二十九話 朝ごはん
夜は長く、なんだかんだと喋り倒した三人が起きたのは太陽が既に天高く昇った後。
出かけた町田の家族達に変わってリビングでくつろいでいた。
「なにしよっか。」
ソファに座ってテレビを見ていた華が右上に出ていた時計を見て、お腹の具合に気づく。
そういえばまだ何も食べていないのだった。
「なんか食べにいく?」
そう言いつつも町田は外に出る気もなく華の隣で丸まっている。
「ここから食べにいくって何が近いの。」
「マックとかじゃない?」
贅沢な返答に華が湧く。
朝からマックなんて休日でもなければ食べられない究極の贅沢だ。
「いいじゃんマック!行こうよ!」
「えー。」
「行こうって!」
ぐわんぐわんと体を揺らして強請っている。
「でも遠いよ?」
「どれぐらい?」
「歩いて三十分。」
途端に手を止めてどしんとソファに座り直す。
朝から三十分も歩いてまでは食べに行きたくない。
しかも着いたらもう昼になってるし。
「んふ、正直すぎるでしょ。」
「三十分は無理だよ。」
期待させるだけさせておいてこんなのひどいとぷりぷり怒っている。
しかしそれはそれとしてご飯は食べにいかなければいけない。
「じゃあもうマック作ればいいじゃん。」
横で話を聞いていたゆーかが言う。
「材料使っちゃっていいのかな。」
「それはまあ、買いに行けば。」
「買いに行くんじゃん!」
流石に勝手に冷蔵庫の中身を使うのは憚られるし、ハンバーガーを作るための材料があるとも限らないので買い物に行くことは必要だ。
だが往復一時間歩きたくないから行かないと言う話なのに買い物に行ったら本末転倒である。
「いつもどこで買い物してんの?」
「下のスーパー。でも歩いて十五分だよ。」
それを聞いたゆーかの目がきらりと光る。
いや、確かに半分にはなっているけども。
「えー。」
「自分で作ったら味も量も自分次第だよ?」
「それはそうだけどさあ。」
あんなにマックに行きたがっていた人とは思えないほどの変わり身だ。
大体町田ですら乗り気に着替えに行ったというのに、言い出しっぺの華に突然はしごを外されても困る。
「何をそんなに渋ってんの?」
「だって自分で作っても美味しくできないじゃん。」
それは料理下手の悲痛な叫びだった。
日頃から料理をするゆーかに大体何でもできる町田の二人は心配していないかもしれないが華はどうやったら美味しいパティが作れるかなんて知らない。
ポテトだって、マックの味は出せないだろう。
「いや別に私たちもマックの再現は無理だから。普通にパンにハンバーグ挟むだけだから。」
「あそう。」
出来ないくせに志高すぎである。
「まあ別にうまくいかなくても手伝うし。いけるよ多分。」
「多分なんだ。」
華のハンバーガーがどうなるのかはゆーかと町田の手腕にかかっている。
頑張れゆーか、頑張れ町田。
「準備できた?」
着替えた町田が戻ってくる。
全てを任せる気である華の思惑を知らずに出かけようとしていた。
「できてるよ。むしろ町田の着替え待ちだったからね。」
「ごめんごめん。」
実家だからか一人完全に気が緩んで寝巻きのままで過ごしていたのだ。
三人しかいないのでうるさく言う人もいないが流石に外には着替えて行ってくれるようでよかった。
「じゃあれっつらごー。」
じゃらじゃらと指で鍵を回しながら二人を先導する。
がらがらとドアを開けると当然のように熱風が三人を出迎えてくれた。
「...何で閉じた。」
「いやちょっと思ったより暑かったわ。」
ドアを背にして立ち塞がる町田をどけてゆーかが無理やりドアを開く。
「うえーあっつい。」
続いて外に出た華も既に家の中の涼しさが恋しい。
「だから言ったじゃん。」
「いやだからって家にいても食べるものないから。」
何やら町田が言っているが暑かろうと外に出るしかないのだ。
