二十話 猫の空き地
「え!」
薄暗い路地裏の塀の上でくつろいでいる猫。丸まって後ろ足で頭を掻いている。
「おー猫だ!」
大きな声にも動じずまったりと過ごしている猫にそろりそろりと近づいて行く。
「んふ、かわいいいー!」
かいぐりかいぐり撫で回しても全く抵抗しないでゴロンとお腹を見せるだけである。その姿に更にめろめろになっている。
「野良猫かな?」
華の横で猫を眺めていたゆーかが言う。顔と胴の間をむにゅっと開いて首元を確認すると赤色の首輪がかけられていた。
「この辺の家で飼われてるんだろうね。」
「だからこんなに太っちゃったんだなー。」
町田がそういうと、でっぷりと肉のついたお腹をわさわさ触る。いわゆるでぶ猫というやつだった。
「多分みんなからお菓子貰ってるんだよ。だってめっちゃ人に慣れてるもん。」
華たち三人に囲まれても堂々とへそ天で寝っ転がっている姿は地域の人に可愛がられてる様子が容易に想像つく。
「…」
ぶにっとした表情でこちらを見つめるでぶ猫をじーっと見つめ返す。
「もって帰りたーい!」
「絶対駄目だよ。」
あまりの可愛さにやられた華が叫ぶがすぐさま止められる。
「それに華のお母さん猫アレルギーじゃないっけ。」
華の家なら飼ってそうなものだがアレルギーがあるので飼えないと言う話をいつだったかした気がする。それを聞いた華は目を逸らしつつ応える。
「それは…我慢してもらう感じで。」
「絶対無理じゃん。」
いきなり持って帰っても追い出されるのが関の山である。それどころか大説教になることは間違いない。
「こんなに可愛いのになー。」
未練がましく撫でていたが、ふと猫が起き上がる。
「お、どこ行くの。」
塀の上をふんふんと歩き始めた猫を追って路地を進む。時折下を向いては三人がついてきているかを確認しているようだ。
「どこまでいくんだろ。」
「家とかかな。」
制服で荷物を背負ったままに猫の跡を追うことは寄り道というのだろうか。路地を右に左に、少しだけ歩いて行った先で小さな公園に辿り着く。
「なにここ。」
空き地に草がばーっと生い茂り、数本生えた木が地に影を落としてくれる。
「こんなとこに公園とかあったんだね。」
「だーれも使ってなさそうだけど。」
遊具もさびさびで、かろうじて草の高さが膝下程度なので時々手入れが行われているのかなとわかる程度だ。まさか人が使っているとは思えない。
「にゃー。」
驚いて足を止める三人をちらりと振り返ってひと鳴き。
「はいはい。」
ゆーかが先頭に立って追いかける。といっても猫の歩くペースなので、人が普通に歩くよりも遥かに遅い。少し距離を置いて先を歩いていた猫も少し歩けば追いつかれる。
「にゃーん。」
「にゃー。」
顔を少し上げた猫が草むらの中へと声をかけると、猫より高い草に阻まれて見えない空間からいくつも返事が返ってくる。
「仲間かな?」
待っている猫達に驚かれないようそろそろと草むらの中を進んでいく。ふわっと吹く風が草木を揺らすと、大きな木の影に入っていることもありひんやりと涼しい。
「にゃおーん。」
木の根元は草がほとんど生えておらず一周分だけぐるっとひらけた空間に、猫が挨拶しながら草をかき分け入って行く。
「んにゃー。」
根元で丸まっていた白い猫が立ち上がり、ごろごろと喉を鳴らしながら顔を擦り合わせる。
「かーわいいー!」
挨拶を終えた二匹を囲むように他の猫達も立ち上がると、次から次へと体を寄せ合う。小さな空間に猫達がわっと集う光景は華でなくとも可愛いとしか思えないものだった。
「これは確かにすごい景色だね。」
「写真撮りたかったな。持ってきてないけど。」
