十九話 道路に屋根を張る
「かーえろ。」
時間割を写し終え、机を片付け帰る準備を整えるゆーかのところに早々に準備を終えた華が来た。
「はや。本当に準備した?」
疑わしげな目で見る。
「いやしたよ!」
してなきゃかばんしょってないでしょと言い張る。しかしカバンの中にとりあえず全部入れることと、準備をすることは異なる。
「時間割書いた?」
「...ゆーかに聞けば良いかなって。」
つーと目を逸らして答える華に、荷物を下ろさせる。
ごそごそと乱雑に物が放られている鞄の中から生徒手帳を見つけると開いて渡す。
「自分でやりなよ。」
「だって生徒手帳に書くと無くすもん。」
かつては自分で書いていたこともあったが、なぜか時間割を記したはずの生徒手帳がどこかに行くのだ。
「じゃあノートでのプリントでもゴミでも良いじゃん。」
とにかく書けさえすればそれで良いのだから書くものはなんだって良い。
「でもさ、どうせ帰ってからもゆーかと連絡するんだから一緒じゃない?」
「一緒じゃない。」
めんどくさいという最も単純な理由を言うと怒られそうだから隠しておく。
家に帰ってからも連絡を取るのだから、そこで教えてもらうから書く必要はないじゃんと完全に人任せの方法をとっていた。
「町田だって書いてないじゃん。」
しかし華にだって言い分はある。
人一倍早く準備が終わる華は暇なので他の人の様子を見ているのだが、町田も時間割を書いているところを見たことがない。
「覚えてるからねー。」
横で聞いていたのに突然振られた町田だが、一緒にされては困る。
町田と華が違うのは、華は端から覚える気がないのに対し町田は書くのは面倒なので覚えて帰ろうとしているところである。
「でもたまにゆーかに聞いてるじゃん。」
「たまにねたまに。」
とはいえ毎度完璧に覚えて帰れるわけでもなく、というか時間割はともかく提出物などまで覚えてらんないので大抵ゆーかに聞くことになるのだが。
それでもまだ一応自分でなんとかしようという気があっただけましである。
「どっちもどっちでしょ。」
準備を終えたゆーかがそう言って立ち上がる。
「よし行こう。」
待ってましたと歩き出す。
「歩くのはや。」
机の間をちょこまかと抜けていく華を見てゆーかが呟く。
机を貫通してるんじゃないかと思うほどに綺麗に抜けていくのだ。
「えっもういない。」
最後に一応時間割を見ておくかと後ろを見ていた町田が振り返った時にはもう、さっきまでそこで突っ立ってた華が廊下に出ていた。
「早く帰るよー!」
こちらに向かって手招きをしている。
「そんなこと言われなくても帰るから。」
「帰る時が一番元気なんじゃない?」
逃げ足の速さだけは一流である。
「華、走って帰ったらめっちゃ早いんじゃない。」
「途中で疲れすぎて倒れるよ?」
とんでもないことを勧められたが、そんなことしたら疲れすぎて終わるのが目に見えている。
いやでも、途中で休み休みいけばできないこともないのか?
「いやそんなことする必要ないから。」
真剣に考える華に呆れて言う。
別に早く帰る理由もないし、普通に歩いて帰ればいいのに。
「あっつう。」
さっきまで冷房がんがんの教室にいたせいで余計に暑い。
「華、日傘。」
「入る!」
悠々と日傘を差した二人の陰に急いで隠れる。
「うおー涼しい。」
暑いとはいえ未だ五月、流石に日陰に入れば多少は涼しかった。
「よかったね小さくて。」
「余計なお世話だよ!」
身長の高い町田が日傘を使えば、特に気にしなくとも町田と日傘の影が日光を遮ってくれる。
「んでもいいもんね。町田が日傘持ってくれてるから。」
日傘分を足したとて町田の背に敵わないので、どう足掻いても華が持つことはないのである。
「じゃあ私の分持つ?」
へへーんと町田の影で遊んでいると、刺客がやってきた。
ゆーかなら華が持ってもぎりぎり入る。
「いやいや、遠慮させてもらいます。」
とはいえ手を若干高く保たなければいけないので、むしろ普通に差すより筋肉に多大な負荷がかかる。
トレーニーでない華には本当に必要のない気遣いだった。
「腕疲れきたから変わってよ。」
顔にうりうりと押し寄せてくる持ち手から必死に逃げつつ、向こうに見える歩道にかかる長い影を指差す。
「おーほら、あそことか腕休めるよ。」
いつでも華は二人のことを考えている。
だから影を見つけたし、肩をがっちり掴んでいる手を離してやくれないだろうか。
「めっちゃ長い傘買ったら華でも持てるんじゃない。」
「いやそもそもバランス取るための筋肉が必要になるじゃん。」
か弱い華を町田と比べられては困る。
「家の陰が一番涼しいね。」
「ずっと日が当たってないからあったまってないね。」
しけっとした空気が肌を冷やしてくれる。
「もうさ道路に屋根たてない?」
直上を見上げれば雲ひとつない青空だ。これをさえぎったら大分涼しくなるだろう。
「いくらかかるんだろ。」
同じように空を見ていた町田が呟いた。
テントのように布を張るだけでも大変そうだ。
「地下鉄が通ればいいのに。」
「たしかに!」
ゆーかの言葉に同調して華がうんうんと頷く。
地下鉄なら冷房も効いてて一石二鳥だ。
「それこそいくらかかるんだろでしょ。」
まだ布を張る方がだいぶん安い。
「えーでもさ、遊びに行くにも地下鉄あった方が便利じゃん。」
「ここから何人が乗ると思ってんの。みんな車だよ。」
華たちのような子供はともかく、大人たちはみんな車で移動している。
えーっと肩を落として地下鉄が来ないことに落ち込む。
「それにバスはあるしね。」
「地味にバス通ってないとこあるからなー。」
行きたいところに行けないなら意味がない。
「じゃあもう華が運転しなよ。」
「無理だよ!」
なげやりに言うゆーかに言い返す。
自慢じゃないがレースゲームで勝った試しがない。
「ゆーかに勝てないぐらいだから華が運転する車に乗るのは怖いなー。」
自分が華の運転する車に乗る想像をして苦笑いをしている。
「ゲームはゲームでしょ。」
ゲームで運転できないからと言って現実でも運転できないわけじゃない。
自分が運転できないとは思ってないゆーかは平然としている。
「いやー、どうかな。」
しかしゆーかはともかく、華が落ち着いて運転できるとは思えない町田は言葉を濁す。
「いいよ別に二人の車に乗るだけだからね。」
そもそも華に運転する気はなく、元からそのつもりだった。
「ずるいなあ。」
ふんと腕を組みながらふんぞりかえっている。
ついっと小突くと慌てて後ろに下がった。
「こら!」
「ごめんごめん。」
ぐいぐい近づいてくる華に笑いながら謝る。
「もー、行くよ!」
「あついー。」
ふんふんと歩き始めた華の背中を二人はついて行く。
影から出た途端、日差しが全身丸焦げにしようとしてきた。
「道変えよ道。」
町田が指差した先には民家と擁壁の間の狭い路地裏。
薄汚れた道は植木鉢やら室外機やらが所狭しと置かれている。
「えー。」
覗き込んだ華がすぐにぷいっと顔を背ける。
「暑いのとどっちがいいよ。」
「どっちもやだ。」
華と入れ替わりで覗いたゆーかが伝える。
「お、猫いるよ。」




