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『失恋した完璧令嬢は、歯車仕掛けの蒸気都市で恋と謎を解き明かす』  作者: かあまる01


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第九話 母が残した言葉

 蒸気機関が発達した都市グラン・ロア

そこで暮らす政府高官の一人娘、アリシア・フォン・ベルクは、大企業の御曹司に失恋してしまいました。


 失恋の傷も癒えないまま、アリシアの周りには様々な事件が巻き起こります。


 そんな彼女の前に現れたのは、御曹司と顔がそっくりな従兄弟のレオン・アシュフォード。


 顔は瓜二つなのに、性格は正反対。自由奔放なレオンに振り回されながらも、アリシアは少しずつ世の中を知り、成長してゆきます。


 そしていつしか彼のことを……。


 蒸気都市グラン・ロアを舞台に、謎と事件を解き明かすスチームパンク物語、開幕です!


 感想・ブックマーク・評価をいただけると、とても励みになります。よろしくお願いいたします。


※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。

「ヴィクトワール社長……」


 エレーヌが顔を上げると、ヴィクトワールは静かに歩み寄り、うずくまるエレーヌのそばへ寄り添う。その眼差しには厳しさではなく、失われた故郷の文化を悼む深い憐憫が宿っていた。


「エレーヌさん。あなたが抱えてきた孤独な苦しみは、胸が痛むほどに伝わります。ですが、『朝靄の聖光』を持ち出し、隠し続けることが、本当にお父様の望みだったでしょうか?」


 エレーヌの身体が小さく震えた。


「あなたの父上が、そんなことを望むとお思いですか? あなたがしようとしたことは、お父様の魂を再び暗闇に閉じ込めることと同じですわ」


 ヴィクトワールの澄んだ言葉が、エレーヌの胸に鋭く刺さる。エレーヌははっと息を呑み、涙に濡れた顔を上げた。


「あ……私……私は……なんてことを……」


 自分が父への愛ゆえに、父の想いまで踏みにじろうとしていたことに気づき、エレーヌの顔が絶望に染まる。彼女は涙を流しながら、アリシアとヴィクトワールに向かって深く額を床につけた。


「申し訳ありませんでした! 私は、父の絵を見たときに、取り返したいと思ってしまいました。そのために公爵様の絵を褒めちぎり、利用しました……。公爵様を欺いた私は、どんな罪でも受けます。ただ、お願いです。『朝靄の聖光』は……父の魂だけは、闇に葬らないでください!」


 保身を一切捨て、ただ父の絵の無事を祈って泣き伏すエレーヌ。その姿に、アリシアはそっと寄り添い、彼女の肩に優しく手を置いた。


「立ってください、エレーヌさん。あなたの罪は許されるものではありません。けれど、あなたの父上を想う真摯な心まで偽りだったとは、誰も思いませんわ」


 二人の姿を見て、ヴィクトワールは深く頷き、優しく微笑んだ。


「そうですね。ですからエレーヌさん、あなたに罪を償う機会と、正しい形で願望を果たす道を差し上げます」


「え……?」


 顔を上げたエレーヌに、ヴィクトワールは静かに告げた。


「レイウッド公爵に理由をつつみ隠さず話して、もし寄贈して頂けたら、そのときはこの『朝靄の聖光』の保存と管理を、貴方にずっとお願いしたいですわ」


「そんなことが可能なのですか?」


「ええ、あなた以上に適任はいませんもの。エレーヌさん、改めて学芸員として父上と『朝靄の聖光』を守り続ける覚悟はありますか?」


 エレーヌに与えられたのは、冷たい牢獄ではなく、父の絵を正々堂々と守り続けるという「一生をかけた許し」


「私のような者が……そんな、温かい場所にいても……よろしいのですか……?」


 涙で途切れ途切れになるエレーヌの声に、横で静かに見守っていたレオンが口元をほころばせた。


「暗闇の中で隠れて愛するのではなく、誇りある光の中で、お父上の絵を守る。それが、あなたにできる一番の孝行でしょう」


「はい……っ! ありがとうございます! 一生をかけて、父の絵と、ミラベルの芸術を守り続けます!」


 エレーヌは胸の前で両手を固く握りしめ、溢れ出る感謝の涙とともに、深く深く頭を下げ続けた。


          ◇


 エレーヌの気持ちは分かったが、まだヴィクトワール社長に対して疑問は残る。なぜ母の格好をしたのか。


 アリシアの問いにヴィクトワールは少し沈黙してから、ゆっくりと口を開いた。


「……卑怯なやり方だったと思います」


「では、なぜ?」


「あの方に、もう一度、エレノア様の言葉を思い出していただきたかったのです。私は、昔エレノア様にはご恩がありますので」


「……お母様と!?」


「ええ。まだ私がグラン・ロアに来たばかりの頃です」


 ヴィクトワールは自分がミラベル公国出身だと明かし、エレノアとの経緯を語り始める。


「まだ私がグラン・ロアに来たばかりの頃です。ミラベル出身というだけで警戒され、商売も思うようにいきませんでした。そんな私に声をかけてくださったのが、エレノア様でした」


「国がなくなっても、その国で生まれたものまで消えるわけではありません」


 その言葉が、当時の私を救ってくれたのです。


「エレノア様が亡くなられたとき、本当はすぐにでも駆けつけるべきでした」


 ヴィクトワールは目を伏せ、後悔の念に苛まれているようだった。


「ようやく会社が軌道に乗り、エレノア様のご主人、レイウッド公爵にお会いしようとしたとき、良くない話を聞きました」


 レイウッド公爵はエレノア様を失った悲しみから抜け出せず、女性にモデルを依頼して、彼女の肖像画ばかり描いている、と。


「そこで私は、レイウッド公爵に、もう一度エレノア様の言葉を思い出してもらいたいと思い、エレノア様が生前着ていたドレスを取り寄せ、髪型まで似せたのです」


 ヴィクトワールの告白を受けて、アリシアが確認する。


「つまり、あなたは父を騙すためではなく、母の残した想いを思い出させるために、母の格好をしたのですね」


「ええ。ですが、公爵のエレノア様への執着を利用してしまいました。亡くなった方の面影を利用するなんて、許されることではありません。あなたにも、不快な思いをさせてしまいました」


「ごめんなさい」


 子ども扱いされたことはまだ許せないが、そう率直に言われては怒る気もなくなる。


「だから、今度は私からあの方に伝えたかったのです。亡くなった人の面影を追い続けなくても、残されたものを未来へ渡すことはできる、と」


「……そうだったのですね」


 アリシアは静かに頷いた。ここはやはり一度、父と話をしなければ。


 彼女たちの思いを父が受け止めてくれるように……。


 蒸気都市グラン・ロアの物語、第二幕。アリシア・フォン・ベルクの新たな物語が始まりました!


 各章は十話前後、一話あたり二千文字程度を予定しています。前作を読んでいなくても楽しめる内容になっておりますので、初めての方もお気軽にお読みください。


 更新は月・水・金曜日を予定しています。


 評価・感想・ブックマークなどをいただけると、とても励みになります。


 どうぞよろしくお願いいたします!

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