十三話 どこに座ってたっけ
課題を解く華の背中を二人して見る謎の時間が続いている。
ちらっとゆーかの様子を伺えば、同じようにこちらを見てくる。
多分同じことを考えている。
「華まだ終わんない?」
「まーもうちょっと。」
いい加減何もしないでいるのにも飽きた。
「トイレ借りるね。」
そう言ってゆーかが立ち上がる。
「あずる。」
この空間から逃げようとしている。
ここに置き去りにされるわけにはいかない。
「じゃあ着いてこ。」
ゆーかの背中を押してさっさと部屋から出る。
「ふー。」
ぐーっと伸びをすると開放感がすごい。
まさか今更華の部屋で窮屈になるとは思ってなかった。
「トイレにはついてこないでよ?」
「いや行かないって。」
顔が笑っているので冗談だと思いたい。
「もうこの際廊下でもいいから喋りたい。」
あの部屋じゃなければどこでもいいので、もはや華の両親と一緒でもかまいやしない。
とにかく黙って華の背中を見つめるだけの謎の時間はもう過ごしたくない。
「早く終わんないかな。」
「トイレから戻ったら終わってるんじゃない?」
とんとんとんと階段を降りると、リビングからテレビの音が漏れ出ている。
ゆーかがトイレに入っている間、かすかに聞こえるテレビの音を聞いていた。
「わ、ずっといたの?」
手を拭きながら出ると真正面に町田が突っ立っていた
.
「あうん。テレビ聞いてた。」
壁にもたれかかったままそういう町田を連れて華の部屋に戻っていく。
確かにテレビから流れるニュースの音が聞こえてきた。
「ちなみにやってること華と変わんないからね。」
「え、なにが?あ痛。」
後ろから咎めるように言ってくるゆーかに立ち止まって振り返るとどかんとぶつかる。
「急に止まんないでよ。」
「ごめんごめん。」
再び前を向いて登り始めるが、ゆーかは念の為に二段開けてついてきている。
「でなにが一緒って?」
今度は立ち止まらずに話し始める。
警戒して一瞬ぴくりと止まろうとしたゆーかも安心して登る。
「いや人の家のテレビ盗み聞きしてるからね普通に。」
「いやいや、聞こうとして聞いてたわけじゃないですから。」
華とは一緒にしないでほしいねと否定しているが大体一緒だと思う。
そして華の部屋のドアを開けようとしてふと思う。
「えこれ華もう終わってるかな。」
「さあ。」
もし終わってるならそれでいいが、終わってないならまた無言の時間が始まるのか。
しばらく考えた後ゆーかに尋ねる。
「え、聞く?」
町田は華の家にきてから本当に何もしていない。ちょっと丸つけをしただけで、それ以外はほとんど黙って華が課題をやる様子を観察していただけである。流石にこれ以上そんなことはやりたくなかった。
そのためなら、華の部屋の様子を盗み聞きすることも厭わない。
「どうやって判断するの?」
ゆーかもまた、そんなことには飽きていた。
「静かだったらまだやってて、なんか言ってたら終わってるとか。」
「いや終わってても静かな可能性はあるでしょ。一人なんだから。」
問題は聞いたところで華の状況がわかるわけではないと言うことだ。
一人でいるのだからどちらにせよ静かな可能性が高い。
「も、もう一回トイレ行く?」
「ふふ、何の意味があんのそれ。」
「そりゃ時間稼ぎでしょ。」
トイレにはいかないでも階段を降りて登るだけで時間を稼ぐことができる。
思わず階段の方を見るが、冷静に考えたらめんどくさい気がする。
「いややっぱ嘘。それなら別にここにいるのと同じか。」
「ほんとにね。」
とはいっても何かいい案が浮かぶわけではない。
「もう入ったら?」
ドアの前で躊躇う町田の背中を押す。
「いやでもこれでまだやってたらもう、もう暇すぎておかしくなっちゃうよ。」
ドアノブを握ったままのポーズで止まっている。
「別によくない?」
「よくないよ!静かすぎておかしくなる!」
怪訝な顔をするゆーかに力説する。
「まあいいじゃん、終わってなかったら寝たら?」
「それもう何回も聞いたけど寝れないから!」
「うるさいなもう入るからね。」
止めてくる町田の手ごと握ってぐいっとノブを捻ると、ずかずかと部屋の中に入っていく。
そして二人が視界に捉えたのは華の背中だった。
「華、終わった?」
もはや定位置となったベッドの方にいくと、華が正面を向いて課題をやっている。
「う、うん。もう大体終わったよ。」
「おーよかったー!」
いえーいと町田が拍手をしている間に、その光景に違和感を覚えたゆーかが動き出す。
「丸つけやってるの?」
「うん。だからまあ終わってもいいんだけど。」
「ふーん。」
と言いつつ立ったまま腰を折り、華の耳元で囁くゆーか。
「なんでこっちにいるのかな?」
「ひい!」
慌ててゆーかから距離を取る。
目はぱちぱちと瞬きをし、なんとか動揺を隠そうとしていた。
「さっきまでベッドの側でやってたよね?」
「あたしかに。それか、なんか変だと思ったの。」
ベッドに座る二人に背中を向けていたのが、今ではテーブルの反対に座っている。
「しかも変だなあ。」
「あっ!」
そう言って華が丸つけしていたノートを拾い上げる。
ぱらぱらとページをめくるが、どのページもすでに丸つけはし終えている。
それに町田にはそのノートに見覚えがあった。
「あそれ、さっき丸つけしたやつだ。」
ゆーかに渡されたのを見ると、間違いなくそうだと確信する。
丸の形もそうだし、なにより暇すぎて解答をしっかり読んでいたのだから覚えている。
「さて華さん、もう終わってるノートを開いて何をやってたのかな?」
「いやあそれはその、見直しとかね?」
額に脂汗をかきながら何とか言葉を絞り出す。
「ほうほう見直し。それは素晴らしい。」
うんうんと頷いてから、ちらりと目を開いて言う。
「てっきりドア越しに私たちの会話聞いてたんだと思ったんだけど。」
「ぎくっ。」
分かりやすすぎるほどに反応が全てに出ている。
そっぽを向いてゆーかから目を逸らそうとしているが、それこそが証拠に他ならない。
「はー、ふーん。そういうことやっちゃうんだね華。」
「い、いやちょっとまって。町田はやろうとしてたんだから人のこと言えないでしょ。」
へー、ほーんと圧をかけてくる町田にすかさず言い返す。
「でもやった人とまだやってない人にはだいぶ差があるからなあ。」
しかし立場が悪い。
「しかもさっき悪いことだって言ったのになあ。」
ゆーかまでそんなことを言ってくる。
「ち、違うの。二人が遅いから何してるのかなーって思って。」
「じゃあくればよかったじゃん。」
「はい...」
正論に何も言い返せない。
しょぼんとする華の様子に良心が痛むのか、ため息をついて指を向ける。
「もうしないでね?」
「はい....」
しかしぺしょぺしょの華とは対照的に町田は元気である。
「まあとにかく、これで今日はもう課題終わりってこと?」
「どうなの?」
勢いよく前のめりになりながら聞くが、課題自体は終わっていない。
ゆーかと二人で今日と明日に分けてする内の今日の分が終わったかということである。
「うん、言われた分は全部終わったよ。」
「よしよしよしよしじゃあ遊ぼうよ!」
そう言って机の上を片付け始める。
「ほんとめっちゃ待ってる間暇だったからね。」
文句を言いながら凄まじい速さで課題を一つの山にしてどけると、華の棚を物色し始める。
「さーどれにしよっかな。」




