第六話 美術館に隠された秘密
蒸気機関が発達した都市グラン・ロア
そこで暮らす政府高官の一人娘、アリシア・フォン・ベルクは、大企業の御曹司に失恋してしまいました。
失恋の傷も癒えないまま、アリシアの周りには様々な事件が巻き起こります。
そんな彼女の前に現れたのは、御曹司と顔がそっくりな従兄弟のレオン・アシュフォード。
顔は瓜二つなのに、性格は正反対。自由奔放なレオンに振り回されながらも、アリシアは少しずつ世の中を知り、成長してゆきます。
そしていつしか彼のことを……。
蒸気都市グラン・ロアを舞台に、謎と事件を解き明かすスチームパンク物語、開幕です!
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※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
美術館の視察に同行する日の朝、父はすでに身支度を終えており、私を今か今かと待ち構えている。
「身支度は終わったのか? 早くしないと遅れてしまうじゃないか」
「お父様……まだ約束の一時間前ですけど」
私の指摘に対して、父は額に手をやり、口をへの字に曲げている。
昨日、息を呑む思いで搬送を見届けた名画と母の肖像画。それを誰よりも早く見たいがために、美術館側に視察を申し入れたのは、父だった。
美術館の「視察」という取って付けたような名目を盾に、私を引っ張り出す手つきには、どうしても隠しきれない高揚が滲んでいる。
気分が高揚している父を見ながら、私はどうしても納得できなかった。父の絵が何かに利用されてるような気がする。なら、自分の目で確かめるしかない。
父に急かされて準備を済ませ、一緒に美術館に向かう。美術館に着くと館内は展示の準備で、職員たちがせわしなく働いている。
準備中の絵画を眺めながらエレーヌの姿を探したが見当たらない。その代わりに、知った顔と鉢合わせする。
「おや、アリシア様もお先に芸術鑑賞ですか?」
「レオン・アシュフォード。どうしてここに?」
「どうしてって、ウチはこの美術館に出資してますからね、視察しているだけですよ」
「貴方も、芸術に興味がおありなのかしら」
その問いに対して、レオンは含み笑いを浮かべながら、いつもの軽口で答える。
「僕は芸術そのものより、『朝靄の聖光』がここにあるいきさつの方が興味ありますね」
「それは、どういう意味です?」
レオンは身を乗り出し…大げさな動作で話し始める。
「美術館っていうのは面白い場所ですよ。絵そのものより、絵にまつわる人々にどういう物語があったのか、そして数ある美術館の中でなぜ、『朝靄の聖光』が、ここで展示されるのか、想像が膨らみますね」
「意外ですわ、あなたがそんなことを考えているなんて」
「あれ、失礼ですね。僕だってたまには真面目なことを考えますよ」
レオンと他愛もない会話をしていると、横から父が間に入ってきた。気がつくとすぐ隣にいる。
「アリシア、そちらの青年はどなたかな?」
「お父様、顔が近すぎます! もう……では紹介しますわ。こちらはレオン・アシュフォード。ロイヤル・ギア社の跡取り、ルーク・アシュフォード様の従兄弟にあたる方です」
レオンは父に会釈をして、アリシアの紹介を待つ。
「レオン様、こちらが私の父、レイウッド公爵です」
「紹介に預かりました、レオン・アシュフォードです。以前は私の従兄弟、ルーク・アシュフォードがアリシアお嬢様に大変、失礼を致しましたこと、代わってお詫び申し上げます」
「うむ」
父は言葉少なめに返答し、考えあぐねているようだ。まるでレオンを見定めるように。
(父はレオン様を苦々しい目で見つめている。真面目だったルーク様と違い、軽薄に見える彼を警戒しているようだ)
「ようこそ、レイウッド公爵様。よくお越しくださいました。挨拶が遅れて申し訳ございません」
三人の間の微妙な空気を打ち破るように、ヴィクトワール社長が声をかけてきた。このときばかりは社長に感謝して、私はほっと胸をなで下ろす。
「社長、お邪魔しているよ。準備の邪魔をしては悪いと思ったんだか、どうしても私の絵がどう展示されるか、気になってね」
「はい、公爵様よりお預かりした『朝靄の聖光』は、今回の目玉、特別展示品ですので、離れの倉庫に移動して、展示まで大切に保管しておりますわ」
ふと辺りを見回すと、これまでエレーヌを見てないことに気づく。主任学芸員なら、姿を見てもおかしくないと思うが……
レオンが周りを見渡しながら
「おかしいですね」
と、アリシアに語りかける。
「エレーヌさんがいないことですか?」
「それもそうなんですが、社長は僕たちを見るときは笑っている。でも、職員を見るときは笑っていない」
「……貴方、意外と人を見ていますのね」
まずは単刀直入に、ヴィクトワール社長にエレーヌはいないのか、聞いてみる。
「ああ、彼女でしたら、今、展示品の件で外に出ておりますのよ。何か用がありましたか」
相変わらず、彼女にはぐらかされている気がするが、真意はつかめない。
「いえ、特に用はないのですが、気になったもので」
ヴィクトワールは、それ以上追及することなく、自身の持ち場へ戻っていった。
けれど、アリシアの中に残った違和感は消えなかった。
主任学芸員であるエレーヌが、展示の準備が最も忙しいこの日に、長時間外へ出ている……本当に、それだけなのだろうか。
アリシアが館内を見渡すと、職員たちは忙しそうに展示作業を続けている。けれど、どこか妙だった。父から預かった絵について尋ねると、職員たちは決まって曖昧な笑みを浮かべる。
「レイウッド公爵の絵は特別展示品ですので、厳重に保管して、離れの倉庫に移しております」
そう答えた職員が、ふと声を潜めた。
「管理については、ほとんどミラベル出身の職員だけで管理しているので……」
「どういうことです?」
「あ、いえ……」
職員は、何かを隠すように慌てて口を閉ざす。その反応が、アリシアの胸に小さな引っかかりを残した。ミラベル出身の職員。頭に浮かんだのは、先ほどから姿の見えない一人の女性だった。
「エレーヌさんがいない……」
職員の顔から、わずかに笑みが消えた。
「エレーヌさん、ですか?」
「ええ。さっきから姿が見えません。どこにいるか、ご存じありませんか?」
「それが……」
職員は言葉を濁し、視線を逸らした。やはり、何かある。アリシアはそう確信した。
「教えてください。エレーヌさんは、どこです?」
職員が答えるより早く、アリシアは踵を返した。エレーヌを探さなければならない。そして、その先にあるものを確かめるために。
蒸気都市グラン・ロアの物語、第二幕。アリシア・フォン・ベルクの新たな物語が始まりました!
各章は十話前後、一話あたり二千文字程度を予定しています。前作を読んでいなくても楽しめる内容になっておりますので、初めての方もお気軽にお読みください。
更新は月・水・金曜日を予定しています。
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