第9話:十字架の棺と、切なき恋心
その日の夜。宿屋の一室。
ミキがふと目を覚ますと、部屋の片隅で、シンが背中を向けて座っていた。
彼の前には、あの巨大な十字架の棺。
シンは仮面を外し、凍りついた棺の蓋に、そっと額を押し当てていた。その表情は、昼間の冷徹さやコミカルな困惑とは違い、痛々しいほどの絶望と愛に満ちていた。
「美紀……。今日、不思議な少女に会ったんだ」
シンの掠れた声が、静かな部屋に響く。
ベッドの中で息を潜め、ミキはその言葉に耳を澄ませた。
「彼女の名前も、ミキと言うんだ。お前と同じ名前で、お前の作るスープの味がして……お前と同じような、優しい目をしている。……俺は、一瞬だけ、お前が帰ってきたのかと思ってしまった」
シンは自嘲気味に、悲しく微笑んだ。
「馬鹿げているよな。お前はここに、俺の隣で眠っているというのに。……俺は一瞬でも、お前以外の女に心を揺らしてしまった。許してくれ、美紀。俺が愛するのは、世界でただ一人、お前だけだ。何があっても、お前を生き返らせてみせる……」
棺の中の「死んだ自分」に向けて、一途な愛を誓うシン。
それを特等席で聞いている、生きている方の美紀は、胸が締め付けられるほど切なくなった。
(シン……私はここにいるよ。あなたの目の前にいるのに……!)
自分の遺体に嫉妬するという、あまりにも奇妙で切ない感情。
けれど同時に、これほどまでに自分を愛し続けてくれているシンの深すぎる愛に、ミキの目からも涙がポロポロと溢れ落ちた。
(待っててね、シン。死者蘇生なんて危険な魔法、絶対にさせない。私があなたを、もう一度絶対に幸せにするから……!)
マントをぎゅっと握りしめ、美紀は暗闇の中で、改めてシンを救うことを誓うのだった。




