二十一話 腰より高い傘
「っだあー、雨だ!」
窓から外を除いた華が仰け反って叫ぶ。
三人で町田の家に泊まったはいいものの天気予報は雨。それでも奇跡を祈ってはいたが、無情にもざあっと雨は降って来た。
「ま八十パーはね。降るよそりゃ。」
ごろんと寝転がった町田が華の反応を見て言う。
「えー。」
窓を閉めて、町田の横に大の字で倒れ込む。何も置いていない代わりに、広さだけはあった。
「一応夜になったら止むかもしれないけど。」
「どうかなー。」
テレビを見て暇を潰していたゆーかは天気予報を伝えてくれるが、ここまでの大降りだと止まない気がする。テレビの電源をぴっと消すとこの部屋唯一の椅子にどかんと座る。
「はあ。何もないねこの部屋。」
家具自体は置いてあるものの、暇を潰せるようなものはほとんど置かれていない。
「なんでうちにパズル置いて帰るのさ。」
「だって邪魔なんだもん。」
荷物を置かれすぎて部屋中ものだらけの華の部屋と比べると殺風景だ。自分で持って帰ればいいのにと華が言うが、物があると集中できないのでそれはそれで嫌らしい。
「もんって...別にリビングとかに置いとけばいいじゃん。」
「じゃあ華の部屋においても一緒じゃん。」
「一緒かなあ?」
華に背を向けた状態で横になっている町田とその隣で天井を見上げている華の姿はまるで事件でもあったかのようで、我関せずで手持ち無沙汰にぱらぱらと教科書を開くゆーかは差し詰め犯人といったところか。
「でもこういうときに困るじゃん。」
町田の部屋に何もなくたって華の知ったことじゃないが、いざ泊まりに来ると非常に困る。
「なんで持ってこないの。いっぱいあるでしょ。」
「荷物重くなるでしょ!」
相変わらず向き合いもせずになにやら言い合いをしている。
町田の家に来るのに自転車を使ったとて華とゆーかでは坂道は押して行くしかない。えっちらおっちら登るのも大変なのに荷物を増やしたくないのだ。
「んもー、しょうがないなあ。」
のそのそと体を起こして立ち上がると部屋を出ていく。
「...しょうがないなあ、何だろう。」
大の字のまま首だけをゆーかに向けて華が尋ねる。頭に手を乗せながらゆーかも少し考えて答えた。
「トランプとか?大穴でボール。」
「ボール持って来たら怖いよ。」
こんな小さな...小さくはないけど普通の部屋でボールで遊んだら一瞬で壁に穴が開く。華の部屋でやったらゲンコツで済むかは怪しいところだ。
「トランプねー。七並べでもやる?」
「暇すぎない?」
三人で床にトランプを並べているところを想像すると笑えてくる。少しわくわくしながら聞いた華だが、ゆーかは明らかに乗り気ではない表情をしている。
「華がマジックしてよ。」
「無理だよ?」
トランプどころか何のマジックもできない。だが逆に、この暇な時間でマジックを鍛えるというのもありだ。俄然やる気が出て来た。
「いや、やる?」
「やらない。」
モチベーションには大きな乖離がある。
頭の中でイメトレをこなしながら町田が帰ってくるのを待っていると、コンコンと窓に何かがぶつかる音がする。
「....」
ぴたりと動きを止めた二人は顔を見合わせる。
「...ゆーか出てよ。あまった痛い痛いわかった。」
自分一人逃げようとごろんとうつ伏せになった華を力ずくで持ち上げる。起き上がった華と二人で窓に近づき、一思いにカーテンを開けた。
「もう!早く開けてよ!」
下を見ると、傘を持った町田が立っていた。ぴしゃりとカーテンを閉める。
「ちょっとなんで閉めるの。」
窓ガラス越しにくぐもった声が聞こえてくる。ざーざーどかどかと雨音と共に外から語りかけられている気もするが、わざわざ夜雨の中傘を差して外に出ている人なんて知らない。
「町田!なにやってんの!」
慌てて華が窓を開けて、部屋の明かりだけがうっすらと照らす暗闇の中にいる町田に声をかける。
「どうせ部屋の中いても暇でしょ?散歩しようよ。」
「いやじゃあなんで一回外出たの?」
さも当然と勧めてくるが、部屋で言ってくれればみんなで外にでるのにと呆れる。カーテンの裾が捲られゆーかも窓枠の中に顔をだした。
「だってゆーかとか絶対めんどくさいって言うじゃん。」
「めんどくさいよ。」
「ほら。」
にこにこと傘を差して華に語りかける。ゆーかを説得することは無理なので、華を巻き込んで少数派にしてしまうのが一番早い。
「夜の散歩も面白いよ?」
「おー、まあ面白そうではあるけど。」
ちょっとだけ心が傾いてきた。夜に外を出歩くなんて経験ほとんどない。住宅街を歩くよりかは悪い人に出会う危険性は少なそうだし。その代わり山っていうとんでもない爆弾があるけど。
「大丈夫そんなやばいとこは行かないから。二人が来た道をちょっと行って戻るだけだよ。」
「んー。」
まあそういうことならと思わなくもないが横目に見るゆーかは半目で口を尖らせている。
「なんでわざわざ登って来た道下るん。もう一回登れって?」
「まあまあまあまあ。いい運動じゃん。」
自転車を押して登るのと雨の中を登るのとではまた違った苦労があるだろう。まさか友達の家に泊まって苦労の収集をすることになろうとは思わなんだ。
「どうする?」
「...はあ。一旦外出るだけね。家一周して終わりなら良いよ。」
ため息と共にそう言い残してカーテンをくぐる。ぱちくりと目が合った華と町田で笑い、ゆるゆると窓を閉める。
「いくぞー!」
荷物は部屋に置いたままに何も持たずに部屋を出て玄関に向かっていると、ドアが開かれる音が聞こえた。
「おーきた。はいはいはいこれ。」
窓越しにはわからなかったが、ズボンの裾がぐしゃぐしゃに濡れている。これからこうなるのか。靴下脱いどこ。
靴箱を開けた町田が長靴を取り出してくれるが、どうみても華には大きすぎる。
「でっか。いける?」
「大きいのはいけるんじゃない。小さかったら入んないけど。」
「それもそっか。」
するっと入った長靴の中は裸足なこともあってぶかぶかだ。隣で履いているゆーかも靴下を玄関に畳んで裸足だが、足をぷらぷらと揺らしても問題ない。
「傘は持って来てんの?」
「いや自転車だからないよ。」
今夜がピークで、明日の朝にはもう止んでいるらしいから持ってこなかった。外に出ることがあるとも思わなかったし。
「じゃあこれ。」
そう言って手渡されたのは華の腰よりも高い傘。
「おー...まあ差せるから良いか。」
「重いから気をつけてね。」
木の取手のしっかりとした作りはいささか重すぎる気もするが、ちょっとの間なら何とかなると思いたい。
「まあなんかあったら私が代わりに持つよ。」
「よろしくゆーか。」
華とお揃いの傘を持ったゆーかも準備万端と見て町田がドアを開ける。
「じゃちょっとだけ探検ね。」




