第二十三話 すぐ乾くドライヤー
「はうー、さっぱり。」
わしゃわしゃと髪を髪を拭きながら部屋の中に入ってくる華。先ほどまでのびしょびしょの服はひとまず乾かした後に洗濯機に入れ、今は寝巻きに着替えている。
「おかえり。」
一人傘を差さずに全身を濡らしまくった町田は一番にお風呂に入り、今は残りの二人を待っていた。
「ドライヤーってあれしかないの?」
「いやあるよ。」
髪の長いゆーかは時間がかかるので早々に譲ってきたのだが、別に華の髪が乾いているわけではない。まあ普通交代交代で使うから一本しかないかもなと思いつつも一応町田の部屋まで上がってきたのだ。
「どこどこ。」
「えー下。」
せっかく上がってきたのに下にあったらしい。よっこらせと立つ町田に続いて階段を下っていく。
「気をつけてね。この階段マジで危ないから。」
「うん。それはねずっと思ってた。」
急勾配な上に一段一段の幅が狭い。なんでこんなことになったのか町田の両親に問い詰めたいところだが、まあそんなことはできないので慎重に一歩づつ下っていく。幸いなのは手すりが縦についているのでしっかり握れるところで、あの滑り台みたいな手すりだともし踏み外したらそのまま掴めず落っこちるだろう。
「ゆーか、入るよー。」
「うん。」
中からごーっとドライヤーの音がする中を一応確認してから開けると、まだ髪を乾かすゆーかがいた。
「ちょっとどいて。」
鏡の前に立つゆーかをちょいちょいとどけると、洗面台の下を漁り始める。その間ゆーかは横に立ったままドライヤーで髪を乾かしている。町田を待つ時間、ドライヤーの音だけが響いてなんともシュールだった。
「はいこれ。」
そう言って手渡されたのは見た目には新しいドライヤー。
「え、普通に使えるじゃん。」
「うん。けどくじ引きで当たって良いやつ貰ってきたからもう使ってないんだよね。」
華が普段使っているやつと値段的にも性能的にも大差ないはずだ。まあ確かに、ゆーかが上がるまでの少しの間しか使えなかったがあのドライヤーはめっちゃ高そうだったが、これでも十分使える。
「ありがとう。」
「使ったら適当に置いといて良いよ。あとで直すから。」
「わかった。」
ばたんと扉を閉じて町田が出ていく。そんなに広いわけではない脱衣所に三人もいると流石に手狭だったのでさっさと退散したんだろう。さて、とドライヤーのコンセントを刺そうとして気づく。
「えこれブレイカー落ちないかな。」
「あ。」
普通ドライヤーを二本一気に使うことなんてあんまりない。全然詳しくないが、なんかやばそうな気がする。ドライヤーって熱風を出してくれるわけで、どんだけ電気使ってるんだ。
「町田に聞くしかないんじゃない?」
一か八かで使ってみても良いが、もし落ちたらどこに配線盤なんてあるなんて知らないので結局町田に頼ることになる。その上まだ起きているであろう町田の家族にも迷惑をかけることになるわけで、だったら最初から聞いた方が早い。
がしかし、華はさっき一回あの階段を登って下ったのだ。たかがドライヤーがどこにあるかを知るためだけに。
「ゆーかが聞いてきてよ。」
「えー。」
えーと言いながらドライヤーを当て続けている。
「いやだってさっき登ったしさあ...譲ってあげたじゃん。」
「まあじゃあ使ってていいよ。聞いてくるから。」
「いえい。あざーす。」
ぶおーと雄叫びを上げるドライヤーを華に手渡し、普通のやつを手に取って部屋を出ていく。
さっきまでは二人いて狭いなあとか思っていたがいざ一人になるとそれはそれでなんかこう怖い。冷静になって思い出した。そういえばここ山の中なんだった。
「お、おお、なんか寒くなってきた。」
これは湯冷めか?お風呂上がりに髪を乾かさずうろちょろしていた罰が当たったというのか。いや、親切心で譲ったのだからそんな罰なんて当たるはずがない。うん。
この部屋を風の音だけで満たしてくれるドライヤーくんも、いつもならうるさいなとしか思わないが今だけは余計な音が聞こえてこないのでありがたい。
「このドライヤーすぐ乾くじゃん。なにが違うんだ。」
髪をふぁさっと揺らして確かめても、どこももう濡れていない。華の家のだとこの二倍ぐらい時間がかかるというのに。それでも湯冷めとお化けの両方とも怖いのでまだドライヤーはつけている。
「ゆーかまだかな。」
ちょっと前に出て行ったはずなのにまだ帰ってこない。華がかかった時間を考えると、流石にもう帰ってきていてもおかしくないというか、帰ってきてない方がおかしい。これは長話をしているやつだろうか。
「なんでこのタイミングで...」
そんなの三人でいくらでもできるじゃん。今は帰ってくる方が先じゃん。
こうして誰もいない中を過ごしていると、ふとある疑惑が浮かんでくる。もしかして、人類絶滅した?もしかして今人類絶滅してる?だからゆーか戻ってこないの?
