第七話 額縁の裏側
蒸気機関が発達した都市グラン・ロア
そこで暮らす政府高官の一人娘、アリシア・フォン・ベルクは、大企業の御曹司に失恋してしまいました。
失恋の傷も癒えないまま、アリシアの周りには様々な事件が巻き起こります。
そんな彼女の前に現れたのは、御曹司と顔がそっくりな従兄弟のレオン・アシュフォード。
顔は瓜二つなのに、性格は正反対。自由奔放なレオンに振り回されながらも、アリシアは少しずつ世の中を知り、成長してゆきます。
そしていつしか彼のことを……。
蒸気都市グラン・ロアを舞台に、謎と事件を解き明かすスチームパンク物語、開幕です!
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※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
父は社長と美術品を鑑賞しながら懇談している。今なら、少し離れても父に気づかれないだろう。
一人では不安なので、レオンを誘おうとするが「まだやめたほうがいいんじゃないかな? ほら、レイウッド公爵が僕のことを睨んでるから」
父を見ると、社長と懇談しながら、レオンのことを、普段は見ない目つきで睨みつけている。その目つきがあまりにも鋭く、レオンはそそくさと、どこかに行ってしまった。
(仕方ない……私一人でもエレーヌを探してみよう)
すると、通路の先の隅の方で職員がひそひそ話をしているようだ。その会話で、「レイウッド公爵の絵……」という言葉が聞こえた。
アリシアは職員に見つからないように扉の陰に隠れ、聞き耳をたてる。
「あの婦人像が、美術館のコンセプトに相応しくないからと、展示を見送るらしい」
「エレーヌ主任学芸員が中心になって、反対したらしいぜ」
「ああ……展示品はミラベルから来た連中が取り仕切っているからな」
アリシアは職員の話を聞くことに集中するあまり、人が近づくのに気づかなかった。
「何をしてるんですか?」
「!!」
不意打ちのように、耳元で甘いささやきで話しかけられて、危うく大声を出すところだった。振り向くと、いつの間にかレオンが私の隣にいる。
「驚かさないでください! あそこで職員の方が話していることが気になって……あまり上品ではないけど、こっそり聞いてました」
「すみません。ようやくレイウッド公爵の目から逃れたので、アリシア様を探しに来ましたけど、何かありましたか?」
アリシアはレオンに、職員が言っていたことを話す。父の絵を展示するように勧めたエレーヌがなぜ、展示に反対するのか?彼女を見つけて問いただしたい……。
「本当に、エレーヌさんは出かけているのかな?社長はエレーヌさんが外にいると言った。でも、職員は絵の管理を彼女たちに任せていると言っている」
「……つまり?」
「エレーヌさんが本当に外にいるのか、確かめてみる価値はありそうです」
社長の言葉を疑うだけなら簡単だ。けれど、何の証拠もないまま問い詰めても、また笑顔ではぐらかされるだけだろう。
「なら、私たちも絵を確認しましょう」
「賛成です」
二人は受付へ向かって歩き出した。
その背後で、ヴィクトワールは二人の姿を静かに見つめていた。そして、ほんの一瞬だけその笑顔が消える。
◇
アリシアたちは受付に向かい、自分がレイウッド公爵の娘だと告げる。
父の絵が倉庫へ移動したと聞いたので、確認したいと伝えると、「ああ、特別展示品のことですね。それなら、先ほど主任学芸員が確認すると言ってましたよ」
主任学芸員、エレーヌのことだ! やはり出かけてはいなかったのだ。
「あの、私たちも倉庫に入らせてもらってよろしいでしょうか」
「まあ、公爵様のお嬢様なら……。では、ご案内いたします」
受付の職員によると、今回の絵画の管理は、エレーヌたちミラベル出身の優秀な職員にほぼ任せているという。
「おかげで私たちは蚊帳の外みたいに扱われることもありまして」
管理人の案内で倉庫に向かう。倉庫は荷物の運搬を容易にするために、本館から少し離れた場所にある。倉庫は二階建ての大きな建物で、地下には美術品を一時保管するための収蔵庫がある。
管理人は真鍮製の鍵を開けると、「隣の詰め所にいるので終わったら呼んでください」と言って去っていった。私たちが公爵の娘とグラン・ロア社の一族だから安心したのだろう。
倉庫の中は、古い油彩のニスと乾燥した木材の匂いが充満し、隅には巨大な木箱が山積みされ、未整理の額縁が斜めに立てかけられている。
ランプの薄明かりからの光に浮かび上がる絵画たちは、次の展示を待つ間、息をひそめて眠っているかのようだった。
「静かすぎませんか?」
アリシアが小声で言う。
「倉庫なんて、こんなものでしょう」
レオンはそう答えた。けれど彼も、周囲を警戒するように視線を走らせていた。私も耳を澄ませていると、階下から作業音が微かに聞こえてくる。
「レオン、下から物音がします」
奥の階段から地下に降りると、薄暗い明かりの中、数人が作業をしている。職員が数名と、見覚えのある小柄で丸眼鏡の女性、エレーヌがいた。
エレーヌは床に置かれた額縁にしゃがみ込み、額に絵をはめるような作業をしていた。その絵は……父が描いた母の絵だ!
「……何をしているんです?」
声をかけると、エレーヌは驚いた表情で振り返る。
「どうして、ここに?」
「それはこちらの台詞です。父が描いた絵を一度は褒めちぎっておきながら、なぜ展示に反対したのですか?」
アリシアの問いにエレーヌは絶望の表情を浮かべる。行動を起こすことも、話すことも忘れてしまったように固まっている。
すると横からレオンが、「失礼しますよ」と額に近づき、額の裏側を指でなぞると、首を傾げて疑問を口にする。
「……おかしいな」
「何が?」
「この額、妙に厚いですね」
レオンは工具を取り出して、慎重に留め具を外す。その横では、エレーヌが目を見開いている。……まるで観念したかのように。
そして、一枚目の絵が外れると、その下にもう一枚。
アリシアは息を呑んで、目を見張る。
「……これは!」
蒸気都市グラン・ロアの物語、第二幕。アリシア・フォン・ベルクの新たな物語が始まりました!
各章は十話前後、一話あたり二千文字程度を予定しています。前作を読んでいなくても楽しめる内容になっておりますので、初めての方もお気軽にお読みください。
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