いや、華は日傘の強さを信じている。
君ならきっと涼しいままにスーパーまでの道のりを往復できるはずだ。
「でも下り道だよ!」
下りなら絶望感は少ない。
「帰りは上りだけどね。」
そうだった。戻ってくるんだった。
途端に降りたくなくなってきた。
「ダメだよ華。考えるんじゃない、感じろ。」
「わけわかんないこと言わないで。」
毎日この坂を上り下りしている町田にしてみればこの程度なんてことはない。
八月の酷暑や梅雨の大雨の中でないだけマシな方である。
とにかくつらいという雑念を脳から排し歩き続ければいつかは辿り着く。
「って言っても歩いてるのに歩いてること意識しないんなんて無理だよ!」
「別のこと考えなよ。ほら、何バーガー作んの?」
ほらほらと華をつつくとゆーかの横へと逃げてしまう。
「ゆーかは何バーガーにすんの。」
「どうしよっかな。まあ普通にケチャップとソースにしようかなと思ってるけど。」
家庭で作るには一番オーソドックスな味付けで失敗する方が難しいだろう。
トッピングも適当に拵えたら満足いくものができるはずだ。
なにせ材料さえあれば二つも三つも食べることだったできるんだから。
お小遣いでは難しい禁断のトリプルバーガーができてしまう。
「そういう町田は?」
「いやー、どうしよ。被んない方が面白いよね。」
町田も同じ味付けを考えていたがどうせなら三人で...いや料理が苦手な華は置いてせめて二人は違う味にした方が楽しめそうだ。
しかし味付けで差を出すとなると和風かオーロラソースか、せっかくならパティで違いをつけるのもいいか。
「あ、そうしよ。チキン買って挟んじゃおうかな。」
「おーいいじゃん。」
そもそもチキンなんてそれだけで食べても美味しいと言うのにソースをかけてパンと挟むなんて美味しくないわけがない。
しかし町田は忘れていた。
ここに料理ができない子がいることを。
「町田...」
「あっ。」
出来合いのチキンを挟んで野菜を切る。
流石の華でもできただろうことを目の前で掻っ攫われて憎しみに囚われている。
ゆーかの影から立っているオーラは近づいても涼しくはなってくれないので町田に相手にされることはなかった。
「まあ、思いつかなかった方が悪いよ。」
「無理だよ!せめてなんかヒントがないとさあ。」
急に自分で作ろうなんて言われても全然メニューが浮かんでこない。
「もう普通にチーズバーガーにする。」
それならハンバーグにチーズを乗せるだけでいいからだ。
とはいえ同じ普通のバーガーでもゆーかと違って消去法での選択だからか納得感が薄い。
「しょうがないなあ。」
さっきまでは元気いっぱいに歩いていたはずなのにもうしょぼくれている華。
せっかくの休日なのにそんな姿を見るのは勿体無いのである方法を思いついた。
「人の作ってあげることにしようよ。そしたら頑張れるでしょ?」
「ふーん?」
興味なさげに鼻で返事を返すがその目はきらりと生気が戻る。
「人に食べさせるわけだからね。手抜いて作っちゃダメだよ。」
自分で作ったものを食べるだけなら、特に料理が好きなわけでもない花にとっては面白くないかもしれない。
しかし人に食べさせるとなればせっかくなら美味しいやつを作って褒められたいと思うのは普通のことだ。
「あとまずいの作っちゃダメだからね。」
万が一にも全部載せ照り焼きアボカドチキンフィッシュバーガーみたいな化け物を作られても困る。
もう何が主役なのかもわからない。
「作らないよそんなの!」
「え全然覚えてるからね?」
ごごごと町田から昂るオーラは華のそれとは比にならなかった。
「あれはー、まあ、飲み物だから。」
どうせならチーズ全部載せバーガーにしてやろうと思っていたのでギリギリで踏みとどまることができてよかった。
食べなかった二人にとっても、食べさせずに済んだ華にとっても。




