三十四話 登校
「ゆーか!町田!」
木陰で佇んでいた二人に大きな声で叫びながら走ってくる小さな影が一つ。
遠くにいることを加味しても平均的な身長からは一回り小さく見える。
「どうしたどうした。」
二人の元へ辿り着いても勢いを全く緩めずに町田の体にぶつかってようやく止まった。
それでも尚足を一歩引いただけで済んだのは町田の体感が故かそれとも…
「どーしたもこーしたもないよ!天気予報見た!?」
ぐいっと顔を真上に向けて聞く姿は親と子供の会話にも見える。
「見たよ。晴れてたね。」
「そうそう晴れ…ってなんでそんなに冷たいのさ!」
意気揚々と持ってきたビッグニュースだというのになんでもないことかのように受け流されて嘆いている。
しかし二人にしてみればむしろ華の方が不思議だった。
「いや、朝だからでしょ。眠いよ。」
二人がふざけている間にも棒立ちで目を瞑ったまま少しでも脳を休ませようとしていたゆーかが一瞥もせずそう告げる。
「なんでそんな元気なの逆に。」
こちとら低血圧で朝起きることも辛いというのに、目の前の少女との違いはなんだというのか。
ゆーかの恨み混じりの質問にもえへへと笑って返す。
「えー?いつもこんぐらい元気じゃん。」
「それはない。」
「なんでだ。」
華を抱き抱えている町田が「どこからその自信が出てきているのか分からない。」とすぐさま否定に入る。
睨みつける華の頭の上で右手の指を歩かせながらに言った。
「いつも芋虫みたいに這いながら学校行ってるじゃん。」
「してないよ!?」
誰がアスファルトの上をよちよち這い回るというのか。
してるのは精々二人にくっついて眠ったまま歩くことぐらいである。
憤慨する華を置いて思い出したかのようにゆーかが聞く。
「華が蛹になれるかはともかくとして、何でそんな元気なの?」
「だから芋虫じゃないって!」
二人にはこの超蝶ぷりちーな二本の足で立つ姿が見えていないだろうか。
「...ごほん。今週末は晴れです。」
口元に手を当てて態とらしく咳をすることで注目を集める。
神妙な面持ちでいるつもりの華だが、手から垣間見える口元がぐにゃりと上がってしまっている。
どうしても期待が隠せていなかった。
「ということはつーまーりー?」
ぐるりと二人の顔を交互に見合って叫ぶ。
「流星群が!見れるってことだよね!?」
この一ヶ月弱待ちに待っていた嬉しい知らせだ。
さしもの華といえどお天道様には敵わず生憎の雨模様が続いていたが、ついに、ようやく、ようやっと、週末と晴れの日が重なったのだ。
これも日頃の行いがいいからだろう。暇さえあればてるてる坊主を吊るした甲斐があった。
「おー。」
期待していた反応とは違い口を丸く開けて呆けた反応をする町田。
「おーじゃないよ!」
「いや華の勢いが凄すぎてギャップが。」
詰め寄る華を片手で制してゆーかの顔を伺うと、半分閉じかけた瞼をなんとか開いて朝からエンジン全開のこのトゥクトゥクをを見つめていた。
「ほら、華がうるさいからゆーかも怒ってるよ。」
ひょいともう片方の手で指さすと釣られて顔を向ける。
「おこっ......いや、眠いだけじゃない?」
確かに無表情で半目に見られるとそういう感じがしなくもないが、焦点が明らかに定まっていないのでただ眠たいだけだろう。
「そろそろ起きなよ。」
「無理。」
即答である。
まったくまったく、なんと手のかかる友人であることか。
「んもう!そろそろ行かないと遅刻するよ?」
「...まだそんな時間でもないでしょ。」
うんしょうんしょと背中を押されて真っ直ぐ歩き始めるもののその足取りは亀の如くゆっくりとしたものだった。
それもそのはず町田ほどではにないにしろ平均ほどの身長はあるゆーかでさえ華にとっては重量オーバーの大荷物なのだ。
「そんな時間になるの!」
