第二話 失恋令嬢と軽薄な従兄弟
蒸気機関が発達した都市グラン・ロア
そこで暮らす政府高官の一人娘、アリシア・フォン・ベルクは、大企業の御曹司に失恋してしまいました。
失恋の傷も癒えないまま、アリシアの周りには様々な事件が巻き起こります。
そんな彼女の前に現れたのは、御曹司と顔がそっくりな従兄弟のレオン・アシュフォード。
顔は瓜二つなのに、性格は正反対。自由奔放なレオンに振り回されながらも、アリシアは少しずつ世の中を知り、成長してゆきます。
そしていつしか彼のことを……。
蒸気都市グラン・ロアを舞台に、謎と事件を解き明かすスチームパンク物語、開幕です!
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※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
次の日、グラン・ロアの空は雲ひとつなく、透き通った群青色の景色が広がっていた。優しく振り注ぐ朝の光を浴びて、アリシアは目を覚ます。
昨日、父とぶつかったことが、どうしても頭から離れなかった。いくら考えても答えは出ない。それなら、いっそ屋敷を出てしまおう。
アリシアは重たい気持ちを振り払うように朝食を手早く済ませ、ギルバートに街へ買い物に出ると告げた。
ほどなくして、蒸気自動車が屋敷の門を出る。上層区の繁華街へ着くと、アリシアは振り返ってギルバートに告げた。
「昼過ぎに迎えに来てください」
蒸気自動車を見送ると、アリシアは小さく息を吐いた。
「……少し、気分転換でもしましょう」
そう呟き、父とのことを頭から追い出すように、賑わう街へと歩き出した。
真鍮の歯車がカチカチと時を刻む大通りを散策していると、露店からシナモンなどのスパイスの香りや、燻製特有の力強い肉の旨味の匂いなどが漂ってくる。
どれも屋敷では見たこともない料理ばかりだった。普段なら口にする機会すらない。そう思うと、かえって興味が湧いてくる。
「……一度くらい、試してみてもいいでしょう」
気づけばアリシアは、香りに誘われるように露店の列へ並んでいた。
アリシアが選んだのは労働者が好んで食べるような、バケットに燻した鶏肉と塩漬け牛肉、チーズ、ピクルスを挟んだサンドイッチ。
その場でサンドイッチの美味しさに舌鼓を打っていると、大通りの向かい側に、昨日屋敷に来た女性、ヴィクトワール社長が、屈強な男性を一人連れて歩いているのが目に入る。
せっかく気分転換のために街に出たのに、あの人を見かけるなんて……。社長はどうやらアリシアに気づいてないようだ。
あのとき父は何も教えてくれなかった。それどころか、アリシアの問いにも「違う」としか答えなかった。ならば、自分で確かめるしかない。気づけば、アリシアはヴィクトワールの後を追っていた。
やがて社長たちは大通りの外れにある黒塗りの建物に入ってゆく。建物の周りを見渡すが、看板もなく、何をしている建物か分からない。それなのに入り口には屈強な男たちが立っている。
貿易会社の社長が、怪しげな建物に……何故?どうしたものかと思案していると、後ろから男に声をかけられる。
「お嬢さん、ここで何をしているのかな」
声に振り返るといつの間にか、前にも左右にも男がいる。一歩下がると背中が壁に触れた。
「なんか怪しいな、ウチに探りでも入れに来たのか?」
「ちょっと来てもらおうか」
男の一人がさらに詰め寄り、アリシアの手を掴もうとした瞬間、
「そこまでだよ。女の子が怖がってるじゃないか」
一人の青年がアリシアの前に出てきた。青年は男たちと対峙するが、お互いの顔を見た瞬間、お互い笑顔に変わる。
「久しぶりだな! 次男坊、いつ帰ってきたんだ」
『次男坊』と呼ばれた青年は、男たちに軽く手を上げた。
「つい先日ね。また、ここでお世話になるよ」
アリシアは青年を見て男たちが態度を豹変させる様子を見て、しばし呆然とする。さっきまでの態度は何だったのですか?!
……私はこの軽薄そうな青年を知っている。
レオン・アシュフォード。
ロイヤル・ギア社の一族であり、アリシアは彼と以前、一度会ったことがある。ただ、そのときは意見の食い違いから、思わず彼の頬を叩いてしまったのだが……。
気がつくと、レオンがアリシアの前に立っている。
「大丈夫ですか? アリシアお嬢様。また、お会いしましたね」
「……レオン様」
◇
名前を呼んだ瞬間、アリシアの胸を小さな痛みがよぎった。かつて、私は彼の従兄弟、ルークの婚約者だった頃を思い出す……。
だがルークは私ではない女性を選んだ。
私は……選ばれなかった。
そのことはもう、吹っ切れたと思っていた。今はルークのことを恨んでもいないし、婚約者を憎む気持ちもない。
それでも、こうして彼の従兄弟を目の前にすると、胸の奥に小さな傷がまだ残っていることを思い知らされる。
「……お久しぶりですわ」
「はい。アリシア様も、雰囲気がお変わりになられたようですね」
「そうでしょうか」
「あの頃より、お顔つきが凛々しくなられましたね」
アリシアは軽く睨みつける。他人の前であれこれと会話を聞かれたくない。
「レオン様、その話は今ここですることではありませんわ」
「はいはい。相変わらず手厳しいですね」
この人はいつもこの調子だ。はぐらかしてばかりで本心が見えない。
「それに貴方、以前私に叩かれたことを根に持っていませんの?」
「むしろ、忘れられない思い出ですよ」
レオンは笑っていた。その目には怒りも皮肉もなく、あの日のことを懐かしんでいるようだった。
◇
二人が再会を果たしているとき、アリシアに男たちが近寄ってきた。先程とは態度を一変させて、並んで直立して謝罪している。
「アリシア様、先ほどは大変失礼いたしました。我々は何分、高価なものを扱っているので、つい……」
彼らは職務を忠実に実行しただけ。悪意はないのだろう。レオンによると、この会社はロイヤル・ギア社と懇意にしている取引先とのことだ。
「今度、近くに美術館ができるのは知ってますか?」
「ええ、知っていますわ」
「あそこにはロイヤル・ギア社も出資していてね。展示品の運搬や設備について、話をしに来たんですよ」
どうやら本当に商談だったらしい。アリシアは、ひとまず胸を撫で下ろした。ならば、これ以上ここにいる理由はない。レオンに礼を言い踵を返すと、女性の声で引き止められる。
「お呼び立て失礼いたします。アリシア・フォン・ベルク様でいらっしゃいますね」
その女性は優雅に一礼した。
「私はヴィクトワール・ローランと申します。小さな貿易会社で、社長をやらせて頂いております」
そして、アリシアをまっすぐ見つめて微笑む。
「先ほどは、うちの者が大変失礼いたしました。よろしければ、少しお休みになっていかれませんか?」
蒸気都市グラン・ロアの物語、第二幕。アリシア・フォン・ベルクの新たな物語が始まりました!
各章は十話前後、一話あたり二千文字程度を予定しています。前作を読んでいなくても楽しめる内容になっておりますので、初めての方もお気軽にお読みください。
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