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酔っ払い令嬢の英雄譚~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~  作者: ゆずこしょう
……とあるものを拾ってしまいました。

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アルノワ侯爵邸。

「本当に大丈夫でしょうか?」


馬車の中──


ユリウスは目の前に座るエヴァンジェリンに声をかけた。


(それにしても……別人だな……)


普段かけている瓶底のようなメガネはなく、後ろで一纏めにされている灰金色の髪は綺麗にセットされている。


(光の加減によっては金にも見えるんだな。)


深紅の瞳が光を反射したように輝いた。


「大丈夫よ。それよりもユリウス。今日一日、貴方のことは……ユーリと呼ぶからよろしくね。」


ニコリと微笑む彼女を見て、ユリウスはパッと顔を逸らした。


ドクン――


(……なんだ。俺の心臓がおかしくなったのか?)


深く息を吐き出してから、エヴァンジェリンに視線を戻す。


「承知しました。エヴァンジェリンお嬢様。」


いつも通り、騎士らしく返せばエヴァンジェリンは「あっ!」と大声を上げた。


「そうだったわ!!ユーリ。今日はエヴァンジェリンとは呼ばないでね?バレちゃうから。」


「バレる?」


夜会があるという話以外聞いていなかったユリウスは、エヴァンジェリンの言葉に首を傾げた。


「そうよ!だから……私のことは……」


刹那――


エヴァンジェリンは何かを思いついたようにポンっと手を叩いた。


「……そうね!アイリーと呼んでちょうだい!」


(アイリー……って……)


二人の間に沈黙が流れる。


時間にしてはたった数秒だと言うのに、やたらと長く感じるのは気のせいではないだろう。


「ア、アイリーってお嬢様のミドルネームではないですか……」


「……そうよ?」


ミドルネームについて深く考えていないのか。適当に返すエヴァンジェリン。


「何が『そうよ?』ですか!それだけは絶対だめです。もっと別の名前を考えてください。」


ユリウスは間髪いれず、必死に首をブンブンと横に振った。


「えぇ……別にそんなの気にしなくていいのに……どうせ、婚約破棄したら早々嫁に来てくれる人なんていないんだから。」


「よ、よ、嫁!?」


(嫁って……それを言うなら婿だろうが……)


思わず喉まで出かけた言葉を、慌てて飲み込む。


「そう……だって、働きたいもの。そしたら家の事は旦那様に任せることになるでしょ?なら、嫁でいいかなって……」


「な、なるほどな……」


ユリウスは無理矢理納得すると、それ以上深く考えるのをやめた。


「じゃ、私の事はアイリーって……」


「呼びません!!」


「えぇ~……」


エヴァンジェリンは口を尖らせて、いじけた素振りを見せる。


「ククッ……」


コロコロと変わる表情を見ていると、思わず笑いが込み上げた。


(貴族らしくないな……見ていて飽きない。)


「ふふ……やっと笑ったわね。貴方、そっちの方がいいわよ?」


「……ッ」


エヴァンジェリンの言葉を聞いて、ユリウスは言葉を失った。


その沈黙を引き裂くように、馬車がゆっくりと停車する。


「さっ、着いたみたいね。ユーリ。今日はよろしくね。私のことは――イリスと呼んでちょうだい。」


「ま、まさか……」


続きを口にしようとした、その瞬間――


「お待たせいたしました。」


まるで計ったかのようなタイミングで、馬車の扉が開いた。


(……タイミングいいな)


ユリウスは先に馬車を降りると、エヴァンジェリンの前に手を差し出した。


「イリス。お手を……」


「ありがとう。」


エヴァンジェリンが手をそっと乗せた瞬間、空気が切り替わった。


(……さすが、公爵令嬢ということか……)


エヴァンジェリンの姿を見て、ユリウスの背筋も伸びる。


ドレスの裾を摘み、前だけを見据えて、一段一段ゆっくりと降りた。


「さぁ、行きましょう。」


エヴァンジェリンがふわりと微笑むと、ユリウスの腕を掴んで、会場の中へと進む。


「ふふふ……作戦開始よ。」


彼女はユリウスにしか聞こえないような小さい声で、呟いた。


***


――カツンカツン


「おい……あれは誰だ……」


「……美しい……」


アルノワ侯爵邸、大広間――


光を吸うような黒のドレスに、艶やかな紅。

伏せた睫毛の奥から時折見える深紅の瞳。


行き交う人たちが立ち止まって振り返る。


「……あの隣にいる男は、婚約者か、何かか?」


「いや、付き人ってところだろう。」


周囲の声が聞こえたのか、イリスは妖艶に微笑むと同時に、隣にいた男の耳元で囁く。


その瞬間――


「おぉぉぉぉ……」


と、ため息が漏れた。


「ユーリ。どうやら貴方の変身は完璧みたいよ。」


「それを言うなら、イリスもですよ。……服一つで、ここまで変わるものなんですね。」


「あら、貴方も言うようになったじゃない。」


二人で笑いあっていると、後ろから声をかけられる。


「……お嬢様……」


イリスが後ろを振り返れば、そこには先日チョコトーレの後ろに控えていた従者が立っていた。


手には、お盆の上にグラスを乗せている。


「ありがとう」


イリスがグラスを受け取ると、唇に笑みを浮かべたまま、周囲には聞こえないような小さな声で囁いた。


「旦那様より言伝を預かっております……」


ユーリは話に入るつもりはないのか、グラスを受け取ると一口飲んだ。


(げ……これ……酒じゃないか……。)


ユーリがチラリとイリスの方を見れば、グラスに口をつけて笑うイリスが立っている。


「……侯爵はなんと……?」


「準備は万全と。役者は中庭に……との事です。」


「……そう……」


イリスは短く返すと、持っていたグラスの中身を一気に飲みきると同時に、踵を返して会場の外へと向かう。


(……あぁ~……これは嫌な予感しかしないぞ……)


お酒のせいか、艶めかしさが増したイリスを見て、ユーリはため息を吐いた。

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