表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
酔っ払い令嬢の英雄譚~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~  作者: ゆずこしょう
王宮。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/65

沈黙という答え。

「ジークハルト……な、な……お前がどうしてここにいる」


エヴァンジェリンに言われたことを気にしているのか、言葉を選ぶようにして声を搾り出した。


(いや、そんなに変わってないわよ……)


エヴァンジェリンは小さく肩をすくめる。


ここで家族のやり取りに割って入るのは野暮だと判断したのか、一歩後ろへと下がった。


そのまま、静かに二人を見守る。


「エヴァンジェリン嬢に呼ばれました。本日、王宮に来ることになったと。父上も――ご存知でしょう?」


穏やかな声音。


だが、その瞳は一切揺れない。


「私が貴方に嫌われ、王宮から追いやられていたのは……」


「そんなことはしていない!!」


アーノルドの声が、反射のように跳ね上がった。


「別に私は怒っていないんですよ?むしろ感謝しているくらいだ。」


ジークハルトは淡々と続ける。


「ここにいたら――バカなアルベルト兄上やヴァルターのように育っていたかもしれない。」


わざと両腕を擦った。


「……そう思うだけで、寒気がする。」


アーノルドは何も言い返せないのか、拳を強く握ると、ガンッと肘掛けを叩いた。


「すぐに物に当たるのは感心しませんね。子は親の背中を見て育つものですから。」


ジークハルトが静かに視線を扉へと向ける。


すると、重い足音とともに、二人の男が後ろ手を拘束されたまま連れてこられた。


薄汚れてはいるが――


顔立ちは、紛れもなくアーノルドと同じ。


「父上……」


一人は今にも泣き出しそうな顔で縋り付き、


「父上!聞いてください!!ジークハルトがこの私を侮辱するのです!今すぐ処刑を!!」


もう一人は、状況も理解せぬまま怒鳴り散らした。


「アルベルト……に、ヴァルター……か。」


かすれた声が、玉座の間に落ちる。


「そうです。」


ジークハルトは微笑みもしない。


「あなたが“全てをなかったこと”にしようとしていた、二人ですよ。」


「なっ……なぜそれを……」


「気づいていないと思っていたんですか?」


「気づいていないと、本気で思っていたのですか?」


そこには怒りも嘲笑もない。


ただ、事実だけを突きつける冷たさがある。


(……無表情で詰めるところ、お父様とそっくり)


エヴァンジェリンは内心で小さく笑った。


「今の今まで一度たりとも“戻れ”と仰らなかったあなたが、急に呼び戻した。」


ジークの声は淡々と続く。


「そして王宮に戻ってみれば――ユリウスは姿を消し、態度ばかり大きい兄上とヴァルターの姿も見えない。」


そこで、初めて視線が王を射抜く。


「……不自然だと思わない方が難しいでしょう。」


「国王であるこの私を疑うのか!?」


アーノルドの声が、怒気に震える。


「私はこの国の王だ。アーノルド・ルート・セレニアだぞ!」


拳を握り締め、玉座から身を乗り出す。


「私の意志が絶対だ。それが揺らぐことなど、あるはずがない!」


アーノルドの怒声が、謁見の間に反響する。


だが――


広間は、静まり返ったままだった。


誰一人として、頷かない。


誰一人として、声を上げない。


「……な、なぜ……何も言わん……。」


玉座の上で、王の声だけが空しく揺れた。


「それが、答えってことですわね……」


今まで黙っていたエヴァンジェリンが、静かに口を開く。


「あなたがやってきたことの――結果ですわ。」


一歩、玉座へと歩み寄る。


「恐怖で縛り、意志を奪い、従わせてきた。」


「だから、いま誰も声を上げない。」


深紅――いや、真紅の瞳が、王を見据える。


「そ、そんなことは……」


「してないと……仰いますか……?」


エヴァンジェリンは、ゆっくりと周囲を見渡すが誰一人として、目を合わせようとはしなかった。


それどころか、味方であったはずの宰相も、どこか違うところを見ている。


「……ほら。」


静かに微笑む。


「誰も、あなたを見ておりませんわ。」


「……ッ」


アーノルドは顔を歪めて視線を落とした。


「それでもなお、“王”を名乗り続けるのであれば――」


エヴァンジェリンは、わずかに首を傾げる。


「我がシルヴァリア公爵領が、責任をもってお相手いたしますわ。」


その言葉が落ちた瞬間――


アーノルドの金髪が、色を失った。


輝きを誇っていたはずのそれは、まるで力を抜かれたかのように、白へと変わっていく。


玉座に座る男からは、もはや王としての威光は感じられない。


やがて、深く――長い息が吐き出された。


「……お前たちの望みは、なんだ。」


低く、かすれた声。


「金か。領地か。それとも――奴隷か?」


(本当にこの王……何も分かってないわね)


アーノルドの言葉に、エヴァンジェリンは小さく首を振った。


「奴隷……ですか。」


わずかに目を細める。


「セレニア王国では、奴隷制度は禁止されていたと記憶しておりますが?」


静かな声。


だが、その一言が広間に落ちた瞬間、空気が凍りついた。


「ふん……お前でも知らないことがあるのだな。表向き奴隷は禁止されているが、奴隷と名前をつけなければいくらでも作れるのよ。」


知っていて当然のように話すアーノルドに、エヴァンジェリンのこめかみがピクリと動く。


「まぁ、私クラスになれば……だがな。ハッハッハ」


エヴァンジェリンを言い負かしたとでも思ったのか、いつもの調子に戻るアーノルド。


逆にエヴァンジェリンは下を向いて拳を強く握りしめた。


それはまるで負けを認めているかのような仕草。


しかし、次の瞬間――


「ふふっ……」


「ふふふっ……」


「ふふふははははははははは……」


エヴァンジェリンの笑い声が響き渡った。


「なるほど……ではこの子達も、あなたにとっては“奴隷”だった……ということですね?」


エヴァンジェリンが、扉を指し示す。


重い扉が、再び軋む。


そこに立っていたのは、怯えた令嬢たちだった。


「お、お父様……」


か細い声が震える。


「ニーア……なのか……?」


群衆の中から、男が一歩前に出た。


信じられないものを見るように、少女を見つめると、急いで娘に駆け寄って、崩れ落ちそうな少女を抱きしめた。


「あ、会いたかったぁぁ……!」


二人を皮切りに、他の少女たちも父親のところに向かって走っていく。


泣き声が広間に広がる。


存在を確かめるように何度も抱きしめる者。


何度も名前を呼ぶ者。


それぞれが再会を噛み締めていると、エヴァンジェリンがアーノルドに話しかけた。


「陛下、あなたはこれを見て何も感じないのですか?」


「……何がだ……」


エヴァンジェリンは、ほんのわずかに目を伏せた。


「……そうですか」


エヴァンジェリンは一息つくとそのまま言葉を続ける。


「あなたは――何も感じないのですね。」


再会の涙が広間に満ちる中、玉座の上には、ただ一人。


誰からも見られない王だけが取り残されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