第二章 8話 下層区での再会
蒸気機関が発達した都市グラン・ロア
そこで暮らす政府高官の一人娘、アリシア・フォン・ベルクは、大企業の御曹司に失恋してしまいました。
失恋の傷も癒えないまま、アリシアの周りには様々な事件が巻き起こります。
そんな彼女の前に現れたのは、御曹司と顔がそっくりな従兄弟のレオン・アシュフォード。
顔は瓜二つなのに、性格は正反対。自由奔放なレオンに振り回されながらも、アリシアは少しずつ世の中を知り、成長してゆきます。
そしていつしか彼のことを……。
蒸気都市グラン・ロアを舞台に、謎と事件を解き明かすスチームパンク物語、開幕です!
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※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
アリシアは執事室に通され、柔らかな光が差し込む窓際の椅子を勧められる。部屋の空気を入れ替えるため窓を開けると、心地よい風が若葉のみずみずしい香りを運んでくる。
「このようなものしかございませんが、宜しければ、お召し上がりください」
「ありがとう、頂きますね」
ギルバートが手際よく淹れてくれたベルガモットの紅茶を一口含むと、柑橘類の爽やかな香りが漂ってくる。添えられたスコーンとマーマレード・ジャムを頂くと、張り詰めていた心がすっと解けていく。
「ギルバート。一昨日の冒険者の男について……何か知っているのね?」
直球の問いかけに、老執事は静かに目を伏せ、ポットを置いた。
「……あの男の名は、クリスタ・ボールド・アーキン。古い冒険者でございます。ですが、数年前、旦那様が個人的に彼へ仕事を依頼された際の資料も……すべて旦那様ご自身の手で破棄されております」
「記録が……ない? お父様が破棄したの?」
「はい。私の推測ですが……旦那様はあえて、クリスタ氏との関わりを過去から完全に抹消しようとされたのだと思われます」
父が意図的に隠蔽している事実。ならば、この屋敷で父の帰りを待っていても、本当のことは永遠に分からないままだ。
(警察へ行けば、何か手がかりが得られるかもしれない……)
「ありがとう、ギルバート」
私はお礼を言うと、反対するギルバートを押し切り、外出の準備を整えた。屋敷の蒸気自動車を手配させると、私はグラン・ロアの街へと向かった。
その様子を、マテオたちが別館の窓から見ていた。
「やれやれ、しょうがないお嬢様だ。出かけるぞ。アリシア様を護衛する」
マテオたちは、数名に身支度を命じ、自身も外に出る準備をする。
◇
蒸気自動車から降り立つと、グラン・ロア上層区の大通りは活気に溢れていた。煤けた作業着の職人たちや、上質な衣類に身を包んだ紳士淑女が共に、石畳を叩く馬車の音が響く大通りを闊歩している。
これだけ人が多いと、この中から一人を見つけるのは至難の業だ。やみくもに探しても、らちが明かない。この街の中で、冒険者が足を運びそうな場所は、おそらく下層区。
大通りを抜けて上層区の外れにある階段を降り、薄暗い下層区へと足を踏み入れる。
階段を降りていくにつれ、空気がどんよりと濁り、石炭の焦げた臭いが鼻腔を突いた。行き交う人々の服は煤けて汚れ、目つきも険しい。
上質な上着を着た私が一人で歩いていると、路地裏から不穏な視線がいくつも突き刺さってきた。胸の高鳴りを抑え、大通りに面した下層区の警察署へ飛び込む。
対応に出たダストン巡査部長は、アリシアが差し出した名前を聞くと、苦々しそうに額を掻いた。
「……クリスタ・ボールド・アーキンですか。あの男なら我々も行方を追っているところですよ。街中で剣を帯びている『剣狩り』法令の違反者ですから……。ですがアリシア様、あんな危険な荒くれ者に関わるのはおやめください。お怪我をされるだけです」
警察も事件の全容を知っているわけではなく、単なる法令違反者として追っているだけだった。ダストンの制止を受け、アリシアは肩を落として警察署を後にした。
(やはり、私一人で探すなんて無理だったのかしら……)
冷たい溜息をつき、上層区へ戻る馬車を拾おうと通りへ出た。そのとき、向かいの狭い路地から、フラリと歩いてくる一人の男と、ピタリと視線がぶつかった。
着古して煤けた服。ちぐはぐな鉄の肩当て。そして右腕の肩から手首にかけて刻まれた、痛々しい大きな傷痕。
間違いない。先日、屋敷に来たあの冒険者、クリスタだった。
蒸気都市グラン・ロアの物語、第二幕。アリシア・フォン・ベルクの新たな物語が始まりました!
第二章から、更新ペースを変更します。
各章は二十話前後、一話あたり千〜二千文字弱を予定しています。前作を読んでいなくても楽しめる内容になっておりますので、初めての方もお気軽にお読みください。
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