第三話 仮面の社長
蒸気機関が発達した都市グラン・ロア
そこで暮らす政府高官の一人娘、アリシア・フォン・ベルクは、大企業の御曹司に失恋してしまいました。
失恋の傷も癒えないまま、アリシアの周りには様々な事件が巻き起こります。
そんな彼女の前に現れたのは、御曹司と顔がそっくりな従兄弟のレオン・アシュフォード。
顔は瓜二つなのに、性格は正反対。自由奔放なレオンに振り回されながらも、アリシアは少しずつ世の中を知り、成長してゆきます。
そしていつしか彼のことを……。
蒸気都市グラン・ロアを舞台に、謎と事件を解き明かすスチームパンク物語、開幕です!
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※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
「よろしければ、少しお休みになってはいかがですか」
アリシアは一瞬、迷った。この女性を信用していいものか。昨日までなら、迷わず断っていただろう。けれど 、目の前のヴィクトワールは、あまりにも自然な笑みを浮かべている。
「御心遣いありがとうございます。ですが、これからご商談ではありませんか? 無関係な私が同席して良いものでしょうか」
「いえいえ、せっかくですから、少しお付き合いくださいな。それに今回の美術館には、レイウッド公の作品も展示して頂こうと思っていますのよ」
「……お父様の絵が?」
「私の会社は貿易業が本業ですが、文化事業にも力を入れておりますのよ」
父のことを言われては無関係ではいられない。せっかくなので、社長のお誘いを受けることにする。だけど今日は、レオンと社長の打ち合わせが目的なのだから、ここはレオンに任せて、話を聞くことにする。
「いやあ、ヴィクトワール社長。さすがですね。これほど短期間でここまで準備を整えるとは」
「まあ、レオン様はお世辞がお上手ですこと」
「お世辞じゃありませんよ。社長の商才には、我々もいつも助けられていますから」
相変わらず口の回る人ですこと……。アリシアはレオンを横目で感心し、聴き手に回っている。
レオンと社長の会談が一区切りついたところで、アリシアは社長になぜ父のモデルを引き受けたのか、疑問を口にする。
「どうして私がレイウッド公爵のモデルを引き受けたのか、ですか?」
ヴィクトワールは一瞬だけ目を細めた。
「それは……お嬢様がもう少し大人になられたら、お話ししましょう」
「私はもう十八です。子どものような扱いは失礼ですわ」
「あら、それは失礼。でも、あと少しお待ちいただけますか」
ヴィクトワールは悪びれもせず微笑んだ。その余裕がアリシアの心をざわつかせる。けれど、なぜかアリシアには、その笑顔が一枚の仮面に見える。
アリシアの戸惑ってる様子を見て、ヴィクトワールは話を続ける。
「でも、お気になさらないで、レイウッド公爵とは芸術仲間以外の関係ではありませんわ」
社長に軽くあしらわれているみたいで、思わず睨みつけそうになるが、ヴィクトワールは涼しい顔をしている。
これ以上詮索しても無意味だ。そう思ったアリシアは、あくまで平静をよそおい、この場をおいとますることにする。
◇
ヴィクトワールの屋敷を出たあと、アリシアはレオンに助けて貰ったお礼として、帰り際にお茶に誘う。以前、叩いてしまったことのお詫びもあるし、社長のことも知りたい。
オープンカフェに座ると、さっそくレオンにヴィクトワール社長について聞いてみるが、レオン曰く、社長と公爵は、芸術を愛する物同士が共感したように見えると言うことだ。
「ただ、人には色々な顔があるからね。何か隠していても不思議じゃないですよ。ところでなぜ、社長を疑うのですか?」
「……疑ってなどいませんわ」
「さっきは、睨んでいたように見えましたが?」
「それは……」
アリシアはカップに視線を落とした。
「お父様が、他の女性を描いていることが許せないのです。それにあの方、何処となくお母様に似てるから……」
「アリシア様は、レイウッド公爵が、母君以外の女性を見ていることが嫌なんですね?」
「ええ、あの方が亡きお母様に似てらっしゃるから、なおさらです!」
「……分かっていますよ」
レオンは茶器を置いてアリシアに向き合う。
「分かっていますって……貴方に何が分かりますの」
「アリシア様は、レイウッド公爵が誰かに母君の面影を求めているように見えるのが、嫌なんでしょう?」
アリシアは答えられなかった。
「その沈黙は図星……と捉えて良いのですか?」
「……意地が悪いですわ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
レオンは笑って答えるが、すぐに真顔になり、話題を変える。
「ただ――僕が気になるのは、社長がレイウッド公爵が持つと言われる、ミラベル公国の絵を執拗に欲しがっているように見えますね」
「ミラベル公国……その絵がそんなに重要なのですか?」
「ええ。実は、少し妙な話があるんです」
レオンはカップを置き、周囲を確認するように視線を巡らせた。
「ミラベル公国が併合されたとき、国外へ持ち出された美術品が大量にあったそうです。その中には、今も行方が分からない作品がかなりある」
「……それが、どうかしましたの?」
「その中の一枚が、レイウッド公爵のコレクションにあるという噂を聞いたことがあります」
「……え?」
アリシアの指が止まった。
「お父様のコレクションに?」
「噂ですよ。確かな話ではありません」
レオンはいつもの軽い笑みを浮かべる。
「でも、もし本当なら――ヴィクトワール社長がレイウッド公爵の絵に興味を持つ理由も、少し変わってきませんか?」
アリシアはすぐには答えられなかった。頭の中で、昨日の光景が蘇る。
父のモデルになったヴィクトワール。その面影は母に良く似ていた。
そして、父が所有するというミラベル公国の絵。
偶然だと思っていたものが、一本の線でつながり始めている。
「……お父様のことを、もう一度調べる必要がありますわ」
アリシアは立ち上がった。
「明日、お父様の所蔵品を確認します」
「僕もお手伝いしますよ。こういう面白そうな話を見つけたら、放っておけませんから」
その軽い笑顔の奥で、レオンの瞳だけが鋭く光っていた。
蒸気都市グラン・ロアの物語、第二幕。アリシア・フォン・ベルクの新たな物語が始まりました!
各章は十話前後、一話あたり二千文字程度を予定しています。前作を読んでいなくても楽しめる内容になっておりますので、初めての方もお気軽にお読みください。
更新は月・水・金曜日を予定しています。
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