第15話:消せない記憶、届かぬ正体(旅の道中)
看病の一件以来、二人の空気はどこか甘酸っぱいものに変わっていた。
ある日の夕暮れ。焚き火を囲みながら、シンは背中の十字架の棺を愛おしそうに見つめ、ぽつりと漏らした。
「……昔、妻と約束したんだ。もし、子供が生まれたら、男の子なら『エル』、女の子なら『シア』って名付けよう、ってな。……馬鹿げた、叶わぬ約束だが」
シンの寂しげな横顔。
その言葉を聞いた瞬間、ミキの胸に、前世の――あの幸せだった我が家での記憶が鮮烈に蘇った。その名前は、あの日、二人で笑いながら決めた、大切な、大切な名前だ。
ミキは胸がいっぱいになり、今の姿であることを忘れ、愛おしさを込めて自然に言葉を返してしまった。
「馬鹿げてなんてないよ。……だって、その子が大きくなったら、シンの優しい魔法を教えてあげるって、そう続けて約束したじゃない」
カラン、と。
シンが持っていた薪が、手から落ちた。
「お前……」
シンはゆっくりと振り返る。仮面の奥の瞳が、恐怖すら孕んだ驚愕に染まっていた。
「なぜ……それを知っている。その約束は、あの夜、俺と美紀の二人きりの部屋で話した、誰にも言っていないはずの秘密だぞ……ッ!?」
「あ……!」
ミキはハッと息を呑み、両手で口を覆った。やってしまった。
シンは立ち上がり、ミキの肩を激しく掴む。
「お前は、一体何者なんだ! なぜ美紀の言葉を知っている! 答えろ、ミキ!!」
シンの動揺と、必死な眼差し。ミキの目から涙が溢れそうになる。
「私が美紀なの!」と言いたい。けれど、女神との契約、そして今のこの身体の事実がそれを阻む。
「ごめんなさい、私……」
ミキが言葉を詰まらせた、その時だった。
「――そこまでだ、闇の魔導士。その少女から手を離せ!」
背後の街道から、無数の硬質な足音が響き渡った。




