十話 疲れたらお菓子を食べよう
「......」
静かな部屋の中でしゃーっとシャープペンシルの走る音だけが鳴る。
「......」
ごちゃごちゃとした部屋の中に置かれたローテーブルに、華とゆーかはは向かい合って座っていた。
とても退屈でゆっくりな時間がかれこれ数時間続いている。
退屈凌ぎに部屋の中を見回すものの、綺麗な姿勢を崩さないゆーかが視界に入るとどうしても集中しなければならない気がしてくる。
「ごほん。」
ゆーかはわざとらしくした咳も意に介さず、華の解いた課題に片っ端から丸つけを行っている。
「......」
しかたない。
はあとため息をついて課題に戻る。
この数時間でかなり終わらせることはできたが、それでもまだ半分以上は残っているのだ。
「......」
視界の隅でちらちらと華の頭が動くのが見える。
「ふう。」
手はとうの昔に止まったままで、暇そうにあちこち見渡したり全く関係ないページを閉じたり開いたり。
流石に数時間ぶっ続けで勉強するのにも限界が来たかと、ペンを置いてぐぅっと伸びをする。
「飽きた?」
「すっごい飽きた。」
ゆーかが動いてくれたのでこれ幸いとすかさず華も伸びをしておく。
体からぱきぱき音がなっていて、多分これ以上勉強していたら骨が折れていたと思う。
「何時間やったんだろ。」
「さあ。何時に帰ってきたんだっけ。」
上に右に左にぐぐぐぐっと体を伸ばしてなんとか体のだるさを消し飛ばそうとしてもなんとなく体の重さが残る。
「よしっと。」
机の上に広げた課題をさっさと片付けて、鬼教官ゆーかにもうしませんと意思表示をしておく。
さもなくばさあ続きをやろうかなんて言ってまたあの地獄の作業をさせられる、ああ恐ろし。
「さー休憩休憩!なんか食べる?」
がさごそと秘密のかごを引っ張り出す。
その中からチョコを一つ取り出すと、口の中にぽいっと入れる。
「もらおうかな。」
ゆーかも個包装されたクッキーをぴりっと破って食べ始める。
華の部屋に入ってから数時間、ようやく気を抜ける空間が戻ってきた。
「見てよこれ!」
机の上に積まれた紙と本の重なりはこの何時間かで華がこなした課題たちで、その角をぱらぱらと繰っていくとなんだか達成感が湧き出てくる。
「めっちゃ頑張ったと思うよね?」
胸を張りながらゆーかに言うと、次のクッキーに手を伸ばしながら顔だけをこちらに向けて積まれた山を視認する。
「頑張ったと思うよ。」
「でしょう!?」
ふふんと鼻高々に、コップに残ったオレンジジュースをぐびっと飲んだ。
「まあ溜めずにやっとけばこんなことにはならなかったと思うけど。」
そんな様子をみてこれは懲りずにまたやるなと察してぼやく。
「それに、まだ終わってはないからね?」
完全にだらけモードに入った華に釘を刺すが、すでに仰向けのままベッドの上で足だけを放り出して天井を見ている。
「もう寝っ転がってるし。」
ちらっと残りの課題を見れば、まあ、この数時間の頑張りで終わる目処が見えてきた。
この状態の華に課題をやらせても効率が悪いだろうし、ここらで一度休憩を挟んでもいいだろう。
「いやー、もう無理。もうやってらんないよ。」
仰向けに寝たままに、宙に持ち上げた腕を頭の上にばたーんと落とす。
「寝たーい。」
「今寝たらその足引っ張って落とすからね。」
「んふ、怖すぎ。」
恐ろしい悪魔が地面にいるので、うんとこしょとお腹の力とベッドを手で押して起き上がっておく。
見ればゆーかはかごの中を漁っているではないか。
「全部食べちゃっていーよ。」
体を前に起こしてかごの中を覗くが底の方は全く見えない。
「いや全部は食べないけど。何があるかなと思って見てた。」
そう言ってお菓子を一つ取り出して袋を開ける。
「えーあんまり覚えてないな。」
買ったお菓子や貰ったお菓子をとりあえず入れているので、何がどのくらいあるかは知らない。
「ゆーかへい!」
「はい。」
ゆーかに向かって手のひらを向けてお菓子の催促をすると、適当に掴んだお菓子を投げてくれる。
なにかなと思って見たら飴玉だった。
「飴かー。」
飴って気分じゃないなあ。
「他の探そうか?」
「いや、自分で見る。」
そう言ってかごごと受け取り、中を漁る。
何が入っているか華も覚えていないので、宝探しみたいで面白い。
「おーこれ、いつのだろう。」
このかごの中には小さなお菓子に限らず駄菓子だって入っている。
「書いてるんじゃない?」
そう言われて裏を見ると気のせいかな、三ヶ月前の日付が書かれている。
「ま、まあチョコとかじゃなくてラムネだから。うん。いけるはず。」
「いけるかな?」
やめときなよという顔でこちらを見ていてちょっと怖くなったので、脇に置いて別のを探そうとする。
「それよりさ、ごめんけど飲み物くれない?」
そう言ってゆーかが持ち上げた麦茶ポットの中は空っぽだ。
そういえば、ジュースも無くなっていたのだった。
「おっけー。取ってくるから待ってて。」
空になったポットとペットボトルを拾って部屋の外に出る。
ふと、ゆーかがなにをして待つのかが気になった。
「へへ。」
なにせここは友達の部屋。
色々見たくなってしまうのは全ての人類が共通しているはずだ。
「......」
ドアを閉めてとんとんと音を立てて歩いた後、抜き足差し足でドアの前に戻ってくる。
ひとまず聞き耳を立てたところ、中からの音はしない。
「......」
しかしこれではゆーかが何もしていないのか、それとも音が聞こえてこないのかがわからない。
意を決してドアにぺたりと耳をくっつける。
「はあ。華にも言わないと。」
なんだろう、ため息をつかれた後に名前を出されると絶対にいいことじゃないんだろうということだけはわかる。
うーん。まあ、うん。
怖いので立ち聞きするのはやめておこう。
「えっと、お茶でいいのかな?」
特になにも言われなかったのでお茶のままでいいだろう。
冷蔵庫の中からお茶を取り出して抱える。
冷蔵庫中をくまなく探し、冷凍庫まで開けたにもかかわらずもうジュースはなかった。
「お茶でいいか。」
自分の分のジュースを探そうかとも思ったが、よく考えたら盗み聞きしていた時間分遅くなっているのだ。
これ以上時間をかけると不審に思われるかもしれないし、なにより早く届けないとゆーかが乾いてミイラになるかもしれない。
「ん?」
部屋のドアノブに手をかけようとするが、中からなにやら声が聞こえる。
「...ため...やってる...」
ど、どうしよう。
入っちゃっていいのかな。
だけど気にはなる。
一体この部屋でゆーかがなにをしているのか。
しばらく迷った末、ひっそりとドアに耳をつける。
「これは全部捨てちゃったほうがいいな。」
思っていたのとだいぶ違う。
まあもう入ってしまうかとドアから耳を離そうとした途端。
「!?」
がちゃんと玄関の鍵が開き、扉が開くと同時に誰かが入ってくる音が聞こえた。
たぶん家族の誰かが帰ってきたんだろう。
再びドアに耳をひっつける。
「...あ...さ...」
目を閉じ全神経を耳に集中させると、ぎいぎいという音が少しずつ大きくなっている。
一体なにをして
「何してんの華?」
「わああ!」




