祝祭の始まり。
「今のところ順調ね!」
最終日――
一週間にわたる三領地記念祭は、大きな混乱もなく最終日を迎えていた。
鉄の箱は予定通り運行し、来賓からの評判も上々。
武闘大会では、噂を聞きつけた他領や他国の騎士たちも飛び入りで参加し、大いに盛り上がりを見せた。
そして――
「鉄の箱を導入したいって、いろいろなところから商談を持ちかけられたわ。」
今回の大目玉でもある商談。
鉄の箱だけではない。
三領地でしか製造していない保存食の缶詰。
新種の蒸留酒。
山岳資源を活かした加工品に、ルナボムビクスの糸を使用したシルク。
「ここまで上手くいくとはな。」
目の前に広がる報告書に目を向けながら、レオニダスが低く呟き、アウレリウスも爪で軽く報告書を弾いた。
「王都の市場価格にも影響が出るだろう。」
「ええ。三領地はもう、辺境扱いはされないわ。」
エヴァンジェリンは静かに言い切る。
三領地はそれぞれがセレニア国の端に位置する。
広大な土地を有していることもあり、他領からは白い目で見られ、隣国からは領土ほしさに攻め入られることが多くあった。
「そうだな…。今回は隣国から来賓を招待したかいがあった。」
「あぁ、攻め入るよりも仲良くした方がいいと思っていただけたようだ。」
アウレリウスは淡く笑う。
「兵を動かすより、鉄の箱を走らせた方が早いとな。」
その言葉に、レオニダスが低く喉を鳴らした。
「戦で奪う時代は終わる。交易で繋ぐ時代だ。」
広場から聞こえる笑い声が、遠くに響く。
灯りが揺れ、音楽が夜空に溶けていく。
「あれからまだ数年か……」
三領地同盟ができて一年。
しかし、その前から水面下で動き続けてきた次期領主たち。
「ああ、初めは驚いたよな。」
「そうそう……まさかシルヴァリアのお姫さんから手紙が来るとは思わなかったしな。」
“未来のために話し合いをしたい”
たった一文。
「……でも、あの時手を取っておいてよかった。」
「俺もだ。」
三領地は確かに変わった。
剣を振るうだけの辺境ではない。
動き、運び、作り、売る。
力の形が変わり始めている。
アウレリウスとレオニダスがエヴァンジェリンをみた。
「ん……?どうしたの……?」
二人は一瞬だけ顔を見合わせる。
そして、ほぼ同時に肩を竦めた。
「いや。」
「なんでもない。」
「……なによ。」
「ただ思っただけだ。」
レオニダスが報告書をペラりとめくった。
「最初に手を差し伸べたのはお前だったな、と。」
エヴァンジェリンは少しだけ目を瞬かせる。
「だって、損してたもの。」
「損?」
「そう。広大な土地があるというのに、争ってばかり。争う暇があるなら、領地を有効活用した方がいいじゃない。その方がよっぽど、皆が笑顔になれるわ!」
「復讐は復讐しか産まないのよ。負の連鎖をどこかで断ち切らなければ永遠に続くの。だったら手を取りあった方が……」
「よっぽど利口というものでしょ?」
言い切る声音は軽い。
だが、その目は真っ直ぐだった。
レオニダスが鼻を鳴らすと、アウレリウスは苦笑した。
「……相変わらずだな。」
「綺麗事に聞こえないのが腹立つ。」
そんな二人の言葉に、エヴァンジェリンは肩を竦めた。
「綺麗事なんて言ってないもの。全部計算よ。け・い・さ・ん!!」
「争えば金が減る。人が減る。時間が減る。だったら協力した方が得でしょう?」
外では、子どもたちの笑い声が弾ける。
屋台の呼び込み。
楽師の音色。
鉄の箱の汽笛。
「ああ……結果は出たな。」
レオニダスが窓の外を見やる。
「間違いない。誰も剣を抜いていない。血も流れていない。」
「聞こえてくるのは、楽しそうな笑い声と、酔っぱらいの泣き声くらいだ。」
アウレリウスの冗談に、三人の間に小さな笑いが生まれる。
「ふふっ。そうね……でも……」
「これで終わりじゃない……」
「だろ?」
エヴァンジェリンが言おうとしたセリフをアウレリウスが遮った。
「「あなたたちねぇ……」」
そんな三人の会話をユリウスとルカリオスは不思議そうな顔で見つめていた。
「そうね!ここからメインディッシュの登場よ。」
「メインディッシュってな。肉じゃないんだぞ!?」
「あら……人間だって肉の塊に違いないわ!!」
茶目っ気たっぷりにウインクをするエヴァンジェリン。
その姿を見て、その場にいた全員が声を失った。
「なによ。冗談じゃない!!」
「いや、お前が言うと冗談に聞こえん。」
今まで黙っていたユリウスがエヴァンジェリンにツッコミを入れる。
そんな時――
コンコン
ドアが叩く音が執務室に響き渡った。
「エヴァンジェリンお嬢様、お客様がお見えです。」
「タイミングバッチリね。通してちょうだい。」
アウレリウスとレオニダスは誰が来たのか知っているのか笑うだけ。
しかし、ユリウスとルカリオスは客人の話を聞いていなかったのか、エヴァンジェリンの言葉に首をかしげた。
そしてゆっくりと扉が開く。
一歩。
二歩。
重厚な靴音が執務室に響くと同時に、部屋の空気が、わずかに変わった。
ユリウスの視線が鋭くなる。
ルカリオスが無意識に立ち位置を調整する。
入ってきたのは――
王都の正装を纏った一団。
胸には、王家の紋章。
中央にたつ男がゆっくりと横に避けた。
「久しぶりだな。ユリウス。」
「あ、兄上!?なぜここに……」
「それは……だな……。」
ジークハルトはエヴァンジェリンをちらりと見た。
二人は視線が会うとくすりと笑いあった。
「も、もしかして……そういうか、関係なのか!?」
それを見たユリウスは何を勘違いしたのか……
一人慌てだす。
「ん~……俺はそうなってもいいと思ってるんだけどな。」
ジークハルトは肩を竦めながら、さらりと言った。
一瞬、部屋が凍る。
「はぁ!?」
ユリウスの声が裏返る。
「ちょ、ちょっと待て兄上!なにを――」
そんな兄弟のやり取りを見ていれば、話の中心にいるはずの少女が声を上げた。
「そんな事より……準備は出来てるんでしょうね?」
「そ、そんなこと!?準備!?!?」
二人だけが知っているやり取りに聞き耳を立てて大声を上げて反応するユリウス。
「一体なんの準備だ……!?まさか……」
そして、
次の瞬間――
「うるっさいわねぇ~!!いいからあなたは黙っていてちょうだい!!」
エヴァンジェリンの一喝が執務室に響き渡った。
ユリウスがびくりと固まる。
「だ、だが……!」
「そもそもあなたには関係ないでしょ?今は王子じゃないんだから!」
「か、関係ない……たしかにそうかもしれないが……」
肩を落とすユリウスを見て、ジークハルトがくすりと笑った。
「相変わらず、仲がいいな。」
「兄上、笑っている場合ですか!」
「安心しろ。」
ジークハルトが静かに一歩前へ出ると、ユリウスの肩をポンッと叩いた。
刹那、先ほどまで笑っていた目が細まり、空気が変わる。
「準備は整っている。」
短い言葉。
その一言を聞いたエヴァンジェリンはニヤリと笑った。
「ならいいの。これからが楽しみね!」
エヴァンジェリンの笑い声が、これから始まる何かを告げるように響いた。