こうなってくるとドライヤーの音がうるさすぎる。こいつのせいで何の音も拾えなくて、人類が絶滅してるかどうかわからない。...まあもし何も音がしなかったら怖いから消せないんだけど。
「華何してんの。」
「わあ!?あ痛った!」
体が跳ねてがちゃん!とドライヤーを頭にぶつける。
「わあびっくりした。なんでそんな驚いてんの。」
ドアを半分開いて声をかけたゆーかの姿が鏡にも映っている。華の驚きっぷりに目を丸くしているが、どう考えてもこっちの方がびっくりさせられた。
「いや急に開けるから!」
「声かけたけど返事ないから入っただけだよ。」
あ。右手に持つドライヤーに視線を落とす。もうスイッチは切ったが、こいつのせいでゆーかの声が聞こえなかったと言うのか。いやでもゆーかは町田の声聞こえてたような。
「風強かったんじゃないの?」
弱中強と風の強度が切り替えられるが、もちろん外の音が聞きたくなかった華は強を使っていた。
「...まあ悪いのはこいつだね。」
「なんでも良いけど早く上がってきなよ。」
華渾身の他責を軽く受け流しながらそう勧める。華が髪を乾かし始めてからずいぶん時間が経っていた。だいぶん前に乾かし終わってはいたので、なおさら気まずい。
「ごめんごめん。使えなかったの?」
別々の場所でも一度に使えなかったのだろうかと思って聞くと、きょとんとした顔で返される。
「いや普通に使えたけど。」
「え?」
今度はこちらがきょとんとする番である。ゆーかの髪を見ると確かにもう乾いている。
「あごめん町田の部屋で使ってた。」
...まあ戻ってくるとは一言も言ってなかったけども。
「でも戻ってきたら狭いでしょ?」
「そりゃそうだけどさあ。えめっちゃ待ってたよ。」
「ごめんごめん。」
華のあのびくびくしていた時間を返して欲しい。というかそのせいでドライヤー頭にぶつけたのだから明確に被害も出ている。
「華が最初譲ってくれたから、それ華にあげようと思って。で上であっち使ってたんだよ。」
「あー...まあじゃあやっぱ悪いのはこいつということで。」
なんだこの誰も悪くない事故は。やはりこのドライヤーをスケープゴートにするしかない。二人でかごの中に戻し、下にあった方もそこに置いてぱちんと電気を消し、真っ暗になった洗面所から出る。
「こんなことならもっと早くお風呂出ればよかった。」
「そしたら今度は町田と被ってたよ。」
町田は一人でさっさと上がって行ったが、もしかしたら脱衣所が混むと分かっていたのかもしれない。一番早く入る上に髪を洗うのも早いのでそりゃ一番早く上がることにもなるだろう。
「今度からは町田よりも先に出るか...」
「無理でしょ。」




