三十二話 パティを作ろう
「三分クッキングの時間だっ!」
キッチンの前に立つ華がそう叫ぶ。
材料を机に広げて準備万端だ。
「三分じゃ終わんないなあ。」
逸る華をよそに道具を下の棚から引っ張り出す。
その隣ではゆーかも洗った野菜をボウルに上げ、暇を持て余しているのは華一人である。
「遊んでんなら手伝ってくれる?」
「はーい。」
首根っこを掴まれて渋々ゆーかを手伝い始める。
といっても華にできることなどほとんど残っていなかった。
「レタス千切ってて。」
「うぃっす。」
はい、と手渡されたボウルを受け取り、中のレタスをちょうどいいサイズにちぎっていく。
華でもできる簡単なお仕事だ。
「ゆーか、続きはやっとくから先にパティ作っときなよ。」
「あー、その方がいいか。ありがと。」
なぜかぬるっと分担が始まっていたがひき肉から成形しなければならない二人が、というより主にゆーかはそちらに時間を割いた方がいい。
「じゃ華、まずはお肉をボウルに出して。」
「りょ!」
ばたんとトレーからボウルの中に放り込む。
これが焼いたら美味しくなるというんだから不思議だ。
「そこに塩を入れます。」
「塩ね!」
二つ並んだポットの蓋を開けるとどちらも真っ白な粒が輝いている。
じーっと眺めて違いを見破ったのち、右側に置かれた粒の大きいものを手に取った。
「こっちでいいか。」
「それは砂糖ね?」
上からむんずと掴み取られてもう片方を手渡される。
「てへ。」
「てへじゃないが。」
渾身の誤魔化しも真顔で躱され、むしろ犠牲者になりかけた町田に睨まれる始末である。
確かに甘いハンバーガーとかかなりヤバげな匂いがする。
...いやでも蜂蜜とかかけたら美味しそうじゃない?
「塩の代わりに砂糖入れるのと蜂蜜かけるのは別の話だから。」
エスパーのゆーかに心を読まれたので大人しくポットを開ける。
「どんぐらい?」
華ではしょっぱくするかなんの味もしないかの二択にしかできないので、料理長のゆーかに指示を仰いだ。
聞かれたゆーかはなんの気兼ねもなく言ってくれる。
「小さじ一より少し少ないぐらい。」
「むむ。」
それは小さじ一じゃだめなのか。
塩胡椒少々とかいうラッパーもびっくりなお気持ち調味料が華は世界で一番苦手なのだ。
「少しってどれぐらい?」
「少しは少しでしょ。」
呆れたように見られても分からないものは分からない。
「どれぐらい少し?」
「適当でいいよそんなの。」
見かねた町田が助け舟を出してくれる。
そもそもが適当に感覚なのだから、実際にやる側も適当にやればいいのだ。
「じゃこんぐらいで。」
ぱらぱらとスプーンから塩の粒を落としていく。
なんとかして美味しくなってくれと願いながら。
「次はなにするの。」
また何か調味料でも加えるのかなと思っていると、ゆーかはニヤリと唇の端を上げて言った。
「それはもう、華の得意なこねこねよ。」
「うおい任せろい!」
無い袖を捲り上げて気合いを入れる。
そういう何も考えないでいいことだけは得意だ。
「はい手袋。」
「ありがと!」
きゅっきゅと肌に引っ付く手袋をなんとか合わせてお肉の中に手を突っ込ませる。
「冷たっ!」
冷蔵庫の中から取り出したばかりであることを差し引いても冷たい。
というか何故かボウルがぐわんと傾いたような。
「あ、二重になってるんだ。」
「手の温度であったまると良く無いからね。」
ボウルを持ち上げてみると二重になったボウルには氷水が張られていた。
「まあまあ、早業で一瞬でやっちゃうから見てて?」
ぐにぐにと水風船でも押しているかのようにひき肉をこねていく。
しばらくそうしているとバラバラだったお肉にまとまりができてくる。
「胡椒入れとくよ。」
