夜会の相手。
「ふふふ……あとは当日を待つだけね。」
そして、エヴァンジェリンは執務室を出て部屋に着くなりほくそ笑んだ。
(本当に、お嬢様はユリウスが第三王子殿下だと気づいていないのね。)
エヴァンジェリンにとって、バルティオスと婚約破棄をすることが一番大切なのだろう。
ヴィオラはその姿を見て、ため息すら出なかった。
「……そのようですね。」
エヴァンジェリンがヴィオラを見れば、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「どうしたの?何か変なものでも食べた?」
(変なものを食べた!?それを言うなら変な人を主にしてしまった……の間違いだわ。)
そう言いながらも、ヴィオラはエヴァンジェリンから離れるつもりはない。
それは――
ヴィオラの家が火の車となり助けてくれたのがエヴァンジェリンに他ならないからだ。
「いえ。それよりも、夜会なんて開催させて何やらせるつもりですか?」
「……ふふ……それはその時のお楽しみよ!でも……そうね。」
エヴァンジェリンは一旦話を区切ると、ニヤリと微笑む。
(なんだろう……貴族の笑み……のはずなのに悪魔の笑みのようね。)
「そんなに知りたいなら、ヴィオラだけに特別に教えてもいいわよ?」
「いえ、結構です。」
関わると面倒になりかねないと思ったヴィオラは、エヴァンジェリンの話を聞く前に、話を切った。
***
「いよいよね!」
チョコトーレがエヴァンジェリンの元を訪ねてから数週間――
普段はドレスに着替えるのすら面倒くさがるエヴァンジェリンも、今日ばかりは満面の笑みで着替えている。
「もう少し時間がかかるものだと思っていたんだけど、夜会の準備ってこんなに早くできるものなのね!」
ヴィオラは楽しそうに着替えるエヴァンジェリンを見てため息を吐くと同時に、周りに聞こえないような小さな声で呟いた。
「それは、エヴァンジェリンお嬢様の頼みだからだと思いますよ。」
「えっ?なんか言った?」
「何でもございません。」
ヴィオラの言葉に首を傾げたエヴァンジェリンだが、すぐに鏡の方へと向き直った。
「そう?ならいいんだけど……。ヴィオラ、今日は私だって分からないようにしてちょうだいね。」
「メガネ外せばバレないと思いますけどね。それよりも、お嬢様はどなたと参加されるのですか?」
ヴィオラは当然の確認だと言わんばかりに、言葉を放った。
二人の間に一瞬の静寂が落ちる。
「……えっ!?」
「お嬢様が仰ったではないですか。今回の夜会は男女のペアで参加だと……バルティオス様とは行かれないんですよね?」
エヴァンジェリンはヴィオラの話を聞いて、鏡の前で動きを止めた。
(すっかり忘れてたわ……私も夜会に参加するなら相手が必要じゃない……)
「その顔はすっかり忘れていらっしゃったという顔ですね……」
「うっ……」
「全く詰めが甘いんですから……」
ヴィオラの言葉に何も言い返せずにいると、
コンコン
タイミングよく扉を叩く音が聞こえた。
「お嬢様、そろそろ行かなくては間に合わないかと……」
その声の持ち主に、エヴァンジェリンはパッと顔をあげると、勢いよく扉を開ける。
「ユリウス!貴方いいところに来たわ!」
「うわっ!!」
ドンッ
勢いに押され、ユリウスは受け身を取る間もなく、エヴァンジェリンと一緒に床へ倒れ込んだ。
「何事ですか……?」
音の大きさに、周りにいた侍女や、従者、それにヴィオラまでもが部屋の外へとやってきた。
「……ったく……貴女という人は……昔から言っていますよね?もっと慎みを……」
(面倒なのが始まったわね……。)
後ろから聞こえてくるお説教を右から左へ受け流しながら、エヴァンジェリンは下敷きになっているユリウスへ目を向けた。
すると……
茹でダコのように真っ赤になっているユリウス。
「ユリウス。ちょっと貴方……」
額にかかっている髪を持ち上げて自分の額をくっつけた。
「熱でもあるんじゃないの?大丈夫?」
「あっ、いや……その……」
その瞬間――
ベリッ
ヴィオラは、音がしそうな勢いでエヴァンジェリンをユリウスから引き離した。
「お嬢様。ユリウス……が困っております。そろそろ退いてください」
「えっ!? でも……熱がありそうだけど……」
「熱ではないので大丈夫です! それよりも、ユリウスに用事があったのではないですか?」
ヴィオラは空気を変えようと話を戻すと、エヴァンジェリンも思い出したのか、手のひらをポンっと軽く叩き、話を続けた。
「そうだった。ユリウスにお願いがあるの。私と一緒に夜会に参加してくれないかしら?」
エヴァンジェリンの言葉を聞いて、辺りは今までにないほどの静寂に包まれた。
仕事をしていた侍女たちも、一度足を止める。
「えっ!? 俺が夜会に参加ですか……? それは……ちょっと……」
エヴァンジェリンは、まさか断られると思っていなかったのか、目を大きく見開き、ぱちぱちと瞬きをした。
「えっ……あぁぁぁ~……貴方、かっこいいものね? 惚れられたりでもしたら、私のユリウス(大切な従者)がいなくなっちゃうってことだし……」
エヴァンジェリンは少し考えてから、
「……それは困るわね。」
と、呟いた。
その瞬間――その場にいた誰もが……
「「「(そこじゃねぇ~よ!)」」」
と、心の中で突っ込んだのだった。
***
(あぁ~……また、無自覚に……)
エヴァンジェリンから視線をそらし、ユリウスを見れば、先ほどよりも真っ赤な顔をしているのが分かる。
ヴィオラはこっそりとユリウスの近くに寄ると、声をかけた。
「ユリウス様。大丈夫でございますか?」
「あ、あぁ……」
エヴァンジェリンは髪をいじりながら、視線を宙に漂わせたまま、何かを思い巡らせていた。
(こうなると長いのよね。)
ヴィオラはユリウスを立ち上がらせると、すぐ近くにいたユリウスの側近の一人、クラウディウスを呼んだ。
「クラウディウス様。ユリウス様をお願いしますね。」
それからしばらくすると――
エヴァンジェリンは大きな声を上げた。
「あ~! いいこと思いついた。お互い、バレなきゃいいのよ!」
エヴァンジェリンは近くにいた従者に声をかける。
「最近、新作で作った髪の毛の試作品、あったわよね?」
「あったと思いますが……」
「それ、いくつか用意して? それと、度なしの眼鏡もお願い~! あと、少し地味目のスーツもね。白なんて着たら王子様にしか見えないし。ユリウスには変装してもらうわ。」
(いや、王子様ですからね……)
そして、
ユリウスが話を聞く暇もないまま……
戸惑っている間に、どんどん話が決まっていき、瞬く間に夜会が始まる時間となった。




