十八話 走り込みはサボるに限る
がががと机どころか校舎が揺れて、華が顔を上げる。
「ふう。やっぱ学校にいると集中できるね。」
ノートから顔を離した華は教室の時計を確認する。放課後にゆーかと共に勉強し始めてから一時間が経っていた。
「適度なストレスのある空間だからかもね。」
ペンを動かす手を止めてゆーかも答える。
「別のことしたくてもすることがないのはでかいよ。」
「のわりにはまあまあ集中してなかったけどね?」
顔を上げては外をちらちらと見る華が視界に入るといやでも自分の集中も散る。
しかも何かを見つけてこちらに声を掛けようとしてきては、勉強している姿を見て止めるという一番気になる動きをしてくるのだ。
「いやだって、集中できるのとするのはまた別の話だからさ。」
そんなに長いこと勉強できるなら今頃こうやって人に付き合ってもらったりはしていない。
「...それで、どれぐらい進んだの?」
ゆーかと町田監修の元に作ったスケジュールでは今日は数学の問題集を解くことになっていた。
それを見た華がこれから二週間のハードさに頭を抱えていたがそんなことは知らない。
「んーーまあまあ?」
たまに気が散っていたとは言えあくまでもたまに。家でやるよりかははるかに進んでいるため、予定されていた量的には及第点という感じだった。
ノートをゆーかに渡すと、おーと声をあげてぱらぱらとめくっている。
「結構いけてるじゃん。」
「まあね!」
単純である。
「したらもうちょっとだし終わらせてから帰ろうか。」
「そだね。」
この広い、普段は三十人前後の入る教室の中にたった二人だけでいる。贅沢なことに貸切状態なので、せっかくならと最後までやってから帰ることにした。
「あでも、今のうちにもっとやってもいいよ?」
今日なら調子良く進められる気がする。しかしゆーかは変にスケジュールを弄ることのめんどくささをよく分かっている。スタートダッシュは肝心だが、それが全てではない。
「いや、計画してた分だけで終わっとこう。早く終わったらその分自由時間ってことで。」
「ほんと?めっちゃいいじゃん!」
楽観的に喜んでいるがそう簡単なわけもなく。
「その分明日サボろうとかないからね。」
「はい...」
うにょにょと凹んでいく。
「まあ今日楽なことには違いないんだから、毎日ちょっとずつ頑張りなさい。」
「へーい。」
頑張るとは言ったものの、ゆーか先生の元黙々と問題を解き、わからなければ尋ねるだけで、今の所ただなんとなくやっているという感じである。間違いなく、華一人であればとうの昔に飽きて別のことをやっている。
勉強を再開しようかというところで、再び机が揺れる。
「うおおお揺れる。」
「うるさすぎるどっちも。」
時折、部活で走り込みをやる生徒たちが廊下を通ると、それが同じ階であれ、下や上であったとて、どしんどしんとこのおんぼろ校舎は揺れるのだ。
しかしいい加減慣れてきたゆーかと違い華は毎回新鮮に反応するのでやかましい。
「誰が走ってんだろうね。」
「さあ?」
おそらくどこかの部活だとは思うが、走る場所なんて内内で回しているだろうから知らない。
「見てきたらいいじゃん。」
そうゆーかが気軽に言ってくれるが、もし見つかりでもしようもんなら"華もやろうよ!”とか言って連行されるのだ。
勉強から逃げるのはいいが、走り込みに連れられるのはむしろ悪化している。
「おー、やってるねえ。」
首からスポーツタオルをかけた部活着姿の町田が教室の窓から覗いてくる。
「町田じゃん!」
わーっと一目散に駆け寄って行く。
「大丈夫?走り込みした後だけど。」
「ひかよらないで。」
「おい。」
花を摘む仕草をする華を摘んで、その辺の机に腰掛けた。足を床から浮かせ、ぐぐぐと背を逸らしてあくびをする。
「ふぁーあ。疲れた。」
そう言って目を瞑った町田にゆーかが尋ねる。
町田がここにいるということは、さっきまで、というか今も下の階から校舎を震わせている集団は女バスなんだろう。
「部活は?」
「まあまあ。」
まあまあやったからと言ってどう考えても部活が走り込みだけで終わるわけがない。
「またサボりか。」
察した華が半目で見るがどこ吹く風で気にしない。
「失敬な。休憩と呼んでよ。」
「自主的な休憩ね。」
なにせどかどかと下の階からの振動は未だ続いているのだから、間違いなく勝手に抜けてきたはずだ。
「いいんだよどうせ走るだけなんだから。」
バスケがしたいのであって走りたいわけではないのだと、まあ学生の部活レベルなので元からの身体能力があれば多少のトレーニングは凌駕できるのだ。
「抜かれても知らないよ?」
「毎日山登り降りしてんのに負けるわけないじゃん。」
通学路という実践的かつ強制的なトレーニングのほうが有効である。この身長は伊達じゃないのだ。
「まあいいならいいんだけど。」
本人がいいというなら構やしない。せいぜい後で泣き喚けばいい。
「なんかすごい最悪なこと考えられてる気がする。」
「何が?」
腕をさする町田に不思議な顔を向ける。
「いや、まあ、いいや。それで二人はどうなのよ。」
露骨に話を変えた町田だが、華は意気揚々と乗っかった。
自分のノートをばーんと見せつける。
「見てよこれ!もうここまで終わってるからね。」
「おーすごいじゃん。」
あの華が進んで勉強している上に成果を誇らしげに見せている。
成長してるなあと感慨に耽っていると廊下から声が聞こえてきた。
「町田ー!」
「おっと。」
遠くから、校舎中に響き渡るような大声が反響して聞こえてくる。この声は多分女バスの部長だ。
そそくさと机の下に隠れる町田を見て華が笑っている。
「ぷぷぷ。隠れ切れてませんよ町田さん?」
「うるさいなあ。いいんだよ見つかりさえしなければ。」
「町田ー!出てこーい!」
音の出所は段々とこちらに近づいてくる。
「おーい町田...お、華と悠香!」
「部長!」
三人のいる教室を横切ろうとし、窓を全開に開けていたためにこちらに気づいた部長が声をかける。部長と言った華は女バスじゃないので全然部長じゃない。
「二人とも町田知らない?」
町田と一番親しい二人なのだから、当然そう聞かれることになる。
二人は顔を見合わせ、そして机の下からこちらにばってんを向ける町田を見た。
「あー...知らない。外じゃない?」
「おっけー。あんにゃろうこの暑いのに外行きやがって。」
くるっと教室の中を見渡し、隠れる町田に気づかずに通り去っていく。
「もういないよ。」
窓から廊下を覗き込み、どこかへ行ったことを確認した華がそう言う。
「いやー感謝感謝。危なかったね。」
汗を拭う仕草をしながら町田が出てくる。
「奢りね?」
「いやあの、うちに泊まるときお菓子用意しとくから。」
てへと笑って、教室のドアを開けて廊下に出る。
下の階の女バスの走り込みはもう終わったようだ。
「んじゃねー。」
どこから走り去っていくが、だったら素直に部長に見つかれと言いたい。
「外にいるかもとか言ったから部長外探してるかもね。」
「だとしたら中にいるの見つかったらばり怒られそうだけど。」
自分が炎天下サボりを探しているというのに張本人が涼しい教室にいた上に、まさかしれっと戻ってきているなんて怒ってくれと言っているに等しい。まあサボりの時点で怒られることは決まっていたが。
「皆んなの倍走らされるんじゃない?」
「...なんのためにサボってたの?」




