三十話 スーパーマーケット
「うおお涼しい!」
自動ドアが出迎えてくれると中からひんやりとした冷気が体にぶつかった。
一瞬にして太陽にぽかぽか温められた体が凍りつく。
「こんだけ冷房使ってたら地球ごと冷やせるでしょ。」
「いや冷やして欲しいよ本当に。」
外と屋内のあまりの寒暖差に嘆く町田に同意する。
地球に完全暖冷房システムを導入してくれれば全てが解決する。
「地球の天井に太陽光パネル貼ろう。」
「そうしよう。」
熱にやられてまともに考えられなくなったゆーかも適当に相槌を打つ。
「その時はこの街やるようにお願いしよ。華が頼んだら行けるよ。」
「めっちゃお願いするから任せて。」
そう華に言う町田はカートを引っ張ると手渡してきた。
からからとカートを押して先頭に立ち、二重になった入り口をくぐる。
「このカート押すの楽しくて好き。」
「分かるよ。滑り方良いもんね。」
日常で転がすものといえばギリギリキャリーケースが当たるぐらいだが、建物の中ならともかく地面の上ではガタガタガタガタ不快な事この上ない。
スーパーのカートというのは簡単に味わえるスケート気分だ。
「何から買う?」
入り口で呆然と沢山ものの置かれた店内を眺めながら華が聞く。
後ろの二人を振り向くとそこには自分もカートを持った町田がいた。
「そもそも一緒に買うの?」
「え買わないの?」
なんて集団行動のできないやつなんだ。
華は一人にされても何を買えばいいのかわからなくてうろうろするしかない。
いや、一人にした報いを受けさせるためにあえて華スペシャルを喰らわせてやると言う方法もある。
ゆーかはどうかなと顔を見ると、興味なさげに自分もカゴを取る。
「どっちでも良いけど華はアドバイザーが欲しいでしょ?」
そう言って華のカートにかごを乗せる。
それは一緒に回るという意思表示だった。
「ゆーか!!!!」
カートなんてほっぽってゆーかに抱きつく。
やはり救世主はゆーかなのだ。
「はいはい暑いから離れて。」
コアラを木に戻すかのようにカートに近づけてなすりつける。
「まあとりあえずはパンから買おうか。」
パンは流石に出来合いのものを買うので考える必要があまりない。
これでパンから作ろうとか言われていたら早々に諦めて食べる専門になるところだった。
「そういう事なら先にお肉買ってくる!」
そう言うと町田はカートを押して駆け出して行く。
いや、店内なので早足で駆け出していく。
「行っちゃったよ。」
「自信があるってことなんでしょ。」
その背中を見送って、二人でゆっくり歩き始める。
何をするつもりか知らないが、秘密にしたいことがあるんだろう。
そうでもなければわざわざ一人で行動する理由もない。
そういうことなら、その自信作を楽しみにさせてもらおう。
なにせ今野華にそんなことを気にしている余裕は存在しなかった。
目の前にあるパンコーナーには無数のパン達がずらりと並んでいる。
「パンって普通の食パン?...普通の食パンって何。」
惣菜パンに種類があるのはまだわかる。
食パンにもこんなに種類があるのは初心者を惑わせるための策なのか。
「どれでもいいよ別に。まあ五枚切りと六枚切りで厚みが違うぐらいで、あとは別に気付かないよ。」
そう言うと棚から一番安い六枚切りの食パンを選ぶ。
ハンバーガーを作りにきたからと言って、学校によってアルバイトを禁止されている三人にお金の余裕があるわけではなかった。
値段を抑えられるところは抑えていかなくてはならない。
「あ、このハンバーガー使うのはどう?」
華が指差したのは既に完成しているハンバーガーだった。
「ここからパン剥ぎ取ったら使えるよ?」
「で、その中身はそのまま食べるわけ?」
食パンよりもハンバーガーに向いているパンがあると喜んだのも束の間、冷静に尋ね返されて消沈する。
伸ばしかけた手をおずおずと引っ込めた。
「中身は食パンに挟んで食べよう。」
「意味わかんないこと言ってないで次行くよ。」
先を歩くゆーかに続いて野菜売り場に着くとさっそく目利きが始まる。
真っ赤なトマトと緑のトマトぐらいは見分けもつくが、それ以外はみんな同じにしか見えない。
しかし真剣な表情でトマトを見つめるゆーかには美味しいトマトとそうでないトマトの違いがわかるのだ。
「何が違うの?」
「知らない。」
「ええ...」
平然とそう返すと、二個入りのパックを適当に取る。
どちらも真っ赤に熟していた。
「二個でいいの?」
「ハンバーガーなんだから丸ごと挟むわけじゃないでしょ。」
カートの中に入れながらも次から次に華が挟む質問を捌いていく。
「次何買うの?」
「レタス。まあアレンジしたいなら別の入れてもいいけど。」
「いやいや、アレンジなんて無理だよ絶対。」
華にはレタスとキャベツの違いすら怪しいのに、アレンジなんてとんでもない。
トマト同様ゆーかによる審査を受けたレタスはどれも同じに見える。
それも、赤と緑の色の違いすら存在しないので本当に何が違うのかわからない。
「何が違うの?」
「知らない。」
トマトとレタスをカゴに入れたゆーかはそのまま別の棚へと移動する。
ゴロゴロと転がるタイヤがタイルの隙間でガタンと跳ねるのを楽しみながらついていく。
「今度は何?」
「華の好きなやつ。」
そう言ってゆーかが選び始めたのはじゃがいもだった。
「おお、ポテト!」
ハンバーガーといえばの唯一無二の相棒だ。
いや、コーラも相棒だから唯一無二のパーティーというのが正しいかもしれない。
しかしそう、ハンバーガーにはポテトが必要だということだけは変わらない。
「ゆーかポテト作れるの!?」
「そんなすごいのを期待されても困るけど普通でいいなら。」
これは俄然やる気が出てきた。
まあ華がどれだけやる気を出しても華のバーガーを食べるのは二人なんだけど。
こうなったら最高の一皿というのを作りたい。
「えー、フィッシュバーガーにしちゃおっかなあ!」
うきうきでそう問いかけたゆーかの目が見開いて、信じられないものを見るかのような目で見つめられている。
「いやいやいやいや無理だから。」
「なんでさ。」
やってることは何かを作ってパンに挟むという点で同じである。
ただ華はどうやってフライドフィッシュを作るかということが頭から抜け落ちていた。
「まあできなくはないよ?けどめんどくさいよ普通に。作れるの?」
「作れません!」
ぴしっと敬礼して答える。
そんなものが作れたらこうしてゆーかの後ろから質問攻めにはしていない。
「レンチンのハンバーグとかでいいと思うよ。」
「そうしよう。」
華は素直にアドバイスを聞ける子であった。
手作りじゃなくたってハンバーグはおいしい。
だからハンバーガーにしてもおいしいはずである。
「とりあえずこれでいいとして、後はチーズぐらいかな。」
「うおおチーズ!」
シェフの言葉に観衆が湧く。
ハンバーガーにチーズなんて挟んでしまったら美味しいに決まっている。
「華も入れる?」
「入れるでしょ!」
何を当たり前のことをとノリノリで返事する。
あればあるだけ入れてしまおう。
「...ちなみに入れすぎたらチーズでベトベトになって何が何やらわからなくなると思うよ。」
「ほどほどにします。」
チーズに包まれてダルマのようになったハンバーガーを想像するとなかなか食べにくそうである。
というかまずチーズの味しかしないと思う。
「ソースとか油は流石に借りさせてもらうとして...お肉選びに行こう。」




