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ロッサ・ディ・マーレ 〜火山島に燻る魔女の罪〜  作者: 山城すな
第三章

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10話:禁忌の男

「今日こそ町に出られるんだろうか……」


 チェネレに来てから数日後、澪は談話室のソファに座り、大きなため息をついていた。


 外に出るときは必ずネッロを同行させること——それがサルヴァトーレとの約束だった。


 だが、蓋を開けてみればネッロは普段通りに仕事をしているし、外に調査に出られるのは非番の時か、見回りの時だけ。


(なかなか、調査が進まない……)


 祖母の残した手紙の謎、そして自分が教団に狙われる理由の調査を進めなくては……と焦る気持ちは募る一方だ。


 今日も手持ち無沙汰のまま談話室のソファに座り、アンナに淹れてもらったカフェラテを口にする。ミルクのきめ細かな泡が澪を慰めるように口内に広がった。


 その柔らかな感覚と裏腹に、ままならない状況に思い悩んでいると、横の壁に掛けられている古い写真に気がついた。


(あれ、これって家族写真かな?)


 カップをサイドテーブルに置いて、澪は壁に歩み寄り、写真をよく見ようと顔を近づけた。


 写真の中央には、冷たく厳格な表情の男が座っていた。どことなく、サルヴァトーレに面影が似ている。


 隣には、長いワンピースを着た、おとなしそうな女性が座っている——この人が母親だろうか。


 その両側に子供たちが五人綺麗に整列していた。女の子が二人、男の子が三人。


「——スピネッリ家だ」


 不意に後ろから低い声が聞こえ、心臓が跳ねる。振り返るとトニオが立っていた。


「スピネッリって、サルヴァトーレさんの……?」


 トニオは澪の問いに答えずに続けた。


「真ん中が先代マルチェロ。右端の坊主がサルヴァトーレだ」


 大人しそうな、ひょろっとした男の子が一番端に立っていた。


「この子が……?」


 誰一人微笑まず、口を一文字に結んでいる。その姿は、この一家の厳格さを物語っていた。


「サルヴァトーレさんはお父様に似てらっしゃるんですね」


「似ている、か……」


 トニオは嘲笑うように呟いた。


「地に落ちた権力を取り戻すため、マルチェロは残酷なほど冷徹だった。あの坊すら甘く見える程にな……」


(お父様は、サルヴァトーレさんより怖かったってことか……)


 澪はトニオの様子が気になり顔を覗き込む。彼は感情を消したような、どこか遠い目をしたまま、小さくため息をついた。


「まさか、この青白い坊主が最後まで生き残るとはな」


(“最後まで”ってことは——)


 澪の脳裏にあの冷たい灰色の瞳が浮かんだ。その瞳に何を映してきたのか、想像するのも恐ろしい気がした。


「これが、全員写っている唯一の写真だ」


 そう言われて辺りの壁に目を向けた。確かに他に写真はない。だが、家族写真のすぐ横の壁に、日に焼けていない長方形の跡があった。


「ここにも誰かの写真が掛かってたんですか?」


 枠の跡だけが黒く残っている。少しの沈黙ののち、トニオは声をひそめて答えた。


「……ルチアーノだ」


「ルチアーノ……? どうしてその人の写真は外されたんです?」


「タブーだ」


 トニオは眉をしかめながら壁の跡を睨みつけた。


「魔女の娘に誑かされ、チェネレを売った……スピネッリ家の汚点」


 声色は低く冷たい。澪は息を詰め、問いを重ねることができなかった。


「お前もいずれわかる。スピネッリの血は、魔女に呪われている」


 トニオは澪を一瞥もせずに呟く。


「えっ……?」


 その表情は変わらなかった。その声だけが妙に重く聞こえた。

 澪は再び写真を見つめた。幼いサルヴァトーレ。そのあどけなさの残る顔と凍りついた表情の不自然さに、胸の奥がざわめいた。


(呪われた家系……)


「いた、いた! トニオ!! ちょっと来ておくれよ」


 急に談話室に明るい声が響いた。アンナだ。


「なんだ、騒がしい」


 トニオがイラついた様子で答えると、アンナは怯むことなくトニオに笑いかける。


「厨房のオーブンがおかしくなっちまって、ちょっと見てくれないかい?」


「若いのに頼めばいいだろう」


「そいつが情けないことに『古い型だからわからない』って、若いのじゃだめでねぇ」


 煩わしげに眉をしかめるトニオに、アンナは肩をすくめてみせた。


「前も上手いことやってくれただろ? なんとか頼むよ」


「まったく、オーブン程度で……」


 アンナの押しの強さに観念したのか、トニオはぶつぶつ呟きながらキッチンへ去っていった。


「それにしても——スピネッリ・ファミリーか……」


 トニオの話に、澪は薄寒さと静かな恐怖心を覚えたのだった。


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