電池切れポンコツ令嬢の知らない夜。
(それにしても……昨晩とは酷い違いだな…… )
時は、昨夜へ遡り――
アルベルトから追放を言い渡された後、ユリウスはエヴァンジェリンに連れられて、高級宿屋街へと来ていた。
「おい、ここは宿屋街だぞ?」
(宿屋って……。貴族なら王都に屋敷をもっているはずだろう。)
エヴァンジェリンは酔いが醒めていないのか、よろよろと馬車から降りると、そのまま宿屋に向かって歩き出した。
(……ったく、見てられないな。)
ユリウスは、おぼつかない足取りで歩くエヴァンジェリンに近づくと、彼女の腕を自分の肩に回した。
「……あら、ありがとう!」
エヴァンジェリンはユリウスの方を向いてニコリと笑う。
ドクン――
その瞬間、胸の奥がざわついたのを感じた。
瓶底をつけたような、丸く分厚い眼鏡。
ドレスを着ているからかろうじて貴族の令嬢に見えるが、それを外せば、その辺りを歩いている平民にしか見えない。
(……気のせいか。)
空いている手で胸のあたりを軽く掴み、先ほどあった違和感を確かめていると、エヴァンジェリンが一つの宿屋を指さした。
「ここに入ってぇ~」
エヴァンジェリンが指し示す方を見れば、白い石造りの外壁と金の装飾が目を引く、高級宿屋が建っていた。
夜でもはっきりと分かるほど、灯りに照らされた装飾が美しく映えていた。
(ここは……王都でも一番高い宿屋じゃないか。)
ユリウスが目の前にある高級宿屋を見て、思わず目を見開いていると、エヴァンジェリンは気に留めることもなく中へと入って行く。
そして、そのまま箱のような乗り物に乗り込んだ。
(これは……なんだ!?)
ユリウスが驚く間もなく、箱が動き出すと――
チーン
合図とともに扉が開いた。
「さぁ~、降りますよぉ~!」
ユリウスは恐る恐る箱の中から降りると、近くにあった窓から外を見た。
すると――
そこには、先ほどまで見ていた景色とは一変し、無数の灯りに縁取られた王都の街並みが、宝石を散りばめたように広がっていた。
(さっきまで一階にいたはずだが……)
あまりの出来事に驚きを隠せないユリウスとは裏腹に、エヴァンジェリンは目の前にあった扉を叩いた。
コンコン
中から侍女の格好をした女性が顔を覗かせる。
「ただいまぁぁぁ~~~!」
「おかえりなさいませ。早かったですね。エヴァンジェリンお嬢様……」
侍女は一旦、そこで区切ると、エヴァンジェリンの隣にいるユリウスへと目を向けた。
「……と……こちらの方は、どちら様でしょうか?」
ユリウスは侍女と同じタイミングでエヴァンジェリンを見た。
「ん~っとねぇ~……誰だったっけ~……」
エヴァンジェリンは顎を上げ、目を閉じると、考え始めたはずだった。
しかし聞こえてきたのは――
「スゥースゥー……」
規則正しい寝息だけだった。
***
「はぁ……やっぱりこうなりましたか。」
ヴィオラは急に寝てしまったエヴァンジェリンの姿を見て、ため息をついた。
「やっぱり……?」
「はい。いつもの事なんですよ。電池が切れたように急に寝てしまうんです。」
ヴィオラはチラりと男の方を見た。
(見た感じ……絶対高貴なお方よね。一体エヴァンジェリンお嬢様は何をしたのかしら。)
それから眉を下げて申し訳なさそうな顔をする。
「……このようなことになってしまい申し訳ございません。その……ついでと言ってはなんですが、お嬢様を寝台に運んで頂いてもよろしいでしょうか?」
ヴィオラの言葉にユリウスは目を見開いた。
そして、ふと瞳の奥が揺れる。
恐らく、自分が誰か問い詰められると思ったのだろう。
(これが初めてという訳では無いし……慣れてるのよね。)
ヴィオラは今までのエヴァンジェリンの行動を思い出した。
『あら、暇なら私のところに来ない?貴女にピッタリの仕事があるのよ。』
『貴方には騎士よりこっちの仕事の方が似合っているわ!』
『えっ!?追放された?貴女を捨てるなんて、見る目ないわね。私のところに来なさい。』
事ある毎に、人や物を拾ってくるエヴァンジェリン。
(私も……お嬢様に拾われたのよね……)
ヴィオラは後ろを付いてくる男に声をかける。