ポッケをぱんぱんと叩くが生憎中には何も入っていない。しばらく猫達の挨拶を眺めていると、でぶ猫も加わり全員で木の根元で顔を合わせてにゃーにゃーと会話を始める。
「猫の集会所ってやつ?」
「そうかもね。」
首輪がついているものはでぶ猫以外にも何匹か、野生との比率はちょうど半々ぐらいだ。そんな猫達が一堂に介して何やら話し込んでいる。
「全然何言ってるかはわかんないけどね。」
にゃーとしか鳴かないので人間には何を話しているのか分からないが、それでも会話しているらしいことは分かる。
「華、翻訳してよ。」
「無理だよ!?」
間近でしゃがみ込み、猫と一緒になって話を聞いていた華に声をかける。
「華ならいけるかと思ったけど無理か。」
「当たり前でしょ人間なんだから。」
しゃがんだ状態でくるりとこちらを振り返って答えた。その間も猫はうみゃうみゃと会話を続けている。
「じゃあ何を聞いてんのさ。」
「わかんないけど頷いてる。」
わからない言葉はまずは聞くことが大切なのだと誰かが言っていた、気がする。なので猫語も聞いていればそのうちわかるようになるはずだ。
「おーい猫ちゃん...猫ちゃんって誰ってなるよね。」
ここまで連れてきてくれた猫を呼ぼうとして、名前を知らないことに気がついた。
「なんて名前なんだろ。首輪に書かれてたりしない?」
「おーたしかに...ないや。」
ぷにぷにした首元にかかるストラップには飼い主の連絡先こそ書かれていたが、この猫の名前は書かれていなかった。
「ほら華、名前考えてよ。」
「えー。」
うーんと猫を観察する。マットな毛並みに青色の瞳、でっぷりと太ってしまった体躯は他の猫と比べて一回りは大きくなってしまっている。
「クロ。」
「黒いからでしょ。単純すぎ。」
一度見失ったら見つけられないような黒色をした猫だから、クロ。猫にしたってまさかそんな安直な理由で決められているとは思うまい。
「まあ、この中で他に黒色がいないからいいけど。もし黒色がいたらどっちかわかんなくなりそう。」
「それにクロって結構いそうだよ?」
華のネーミングセンスに苦言の嵐である。
「二人ならなんて名前にするのさ。」
やれやれと首を振っている。
「そうだなー。」
口火を切った町田はじっとその猫を眺め、ふと思いつく。
「あんことか。」
「よく人のこと言えたね?」
間違いない。黒いからあんこだ。
「めっちゃいるよあんこって名前の猫なんて。」
「いやいやクロに比べたらもう、全然少ないから。」
低いところで争っている二人を横目にゆーかも猫を観察する。
一回り大きいだけあって、この猫達のボスというほどではないが仲裁者ぐらいの立ち位置ではあるようだ。つっかかって喧嘩を始めると、でぶ猫がやってきて正面に座り込む。するとそれを見た二匹は喧嘩をやめてそそくさと離れて行く。
「大将。」
「たいしょう?」
ゆーかの言葉をおうむ返しに聞き返す。
「将軍の大将ね。この猫達の顔役っぽいし、体格もでかいからいいでしょ?」
「おー...どうよ町田。」
自画自賛して言うゆーかに目をぱちくりさせる。華にはわかりかねるので町田に聞くと、猫を指さして言った。
「この子に決めてもらったら?」
「いいじゃん!」
「にゃ?」
突然呼ばれた猫はびっくりして声を上げる。
「どれがいい?」
なんの脈絡もなく聞く華に口を挟もうとしたが、その前に猫が返事を返す。
「にゃにゃ。」
「クロって言ってるよ?」
猫がそんなに長い言葉を話すわけもなく、当然文字数が少ない名前になる。じとっとした目の二人には気づかずに、右前足をぶんぶんと振って握手をした。
「ズルだ...」
「うへへ、よろしくクロ!」