「任せた!」
後ろから華の頭のテッペンに顎を乗せた町田が目の前でボトルを振るのでべとべとの手をボウルから離す。
華がこねた塊に胡椒がはらはらと落ちていく。
「これだけ?」
「まあうちにあんのこれだけだし。このために香辛料買うのも勿体無いでしょ?」
もっとこう、ガラムマサラとか入れちゃうのかと思ったら案外素朴な味付けである。
「はいはい。いいから混ぜてよ。」
そう言いながらうりうりと顎でつむじを抉る。
くそう、華の方が高かったら町田の頭を枕に立ったまま寝てやるというのに。
「わかったからどいてってば。」
まったくいつの間にこんなにお行儀の悪い子に育ったのかしら。
身長もいつの間にやらすごく高くなってたし。
「あ、もうそんぐらいでいいからね。」
遊んでいる二人を見てちらりとボウルの中を覗いたゆーかが言う。
「あんまこねすぎてもよくないから。」
「はーい。」
楽しかったこねこねタイムが終わってしまった。
やれやれ大変な仕事だったぜと手袋を外そうとする華の腕を掴んで両手を開かせるゆーか。
「なに勝手に終わろうとしてんの。」
「え?」
まだあったのかと驚く華に視線でボウルの中身の方を向かせる。
「こねたやつどうすると思ってんの?ほら成形して。」
「おー。」
そういえばそうだった。
手のひらに乗るぐらいをさっと持って、両手の間を交互に飛ばして空気を抜いていく。
「途中で崩れないようにね。」
「分かってるって!」
ぱしんぱしんと勢いよく飛ばしていると監督からの指示が飛んでくる。
しっかりと受け止められないとそのまま肉塊が向こうまで飛んでいってしまうので、手のひらの中心に飛ぶように気をつけて形を作らなければならない。
そして最後に中心部分だけをちょこっと凹ませて火が通りやすくしたら、
「完成!」
これで肉だねの準備は完了である。
あとは焼くだけでハンバーグの完成だ。
「まあそれをパンに挟んでようやく完成だけどね。」
「細かいことは気にしなーい。」
今回はハンバーガーを作っているので焼くだけで完成じゃないけど、あとはゆーかの仕事なのでなんとかして美味しく作っていただきたい。
「おー、上手じゃん。」
一人でこそこそと準備していた町田が、ラップの上に乗せたそれを見て感心したように褒める。
「でしょ?」
胸を張り満足げな華を面白がって見ていたが、視線の先にあるその肉ダネが一つしかないことに気がついた。
「ゆーかの分も華が作るの?」
突拍子もない質問に華は目を丸くする。
「へ?」
「いやだって、ゆーかもハンバーグパティにするんでしょ?」
一個のハンバーガーを二人で分けて食べるにしても、華とゆーかでパティは二ついる。
完全に華に作ってもらう気でいたゆーかは、今更気づいて驚きの表情を浮かべている華を見て遠慮がちに言う。
「あー、まあ華が疲れてるんなら変わってもいいけど。」
「だってよ?」
「しょうがないなあもう。」
華に作ってほしいだなんて困ったちゃんである。
しかしゆーかの分は、ということは町田の分まで作る必要はないということだ。
「そういう町田はどうするの?ハンバーグ?」
「いやいや、なんのためにわざわざ一人でお肉選んだと思ってるのさ。」
そう言って冷蔵庫からトレーを取り出す。
もったいぶって見せたそれは大きなトレーにたった二枚のお肉。
「じゃじゃーん!ステーキ!」
「うおおおお!!!」
町田がひらひらとトレーを振ると、それに釣られて華の顔も動く。
「ステーキ挟むの!?」
「そう。こんなの絶対美味しいでしょ。」
華が予想通りのリアクションを見せたことで鼻高々にしている。
「それはどうかなあ。」
「食べてみればわかるよ。ゆーかの考えが間違いだったってことがね!」




