第二章 4話 夜明けを開く剣
蒸気機関が発達した都市グラン・ロア
そこで暮らす政府高官の一人娘、アリシア・フォン・ベルクは、大企業の御曹司に失恋してしまいました。
失恋の傷も癒えないまま、アリシアの周りには様々な事件が巻き起こります。
そんな彼女の前に現れたのは、御曹司と顔がそっくりな従兄弟のレオン・アシュフォード。
顔は瓜二つなのに、性格は正反対。自由奔放なレオンに振り回されながらも、アリシアは少しずつ世の中を知り、成長してゆきます。
そしていつしか彼のことを……。
蒸気都市グラン・ロアを舞台に、謎と事件を解き明かすスチームパンク物語、開幕です!
感想・ブックマーク・評価をいただけると、とても励みになります。よろしくお願いいたします。
※本作は小説家になろう、カクヨムで同時掲載しています。
「いつからそこにいらしたのですか!?」
いつの間にアリシアに近づいたのか。死角から現れたレオンに、アリシアは息を飲んだ。
(……ま、まさか、胸元を仰いでたところを見られたかしら)
胸元を緩めて仰いでいた姿を、見られたかもしれないという恥ずかしさを押し殺し、アリシアは必死に平静を装って胸元を整え、レオンを見あげた。
「たった今ですよ。レイウッド公に書類をお渡しして帰ろうとしたら、健康的に汗を流しているアリシア様のお姿が見えたものですから」
飄々とした笑みを浮かべるレオン。屋敷の方から先ほど聞こえた父の大声は、やはりレオンが原因だったらしい。
「なるほど、先程の父の大声は、貴方が原因なのかしら? いったい何がありましたの?」
まるで責めるように問われたレオンは、困ったように頭を掻いた。
「いやあ、本来は義兄のルークが来るべき交渉だったのですが、引き継ぎで手が離せなくて。で、僕が代理で書類と伝言を届けたら、公爵様に『誠意がない』とお叱りを受けましてね」
まるで他人事のような言い草に、私は少しだけ眉をひそめた。
「父が怒ったのは、貴方のその態度に対してではありませんの? もう少し毅然と、誠実に振る舞われてはいかがですか」
アリシアに責められても、レオンはどこ吹く風といった様子だ。
「手厳しいですね。でも、人はそれぞれですよ。僕は地面に縛り付けられるより、風のように自由気ままに生きたい質なんです」
レオンは悪びれる様子もなく笑うと、当然のように私の隣へ腰を下ろした。視線が、ベンチの脇に置いた草刈り用の鎌にとまる。
「お庭の剪定なら、手伝いましょうか? こう見えて手先は器用なんです。刃物の扱いには慣れていましてね」
レオンは片手で滑らかに鎌を持ち上げると、クルリと一回転させてみせた。無駄のない、洗練された指先の動き。見取れてしまうほどの滑らかな手さばきに、思わず息をのむ。
「……お気持ちはありがたいけれど、もう作業は終わったところよ」
「それは残念だ。アリシア様のお役に立てる絶好の機会だと思ったのですが」
レオンが大袈裟に肩をすくめてみせる。だが、その視線がふと、屋敷の一階、補修用の木板で塞がれた窓枠へと向けられたとき、彼の瞳から軽薄な色がすっと失われる。
「ところで、あの窓は一体どうされたのですか?」
昨日の出来事が脳裏に蘇り、胸の奥が不機嫌に波立った。つい、返答も声を荒げてしまう。
「昨日、無礼な冒険者が押し入ってきたのよ。父と怒鳴り合いになって……最悪だったわ。まるで母のことを知っているかのような口ぶりで」
「冒険者、ですか……。どんな男でした?」
食いつくようなレオンの問いに、私は首を傾げた。
「着崩した服に、ちぐはぐな鎧。路地裏にいる荒くれ者そのものよ。……そういえば、右腕に沿って大きな傷跡があったわ」
「右腕に、傷……」
レオンの顔から笑みが消えた。深く思考の海に沈んでいくその横顔を見て、アリシアは確信する。彼は何かを知っている。
「レオン。貴方、心当たりがおありなのね?」
アリシアは身を乗り出し、レオンの顔を覗き込む。だが、レオンはすぐに目元を緩め、いつもの掴みどころのない笑みを張り直してみせた。
「……まさか。珍しい特徴だなと思っただけですよ。不確かな噂で人を語るものではありませんから」
はぐらかすような言葉だった。けれど、その瞳にはどこか影が落ちていた。触れてはいけない傷口に触れてしまったような静寂が、二人を包み込む。
レオンはその沈黙を破るように、破顔した。
「でも、僕は冒険者を嫌いにはなれませんね。幼い頃、本の中で彼らの冒険譚に胸を躍らせ、強く憧れましたから。……そう、アリシア様は『夜明けを開く剣』という古い物語をご存じですか?」
不意に出てきた懐かしい書名に、私は驚きで目を丸くした。
「知っていますわ! 母が昔、何度も読み聞かせてくれた大好きな本ですもの。特に……あの主人公が旅立つときの言葉が」
ふっと息を合わせるようにして、二人の声が重なった。
『夜の先には、いつだって新しい朝が待っている』
言葉が重なった瞬間、お互いに口元を押さえ、顔を見合わせた。
レオンはいつもの意地悪な笑みを消し、柄にもなく照れくさそうに首筋を掻いている。陽光に透けるその瞳が、少しだけ揺れていた。
「……あはは、まさか同じ本が好きだったとは……そろそろ、失礼しますね。長居をしてお邪魔しました」
「ええ。引き留めてしまってごめんなさい……」
背を向けて去っていくレオンの背中を、私はしばらく見送っていた。
幼い頃、母の温もりと共に聞いていた思い出の本。いつの間にか手元から消えてしまったあの本と、レオンの見せた寂しげな瞳。
胸の奥に残る小さな疑問を抱えたまま、アリシアは静かな庭園の風の中に佇んでいた。
蒸気都市グラン・ロアの物語、第二幕。アリシア・フォン・ベルクの新たな物語が始まりました!
第二章から、更新ペースを変更します。
各章は二十話前後、一話あたり千〜二千文字弱を予定しています。前作を読んでいなくても楽しめる内容になっておりますので、初めての方もお気軽にお読みください。
毎日更新できるように頑張ります。
評価・感想・ブックマークなどをいただけると、とても励みになります。
どうぞよろしくお願いいたします!




