が食べてるとこ見てたら食べたくなってきたんだもん。」
だからお願いと両手をぱちんと合わせる。
「しょうがないなあ。」
もう溶けて水になった部分も大きくなった。
カトラリーの大きなスプーンに残り少ないシロップと練乳のかかった部分にいちごを乗せてやって、特別な一口を作ってあげる。
「はい。」
机の上を貴重な一口が渡る。
「ありがとう華。いただきます。」
一口でぱくりと食べる。
どうかなと様子を見守る華に、目をぱっと開いてその感情を伝えてくる。
「おいひいおいひい、ん冷たっ。」
スプーンを持った手を口に当てて言うと、上を向いて首をすくめる。
「んへへ、冷たいでしょ。」
肩を上げたその姿が面白くて思わず笑う。
「華も笑い事じゃないよ?」
しかし隣からゆーかが恐ろしいことを言ってくる。
「一人でそんだけ食べてんだから、絶対お腹壊すよ。」
「い、い、いや、大丈夫。うん。」
小さなお腹をさすさすと摩る。
多分大丈夫なはずだ。
「どのみちここまで食べたら一緒だからね、うん。もう全部食べるよ!」
開き直ってスプーンを持つと、もう一口掬って食べる。
「しかも薄着なのがやばいね。」
一口食べさせてあげた町田まで不安になることを言ってくる。
「思い出すわ昔華がおっきなソフトクリーム食べてお腹壊してたこと。」
「あの時は急に立ち上がった華が走り出すから何事かと思ったらトイレに直行だもんね。」
「何を思い出してんのさ。」
数年前の思い出を持ち出されるが、それに関しては華も言いたいことがある。
「もともとは町田と半分にしよって言ってたのに、町田がやっぱいらないとか言うからだよ。」
「えー?そんなことあったかな?」
「こんにゃろう!」
なんだってこの二人は覚えなくていいことは覚えてるのに、都合のいいことだけ忘れてるんだ。
しかしこうなると、また別のことを切り出される前に町田の口は塞いでおかなければならない。
「はいはいはい一口あげるからもう忘れて!」
スプーンにかき氷を乗せて手渡す。
今回はほとんど氷だけの超寂しいやつである。
「やったー。今全部忘れたかも。」
「なんて都合いい脳みそなんだ...」
ぱくっと食べてはにこにこと言い放つ姿には呆れる他ない。
「私はもらってないから忘れてないよ?」
隣からまた別の悪魔が語りかけてくる。
「ゆーかはもう食べてるじゃん!」
ゆーかのかき氷ももう何口分かしか残っていない。
あれだけ高かったのにもう器よりも低くなってしまった。
「いや一口あげるからほら。」
そう言って華の器に乗せてくれる。
「え、やった!じゃあこの最後のいちごも半分わけてあげるよ。」
残り一つのいちごをスプーンで半分に切りかき氷に乗せてから器に乗せてあげる。
「メロンも結構おいしかったよ。」
「んん、おいしい。」
メロン味も純粋な甘さがとてもおいしい。
「いちごもおいしいね。良かったじゃんあたりで。」
「運が良かったね!」
もうほとんど残っていないかき氷をすすすと集めて一口分を作る。
名残惜しいが、これが最後の一口なんだと思い切ってはむと頂く。
「はー、終わっちゃった。」
空になり、水になった氷とシロップだけが残る皿を眺めると違う思いが浮かんでくる。
「あともう一個食べれるかも。」
「いや流石にやめな?」
物欲しそうにポツリと言う華を間髪入れずに町田が止める。
「いやーなんか、案外いけるね。」
しかし止める町田を他所に呑気にそんなことを言っている。
口寂しいなと店内をちらちらと確認していると、急に横から腕を掴まれる。
「わ!」
驚いて見ると、ゆーかに片手で掴まれていた。
「なにすんのさ。」
「体冷えてるよ?腕めっちゃ冷たいもん。」
ひんやりしてて良いなーなどと言いながらぺたぺたと触ってくる。
「ほんと?そっち行こうかな。」
「ちょちょちょ無理だよ流石に三人は。」
ゆーかがぐいぐいと近づいてくるが、反対側は壁である。
肩が壁にぶつかった後はゆーかにされるがまま遊ばれている。
「ふふ、なんでそんなちっちゃくなんの。」
「え!?自分が追い込んだんでしょ!?」
笑ってそんなことを言っている。
なんてやつだと抗議するとそうだったそうだったと手を離して元の位置に座り直すので、華ももぞもぞと動いて戻る。
「それじゃそろそろ出ようか。」
元の位置に戻って二人が落ち着いた頃を見計らって町田が言う。
そう言われて時計を見るとだいぶん時間が過ぎている。
あれだけ人がいた店内は、ぽつぽつと人がいるだけだった。




