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ロッサ・ディ・マーレ 〜火山島に燻る魔女の罪〜  作者: 山城すな
第六章

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19話:アルタ・モーダ

「ところで、あなたドレスは持ってるの?」


 昼下がりの食堂で、アンナが唐突にそんなことを聞いてきた。

 澪は首を傾げる。


「ドレス、ですか?」


「そう、ドレス」


「持ってるわけないじゃないですか」


 即答だった。するとアンナの表情が固まった。そして数秒後に、


「大変だわ」


と、慌てたように立ち上がる。


「え?」


「どうしよう。仕立て屋に頼んでたら間に合わないじゃない」


「何がですか?」


「ソフィア! ローザ! ちょっと来て!」


 それから間もなく、食堂の奥から女性陣がぞろぞろ集まってくる。

 嫌な予感しかしなかった。


「あの」


「腕上げて」


「え?」


「ほら早く」


「え、ちょっ」


 次の瞬間には巻尺が首に回り、肩を測られ、腰を測られ、足を測られていた。


(これは……もしかして私、捕獲された?)


 逃げられない、と澪は悟った。前方にはアンナ、左右にはソフィアとローザ、背後にはいつの間にか裁縫箱を抱えた女性が立っている。


 まるで獣道の出口を塞がれた小鹿だった。

 しかも恐ろしいことに、彼女たちは全員、善意と好奇心で目を輝かせていた。アンナたちは色々言いながら、澪の体をペタペタ触ってまわり、前から後ろからしげしげと眺めた。


「細いわねぇ」


「羨ましい」


「でも出るべきとこが少し足りないかも」


「……うるさいやい」


 澪は無言で聞いていたが、揶揄われて思わず呟いた。周囲から笑い声が上がった。


「かわいい」


「拗ねた」


「若いわねぇ」


「ねぇ、だから何なんですか!?」


 澪が抗議しても誰も聞いていない。


「青かしら」


「赤もいいわよ」


「顔立ちは意外に大人っぽいのよね」


「でも雰囲気は可愛い系」


「あえて攻める?」


「いや攻めるべきでしょ」


 話がどんどん進んでいく。澪だけが置いていかれていた。


 やがて机の上に二枚のドレスのデザイン画が並べられる。


 一枚目は青。柔らかな生地が波のように広がるノースリーブのドレスだった。裾はふわりと広がるAライン。上品で清楚で、どこか海を思わせる。


「わあ……可愛い!」


 思わず声が漏れる。こちらは澪の好きな雰囲気だった。


 もう一枚は赤。艶のある生地。首元を美しく見せるホルターネック。身体の線をなぞるマーメイドライン。さらに横には深いスリット。


「待って」


 澪は真顔になった。


「待ってください」


「なによ」


「これ布足りてます?」


 女性陣が爆笑した。


「足りてるわよ!」


「むしろ多いくらい!」


「絶対こっち!」


「いやいや青!」


 女性陣の中でも意見が真っ二つに割れる。やや赤が優勢か。しかし、ここはドレスを着る本人の意思が最も尊重されるべきだ。澪は強い意志で青を指差した。


「私は断然こっちです!」


 ところがなぜか女性陣は納得しない。


「えー」


「赤でしょ」


「絶対赤」


「もったいない」


「何がですか」


「色々?」


 意味が分からなかった。その後も澪は、デザイン画を手にした女性たちに引っ張られ、様々なポーズを取らされたりして、すっかり目を回していた。


 しばらく大論争が続いた後、アンナがぱん、と手を叩く。


「決めた」


 全員が振り返り、アンナの方を見た。


「最終判断はボスに任せる」


「なんで!?」


 皆が名案だと頷きあう中、澪だけが悲鳴を上げた。

 最終判断はボスに任せる。その一言で、澪の運命は本人の手を離れてしまったのだった。


 *


 数十分後、サルヴァトーレの執務室には場違いな人数の女性たちが集まっていた。

 アンナはサルヴァトーレの前に二枚のデザイン画を差し出した。サルヴァトーレは机の上の書類から視線を上げた。


「これは?」


「ドレスです」


 アンナが真剣な表情で答える。


「それは見れば分かりますが」


「どっちがいいか決めてください」


「……なるほど、わかりました」


 サルヴァトーレは無言で二枚のデザイン画を受け取り、青と赤のドレスの絵をしばらく見比べていた。

 その後、視線が澪へ向いた。澪は何となく背筋を伸ばした。またデザイン画へ視線が戻る。それが二、三回繰り返される。


 執務室に妙な沈黙が広がる。女性たちは固唾を飲んで次の言葉を待っていた。澪にはこの数秒間が、無限のように感じられた。


 やがてサルヴァトーレは紙を机へ置いた。


「赤で」


 その瞳には一切の迷いはない様子だった。澪は頬を引きつらせて固まった。

 なぜ、なぜ赤なのか。なぜよりによって、布面積に不安を覚える方を選んだのか、この澄ました男は。


(絶対、似合わないんだけど!?)


 澪は心の中で、全力でブーイングをした。

 抗議しようと口を開きかけたが、サルヴァトーレはすでに書類へ視線を戻していた。判決は下ったのだ。抗議の機会はなかった。


 執務室を出た瞬間、女性陣が沸いた。


「やっぱり!」


「さすがボス!」


「見る目あるわ!」


「絶対似合うと思ったのよ!」


「でも意外ね」


「ねぇ?」


 きゃあきゃあと盛り上がる女性たちは楽しそうで、澪だけが不安だった。


「ほ、本当に……?」


 その呟きを誰も聞いていなかった。


 *


 翌日——

 すでに空き部屋のひとつが即席の仕立て部屋になっていた。赤い生地。型紙。糸。そして大量の裁縫道具が持ち込まれた。


 澪は今、その中央に立たされている。


「動かないで」


「はい」


「顎上げて」


「はい」


「そのまま」


「はい」


 そのまま十分が経過し、二十分が経過。ついに三十分が経過した。その間、澪はほぼトルソーだった。


「……」


「動かない」


「はい」


「偉い」


「ありがとうございます」


 何を褒められているのか分からない。だが、アンナが真剣な顔で針と糸を動かしているのを見ると、澪も自分の役割らしきものを全うするしかなかった。


 ようやく休憩になったところで澪は尋ねた。


「そういえば」


「ん?」


「結局これ、何の衣装なんですか?」


 部屋の空気が止まった。女性陣が顔を見合わせる。


「あれ?」


 アンナが首を傾げた。


「ボスに聞いてないの?」


「ええ、何も……」


 数秒の沈黙。そして——


「あんた、教団の慈善パーティに行くんだよ」


 アンナが言った。澪は瞬きを繰り返した。


「……へ?」


「潜入調査みたいなもんかねぇ」


 さらりと言われる。


「どうせ敵の懐に飛び込むんなら」


 アンナは完成途中の赤いドレスを見上げた。そしてにやりと笑う。


「特別な勝負服で行きたいだろう?」


 数秒後、澪の脳がようやく理解した。


「え……」


「え?」


「えええええっ!?」


 悲鳴が部屋いっぱいに響き渡った。


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