二十二話 久しぶりに雨で遊ぶ
雨が傘で弾けてしっとりと重たくなる。自分の身長の半分以上もある傘を握って軒先に立っていた。
「...意気込んで出てきたはいいものの、いざ歩くとなると躊躇するなあ。」
足元はぴちゃぴちゃと雨粒が跳ねている。
「なにいってんの。どうせお風呂入るんだから気にしないでいいじゃん。」
「そういう問題じゃないと思うけど。」
一人雨の下で傘こそ差しているもののくるくると回って遊んでいる町田に、華と同じように軒下で雨を避けているゆーかが言う。確かにまだお風呂には入っていないが、濡れても問題ないと濡れるのがヤダは両立する。
「えー、ほらみてよこの草。雨が乗ってて綺麗だよ?」
生垣の葉っぱには大粒の雨が乗り、上から更に降ってくる雨が入れ替わるようにして葉を揺らす。
「いやそこまで行きたくないんだけど。」
「強情だなー。」
三人とも長靴を履いているとはいえそこらじゅうにある水たまりを進んで踏んで行きたいとは思えない。しかも家の外壁も濡れているのでもたれかかることもできないのだ。これは大問題だ。
「ほら!」
ばちゃんと水たまりの中に町田が飛び込むとその勢いで水が飛び散る。
「ほらほら。」
その場で足踏みをすると水がばしゃばしゃと跳ねている。
...ちょっと楽しそう。確かにわざわざ水たまりの中に入ることなんてない。長靴を履いて、この三人しかいない空間だからできることではある。
「ほら華、こっちおいでよ。」
狙い澄ましたかのように町田も誘ってくる。
「んもーしょうがないなあ!」
まったくまったくと雨の中を歩く。後ろからゆーかのじとっとした視線を受けている気がするが、多分雨で空気が湿気ているだけだ。
「やっ!」
ばちゃん。水の中に足を突っ込むと、ふわりと一瞬水が足を押し返した後するっと入っていく。
「おー、おもしろ。」
「でしょ?」
これは普通の地面を歩いていては得られない感覚だ。強いて言うなら川や海の浅瀬なんかでも味わえるが、それでも一番背徳感があるのは水たまりだと思う。
「ゆーか。」
「...まあ、家の周りならいいって言っちゃったし。」
二人の視線を受けて渋々ゆーかもこちらに歩いてくる。すでに二人が入っている水たまりとは別の、そこまで大きくないものの中に右足を落とす。そのまま足を右に左に動かして、水の抵抗を楽しんでいる。
「手軽に水遊びができるって点ではいいかもね。」
冷静に言う割には右足が止まっていない。水たまりに足を入れるなんていつぶりだろうか。いやスニーカーでならあるが、あれは不快になるだけなのでノーカンだ。
「雨の日に散歩すると景色が違って見えるから面白いよ。」
「見えないけどね。」
嬉しそうに町田が言うが、外は真っ暗で家の明かりを越えたらなんにも見えない。流星群を見る分には最高の環境かもしれないが、普通に生きる分には真っ暗すぎて使いにくい。
「ライトでも持ってくればよかったね。」
今からでも取りに行こうかなと町田が呟くが、別に外が見たいわけではない。
「いやいらないよ。」
単にここで水遊びができればそれでいいのだ。相変わらず足は水たまりに入ったままだが、全く水は入り込んできていない。傘を差していても風によって横薙ぎになった雨が体を濡らしてくるというのに。
「長靴ってめっちゃすごい発明じゃない?」
今自分の履いているこれがすごいものに見えてきた。
「合羽も普通に濡れるもんね。濡れるってか蒸れる。」
「わかる!」
合羽は自転車の相棒だが、そこだけ気に入らない。合羽を着なければ間違いなく濡れるが、着ると不快になるのだ。
「けど見方を変えればほら、体が濡れるのも楽しいかもよ。」
足元を見た町田がそう言う。
