第二章 6話 忠誠の儀式
蒸気機関が発達した都市グラン・ロア
そこで暮らす政府高官の一人娘、アリシア・フォン・ベルクは、大企業の御曹司に失恋してしまいました。
失恋の傷も癒えないまま、アリシアの周りには様々な事件が巻き起こります。
そんな彼女の前に現れたのは、御曹司と顔がそっくりな従兄弟のレオン・アシュフォード。
顔は瓜二つなのに、性格は正反対。自由奔放なレオンに振り回されながらも、アリシアは少しずつ世の中を知り、成長してゆきます。
そしていつしか彼のことを……。
蒸気都市グラン・ロアを舞台に、謎と事件を解き明かすスチームパンク物語、開幕です!
感想・ブックマーク・評価をいただけると、とても励みになります。よろしくお願いいたします。
※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
昼食後、私は侍女の手を借りて仕度を整えた。
鏡に映る我が身を確かめる。なめらかな銀髪を綺麗に結い上げ、身に纏ったのは青を基調とした軍服風のドレスだった。
レースをあしらった可憐なドレスを避け、あえて凛とした立ち姿を強調する意匠を選んだのは、ただ護衛されるだけの弱々しい存在にはなりたくないという、私のささやかな抵抗だった。
◇
鏡に映る自分の姿に、衣装の乱れはないか見つめて、決意を新たにして執務室に向かう。
重厚な執務室の扉を開けると、そこには父と執事のギルバート、そして部屋の右側に整然と並ぶ若き男たちが待っていた。
赤と白を基調とした華やかな制服を身にまとい、腰に細身の刺突剣を帯び、胸元には最新式の魔導銃を下げている従銃士隊の騎士たち。
「アリシア、紹介しよう。我らを護衛するために駆けつけてくれた従銃士隊の面々だ」
父の呼びかけに応じ、隊列の先頭から一人の青年が一歩前に出た。
漆黒の髪に、浅黒い肌。南国系の整った顔立ち。そして隙のない立ち振る舞い。青年は私へ近づくと胸に手を当てて、うやうやしくお辞儀をした。
「お初にお目にかかります、アリシア様。ガルア騎士団従銃士隊の隊長を務めております、マテオ・デ・イジャルタと申します。以後、お見知りおきを」
滑らかな声に、洗練されたお辞儀。社交界であれば、誰もが憧れるような貴公子の姿だった。
それなのに、アリシアの本能が、この男に対して激しい拒絶反応を示していた。
貼り付けたような笑顔の奥にある、冷たく計算深い瞳。隙のない完璧な仕草が、まるで精巧に作られた人形の仮面のように見えてならなかったのだ。
「丁寧なご挨拶、感謝いたします、マテオ隊長」
私は意識して表情を変えず、距離を置いた声調で応じた。
「お父様、これほど立派な方が護衛についてくださるなら安心ですわね。マテオ様、どうぞ父の期待に応えられますよう、警備に精励なさってください」
最後に微笑んで『父の護衛』であることを強調し、社交的な挨拶をここで切り上げようとした、そのときだった。
「アリシア様、光栄の極みにございます」
マテオは不意に、私のすぐ目の前で片膝をついた。
(……えっ!?)
彼はすっと顔を上げ、下からアリシアを見上げ、無言で見つめている。その行動にアリシアは一瞬、戸惑うが、すぐには手を差し出さずに軽く頭を下げる。
しかしマテオは動かない。その場の誰もが、言葉を発しなかった。
社交界において、貴婦人に手を差し出させ、その手甲に口づけをする『忠誠の儀式』は、女性側から手を差し出すのが絶対の作法だ。男性側から強要するなど、極めて無礼な行為にあたる。
だが、マテオはただ目の前で片膝を着いただけ。何も強要していない。しかし誰から見てもマテオがアリシアが手を差し出すのを待っているのは明白だった。
もし黙ってこの場を去るか、拒絶すれば、父の面目を潰し、騎士団との間に致命的な亀裂が入るかもしれない。
周りの従銃士たちや父、ギルバートの視線が私に集中していた。マテオはそれをすべて計算した上で、私を試すように不敵な笑みを浮かべている。
「……くっ」
私は奥歯を強く噛み締め、震える手を静かに差し出した。
その瞬間、マテオの薄い唇の端が、ほんのわずかに吊り上がった。私の屈服を勝ち取ったと確信したかのように。
彼はうやうやしく私の手を取り、その手甲へ唇を寄せた。
ぬっと触れた感触。芝居がかった動作に対する強烈な気味悪さと嫌悪感で、背筋に鳥肌が立つ。今すぐ手を振り払い、その顔を打ち据えたい衝動を必死で抑え込み、私はただ無心になってその屈辱的な数秒に耐えた。
「全力を尽くして、アリシア様とお屋敷をお守りいたします」
唇を離したマテオが、恍惚とした瞳で私を見上げながら呟いた。
◇
「マテオ様、見事な手並みでしたね」
別館へ戻る廊下で、部下の一人が擦り寄るように声をかけた。
マテオたち従銃士隊は、若くして選ばれたという選民意識からか、冒険者のような倫理観に欠ける無法者を心底、軽蔑していた。
「今回のレイウッド公の依頼は良い機会だ。無法者を公然と排除出来るのだからな」
マテオは白手袋を外し、自身の指先を眺めながら冷ややかに笑った。
その頭に浮かぶのは、吸い込まれるような美しい青い瞳と、輝く銀髪を持ったアリシアの姿だ。
(俺は伯爵家の末端に過ぎん。だが、この件で功績を挙げ、公爵に貸しを作れば……あの高慢な令嬢を我が物にするのも夢ではない)
自らの野心を隠そうともせず、マテオは暗い欲望を瞳に宿して笑みを深めた。
蒸気都市グラン・ロアの物語、第二幕。アリシア・フォン・ベルクの新たな物語が始まりました!
第二章から、更新ペースを変更します。
各章は二十話前後、一話あたり千〜二千文字弱を予定しています。前作を読んでいなくても楽しめる内容になっておりますので、初めての方もお気軽にお読みください。
毎日更新できるように頑張ります。
評価・感想・ブックマークなどをいただけると、とても励みになります。
どうぞよろしくお願いいたします!




