検問
塩の匂いがしはじめたのは、五日目の昼過ぎだった。
ミトは荷車の縁から身を乗り出して、鼻をひくつかせた。ジャンセーナの乾いた石の匂いとはまるで違う。湿っていて、少し生臭くて、遠くで何かが煮えているような匂いがする。
「カッチュッコの匂いだ」
「まだ町にも入っておりませんが」
スケが荷の上から言った。
「するもん」
街道の先に市門が見えている。石造りの太い門で、その手前に荷車の列ができていた。教皇国の南の端で、この先はもう海だ。名目上は同じ国の中だが、港には外から船が入る。だから門がある。
ウッカリーノが手綱を引いて列の最後尾につけ、それから振り返った。額に汗をかいている。この五日で三度めの説明だった。
「いいですかい。あっしはウッカリーノ商会のウッカリーノ。旦那がたは荷運びと護衛。お嬢さんはあっしの姪。ここまではよろしいですね」
「うん」
「で、旦那がた。お嬢さんのことは」
スケとカシが黙った。
五日かけて、ここだけがどうにもならなかった。二人とも育ちがいい。育ちがいいというのは、この場合、口が言うことを聞かないという意味である。
「……ミト様」
「だから!」
「すまん」
「謝られても困るんでさぁ!」
ウッカリーノは荷の隙間から包みを引き出して、ミトに押しつけた。麻布から出てきたのは、こげ茶色の熊のぬいぐるみだった。手足が短く、目のところに黒い玉が縫いつけてある。
「これでいきましょう」
「なにこれ」
「ヤシッチョでさぁ。旦那がた、お嬢さんに用があるときは、こいつに言ってくだせぇ。それなら名前が出ねぇ」
ミトは熊を両手で持ち上げて、しげしげと眺めた。それから顔の前に構えて、口を動かさずに――正確には、動かしているのが丸わかりの調子で――言った。
「ボクはヤシッチョ。よろしくね」
カシが息を呑む音がした。
「……ヤシッチョ様」
「様をつけるんじゃねぇよ!」
列が進んだ。
門番は四十がらみの男で、鑑札にはほとんど目をくれなかった。彼が見ているのは荷の方だ。この門は税を取るためにある。何人で来たかより、何を持ち込んだかが仕事だった。
「荷を開けろ」
スケが剣を鞘ごと外して脇に置き、麻袋の口を緩めた。門番が中に手を入れる。乾物、布地、それから小さな革の包み。
包みが開かれた。
鋏が一挺。刃の細い、先の尖ったやつだ。針入れと糸巻きが一緒に入っている。
「……裁縫道具か」
「うちの姪がやるんでさぁ」
ウッカリーノの声が少しだけ高かった。門番は鋏を戻して、袋の口を締めた。
「入市税は八十モーン。荷は明日までに市場で申告しろ」
「へい」
カシが黙って銅貨を数えて渡した。上着の内側で、板のような何かが胸に当たっているのが、彼にだけ分かる。
「その娘は」
「姪でさぁ」
ミトが熊を持ち上げた。
「姪だよ」
門番は一瞬だけ手を止め、それから何も言わずに顎で先を示した。荷車が門をくぐる。石の天井の下は暗く、抜けた先が急に明るい。
海だった。
斜面に沿って屋根が段々に積み重なり、その下に灰色の水が広がっている。帆柱が林みたいに立っていた。ミトは熊を抱えたまま立ち上がって、しばらく黙っていた。
「スケ」
「はい」
「カッチュッコって、雑魚を全部入れて煮るんだって。ガイドブックに書いてあった。売れない魚ばっかり集めて作るから、漁師の食べ物だったって」
「はい」
「五日かけて来たんだから、いちばん美味しいのを食べようね」
ヤシッチョの黒い目が、港の方を向いていた。