「いや、足は濡れてないんだけど。」
「確かに。」
けど濡れても楽しいことはあるかもしれない。少なくともプールや海は楽しいし。結局着ている服が濡れたままでいなきゃいけないことがいやなんだろう。
「え、夏休みになったら水鉄砲しようよ!」
ぴこんと頭の中に浮かんだアイデアは三人でやったら絶対に楽しい。間違いない。普通に水鉄砲を打たれたら最悪だが、濡れると分かっていて、ましてや自分も撃つことができたら楽しいはずだ。
「ガチ水鉄砲?」
「そう!」
今はまだ早すぎるが、八月になったら暑すぎて水を浴びても尚溶けてしまう可能性すらある。
「いいじゃん、めっちゃ強いの用意しとくね。」
「いやずる!」
平然とずるいことをしようとしている町田だが、そう言ってくるということは乗り気なわけだ。ゆーかはどうかなと思って顔を向けると、軒下の蛇口をじっと見ている。
「ホースはなしだよ?」
「あ、ばれた?」
油断も隙もないやつらめ。けどこれで夏休みの楽しみが一つできた。
「じゃあ水風船使っちゃお!」
「なっつ。昔お風呂場でやってた。」
蛇口に直接口をつけてぷくっと膨らませた風船を、思いっきり湯船にぶつけると破裂する。言ってしまえばただそれだけのことではあるが、ばしゃんと水が広がるのが楽しいのだ。
「水風船でやる?」
「いや今人にぶつけたら痛いんじゃない。」
小さな子供の頃はぶつけてもそんなに痛くなかったかもしれないが、今人にぶつけたら普通に人に水の塊が当たるわけで、間違いなく痛い。
「じゃあこれは?」
そう言うやいなや傘を閉じると先端をこちらに向けてくる。
「待った待った待った!」
「えい!」
嫌な予感がしたのは一瞬。町田がばっと傘を開くとついた飛沫が飛び回る。その方向は当然先端を向けられていた華で、距離があったためにそこまでではあったがもう少し近ければびしょびしょになっていた。
「...人にかける量より自分がかかってる量の方が多くない?」
じりじりと間合いを見計らっている二人だが、それを横から見ていたゆーかがそう言うと普通に傘を差す。意地になっていたが、どう考えても傘を閉じている間に降ってくる雨の方が多い。
「町田とかもうめっちゃ濡れてるけど。」
「うん、普通に終わった。」
逃げに徹していた華はともかく、攻撃側の町田はこの雨の中ただ突っ立っていただけなので髪の毛からなにから完全に水没していた。
「けど逆にだからね。逆にもう何も怖くないから。」
傘は差したままにダッシュで華の元へ走っていく。
「ちょなにこわいって!」
「へへーん。待てーい!」
同じ傘を差しているという条件はあれど、既に濡れていて雨なんてどうでもいい町田とまだ濡れたくない華では条件が違いすぎる。
「助けてゆーか!」
ゆーかのもとへ駆け込み、傘を横に持って防御に使う。上からはゆーかの傘が防いでくれるのでこれが最強の布陣だ。
「いやつよ。」
これにはなすすべなく立ち尽くすしかない。
「でも私が背中とってるから裏切られたら詰むよ?」
「え!?」
安全圏だと思っていたところからのまさかの裏切りである。とはいえ言うだけで別に行動に移したりはしないのだが。
「これでも完璧ではないというのかね...」
「まだまだ先は長いってことだよ。」
しみじみと本番に向けた反省会をしながらもしれっと軒下に向かって避難している。
「ふう。疲れた。」
「散歩するだけのはずだったのになんでか全身濡れてるし。」
静かな夜雨の散歩のはずがいつのまにかびしょぬれバトルに変わっていた。おかしい。そして軒下に入り傘を閉じると、体にびっちりと張り付いた服の感覚が嫌でも気になってくる。
「...お風呂入らなきゃだね。」
「...うん。」




