久しぶりの帰宅。
「ん~!やっと帰ってこれたわねぇ~!!」
馬車や鉄の箱を乗り継ぐこと丸三日――
エヴァンジェリンはシルヴァリア公爵邸に足を踏み入れた。
澄んだ空気。
遠くに広がる山並み。
王都とは違う張り詰めていない風。
「やっぱり落ち着くわぁ~」
大きく伸びをしながら、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
その時――
「……なんだか楽しそうだな」
背後から近づいてきた男の声は低く、どこか重たい。
その声を聞いた瞬間、エヴァンジェリンの伸ばしていた腕がぴたりと止まった。
ゆっくりと振り返る。
「……あら、久しぶりね?」
そこに立っていたのは、ユリウスとルカリオスだった。
二人とも腕を組み、どこか不機嫌そうな顔をしている。
「久しぶり、で済ませる気か?」
ユリウスが一歩前に出る。
「二ヶ月だぞ?」
「えっ?たった二ヶ月じゃない。」
エヴァンジェリンは二人の放つ空気を気にすることなく首を傾げた。
「たった……二ヶ月……だと?」
ユリウスは目を細めると手を強く握りしめた。
「手紙は一通のみ。俺たちはお前のことを心配してたというのに……手紙には大事な内容一つなし。挙句“楽しみにしてて”だ……」
「手紙送ったんだからいいじゃない。」
今まで黙っていたルカリオスのこめかみがピクリと動く。
「……お前なぁ……」
どこか呆れたような声――
怒鳴らない。だが、どこか圧がある。
「“楽しみにしてろ”って書いておいて、準備は全部こっち任せだぞ?」
「それだけ信頼してるってことじゃない」
「信頼ってなぁ~……」
ルカリオスは頭をガジガジと掻くと、それ以上言っても無駄だと思ったのか口をつぐんだ。
三人の間を穏やかな風が吹き抜ける。
ユリウスはよく知っていた。
王宮の重たい空気も、一度父であるアーノルドに目をつけられると、戻って来れない可能性が高いと言うことを……
「……無事でよかった……」
その言葉にどう言った感情があるのかはわからない。
だが、目の前にエヴァンジェリンがいること。
それが何より――事実だった。
「……ユリウス……そんなに……」
エヴァンジェリンが“心配してくれてたのね”と続けようとすれば――
「予定が崩れなくてすむ。」
先ほどまでの甘い空気はどこへやら……
ユリウスは淡々とした声で続けた。
「……は?」
「お前がいないと、三領地記念祭が開催できないからな。」
耳を少し赤く染めながら、ユリウスは視線を逸らす。
だがその声音は、あくまで平坦だった。
「来賓の動線、舞台構成、武闘大会の最終判断……全部お前前提で組んである。」
「は……?」
「エヴァがいなければ進まないからな。」
照れ隠しなのか……
まるでエヴァンジェリンの言葉は聞こえていないとでも言うように話すユリウスを見て、ルカリオスはクスリと笑った。
エヴァンジェリンが首をかしげていると、ルカリオスが耳元で囁く。
「要は、お前がいなくて寂しかったってことだ。」
「おい。」
即座に低い声が飛び、ユリウスの鋭い視線がルカリオスに刺さる。
「余計なことを言うな。」
「事実だろ?」
「ち、違う!!」
ユリウスは声をわずかに乱した。
「と、とにかくだ。お前がいないと話が進まない。それだけだ。」
捲し立てるように話をすると、先にそのまま屋敷の中へと入っていった。
その様子をエヴァンジェリンとルカリオスはしばらく無言で見送った。
屋敷の扉が閉まる音が、やけに早い。
「あんなに焦ってどうしたのかしらね。」
エヴァンジェリンは小さくつぶやくと、そのままユリウスを追いかける。
「そういえば……ここにもいたな。鈍感なやつが……」
二人の背中を眺めながら、ルカリオスは小さく息を吐いた。
山から吹き下ろす風が、彼の髪を揺らす。
「……まあ、今はあれでちょうどいいか」
三領地記念祭まで、残り一ヶ月。
準備は進んでいる。
だが――
招待客の調整。
宿屋の手配。
人員の再配置。
やらなければならないことは、山のように残っている。
ルカリオスは腕を組み直し、ゆっくりと屋敷の中へと歩き出した。
「これで全員揃った。」
その言葉は、風に溶けるように消えた。