もし遅刻でもして徳のメーターが下がったりしたらえらいことになると、いつもとは対照的に華がゆーかを押して歩いていた。
「まあまあ、間に合うって。」
押して押されてリアル人の字の二人の横を悠々と歩く町田があくび混じりに呑気にそう言う。
手で口を覆い隠しはふと気の抜けた声を出して、じとっとした目の華を見つめ返した。
「そんなことよりも華は準備できてんの?」
「準備?」
突然の質問に華は目を丸くして聞き返す。
準備と言われても何も心当たりがなかった。
「荷物ならいつでも行けるように纏めてるよ?」
そう、予定では晴れの週末に決行するつもりではあったが、華は万が一急に呼ばれても行けるようにリュックサックにはいつも荷物をパンパンに詰め込んでいた。
唯一準備するものといえばお泊まりのそれぐらいで後は特にないはずだ。
何かあってもゆーかが持ってきているので借りればいいのだと開き直っていると、まさかそんな考えを見透かしたわけではないだろうが町田はやれやれと首を振った。
「何を見に行くのか分かってるの?」
「当たり前でしょ!流星群!」
噛み付くように言い返す。
なによりも流星群をこの目で見ることをこの一ヶ月の楽しみとして生きてきた。
そりゃあもちろんお泊まり会も楽しみにしていたが、朝ごはんを食べる時もお風呂に入る時も、寝る時でさえ忘れなかったほどだ。
華の反応にきらりと目を輝かせた町田が指を真っ直ぐ立てて大袈裟に歩き出す。
「そう、つまりは流れ星だよ?」
「それがなにさ。」
焦らす町田をせっつかすようにほとんど被せた返事にもちっちっちと指を振って余裕たっぷりである。
「全くにぶちんだなあ。」
「こんにゃろう...」
人が下手に出ている...人が聞いているからといってここぞとばかりに偉ぶるなんて許せない。
この華が成敗してやろうと無い袖を捲っているといつのまにやら一人で歩いていたゆーかが振り返って言った。
「華、流れ星といえばなに?」
「え?うーん...」
ぐるぐると頭の上を天体が回っている。
流れ星といえば綺麗とか、隕石とか...あいやいや、もっとわかりやすいものがあった。
「願い事か!」
流れ星といえば、現れてから消えてしまうまでの短い間に三回願い事を唱えられればと叶うという話があった。
ビルが立ち並ぶような都会では無いが、それでも星を見るにはいささか明るすぎる場所故に流れ星を見ることもなくすっかり忘れてしまっていた。
「こんな機会ないからね。無限に流れ星が降ってくるんだから。絶対いけるよ。」
「そんな感じでお願いするのやだなあ...」
確かに回数の制限こそないかもしれないが数打ちゃ当たるの精神で流れ星に祈るのはロマンのかけらもない気がする。
「だいたい、流れ星に願いを唱えるのって流星群でも有効なのかな。」
「同じ星ならいけるでしょ。なんなら別の願い事もいけるかもよ。」
なんというかこう、もうちょっと幻想的なものだと思っていたのにいつのまにか願い事のバーゲーンセールのようになっていた。
「いやもっと大事に扱って?せっかくの流星群なんだから。」
華にとっては初めての景色なのだ、俗に塗れた見方をしたくはない。
そう思ってのことだったが町田には響かなかったらしい。
「ええ?大丈夫大丈夫。どうせ実際見たらそんなこと言ってらんないぐらい綺麗だって。」
「そういうことじゃないんだけど...」
いざ目の当たりにしたら余計なことなんて考えずに楽しめるだろうが、今イメージを損なったら見た時にも脳裏にちらつきそうで嫌だ。
「華も考えときなよ?」
「...てことはもう考えてるの?」
も、ということは自分はすでに考えているに違いない。
参考にするかはともかくとして何を祈るのかは気になったので聞くと、にやりと笑って答えた。
「お金持ちになれますように!」
「...本当に感動する気あるの?」