「そんな、不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。なんて言ったってお嬢様ですから。それよりも……」
そこで一旦言葉を区切ると、部屋の扉を開いてから話を続けた。
「何があったのか、教えていただけますか?」
部屋の扉の中には、先に帰ってきていたのか――
エヴァンジェリンの両親と、何人かの貴族たちが集まっていた。
「クラウディウス……達も来ていたのか……?」
「ユリウス……」
ユリウスがヴィオラの方を見ると、言葉を発することなくこくりと頷いた。
(さすが、旦那様に奥様だわ……)
ユリウスはゆっくりとクラウディウスたちに近づくと、そのまま近くにあった椅子に座り、何があったのか話し出した。
***
(あの後、大変だったんだよな……)
ユリウスが話を終えると、シルヴァリア公爵があることを提案した。
それは、一時的に騎士として仕えるのはどうかということだった。
『一時的に……ですか?』
『えぇ……大変言い難いのですが……娘はちょっと抜けているところがありまして……』
『あなた、そこははっきり言っていいわよ。抜けてるんじゃなくて仕事以外はポンコツだって。』
シルヴァリア公爵の言葉に対し、バッサリと言い放つ夫人。
それを聞いていたクラウディウス達も、笑いを耐えられなかったのか「ブフッ」と声を出した。
『ユリウス第三王子殿下。シルヴァリア公爵領は少し変わっているところであることはご存知ですか?』
その言葉を聞いて、以前勉強した事を思い出した。
『あぁ……セレニア国にはあるが、別の国のようだと……』
『そうです。まぁ、その辺はどうでもいいのですが……』
『えっ!?どうでもいいならなんで聞いたんだ!?』
どうでもいいと言われると思っていなかった、ユリウスはシルヴァリア公爵の言葉に思わず、声を荒げた。
『念の為ですね。それで……』
何事も無かったように、淡々と話を続ける。
『取りあえず、騎士としてエヴァンジェリンと一緒に我が領までおいでください。』
『いや、話が変わってると思うんだが……』
『まぁまぁ……落ち着いて……』
それだけ言うと話は終わりだと言わんばかりに、立ち上がるシルヴァリア公爵と、夫人。
クラウディウスたちもこれ以上話しても無駄だと思ったのか、何も言い返すことはなかった。
そして時間は流れ、翌昼――
用意してもらった制服で馬車に乗り込むと、そこには昨日とは全く違う雰囲気のエヴァンジェリンが座っていた。
「あら、貴方……新人さん?」
その言葉を聞いてユリウスはなんとなく、シルヴァリア公爵が言いたかったことがわかった気がした。
(昨日のことは何も覚えていないのか……)
それからゆっくり馬車が進み始める。
「そういえば――あなた、名前なんて言うの?」
「ユリウス……だ。」
「ユリウスね……第三王子殿下と同じ名前なのね。」
(思い出した……!?)
「まぁ、そんな事もあるわよね。」
(……気づかないのか……)
「それよりも――あいつら、どうしてくれようかしら」
エヴァンジェリンは目の前のユリウスではなく、既に別のところに意識がいっていた。
「あいつら?」
「そう……私の婚約者。バルティオスよ……よりにもよって夜会で浮気していたの!!まぁ、浮気は別にいいんだけど……」
(いいのか……!?)
「よくありませんよ。」
侍女の鋭いツッコミに、エヴァンジェリンは頬を膨らませる。
「そんな顔をしても無駄です。それに……お嬢様の事ですから……」
(ククッ……頬を膨らませていると、小動物みたいだな……)
エヴァンジェリンの頬を見ていると、ゆっくり空気を抜けていく。
「そうね!勿論このままにするつもりはないわ。仕方なく婚約していただけだし……そろそろ婚約破棄してもいいかもしれないわね。」
エヴァンジェリンは、外を眺めながらどこか楽しそうな顔をしていた。
(なるほど……エヴァンジェリンに傷がつかないようにするためというわけか……)
ユリウスは、騎士として行動するように言われた理由を理解すると、エヴァンジェリンを見た。
(それにしても……本当に昨日助けてくれた奴とは大違いだな……。)




