沈黙という答え。
「ジークハルト……な、な……お前がどうしてここにいる」
エヴァンジェリンに言われたことを気にしているのか、言葉を選ぶようにして声を搾り出した。
(いや、そんなに変わってないわよ……)
エヴァンジェリンは小さく肩をすくめる。
ここで家族のやり取りに割って入るのは野暮だと判断したのか、一歩後ろへと下がった。
そのまま、静かに二人を見守る。
「エヴァンジェリン嬢に呼ばれました。本日、王宮に来ることになったと。父上も――ご存知でしょう?」
穏やかな声音。
だが、その瞳は一切揺れない。
「私が貴方に嫌われ、王宮から追いやられていたのは……」
「そんなことはしていない!!」
アーノルドの声が、反射のように跳ね上がった。
「別に私は怒っていないんですよ?むしろ感謝しているくらいだ。」
ジークハルトは淡々と続ける。
「ここにいたら――バカなアルベルト兄上やヴァルターのように育っていたかもしれない。」
わざと両腕を擦った。
「……そう思うだけで、寒気がする。」
アーノルドは何も言い返せないのか、拳を強く握ると、ガンッと肘掛けを叩いた。
「すぐに物に当たるのは感心しませんね。子は親の背中を見て育つものですから。」
ジークハルトが静かに視線を扉へと向ける。
すると、重い足音とともに、二人の男が後ろ手を拘束されたまま連れてこられた。
薄汚れてはいるが――
顔立ちは、紛れもなくアーノルドと同じ。
「父上……」
一人は今にも泣き出しそうな顔で縋り付き、
「父上!聞いてください!!ジークハルトがこの私を侮辱するのです!今すぐ処刑を!!」
もう一人は、状況も理解せぬまま怒鳴り散らした。
「アルベルト……に、ヴァルター……か。」
かすれた声が、玉座の間に落ちる。
「そうです。」
ジークハルトは微笑みもしない。
「あなたが“全てをなかったこと”にしようとしていた、二人ですよ。」
「なっ……なぜそれを……」
「気づいていないと思っていたんですか?」
「気づいていないと、本気で思っていたのですか?」
そこには怒りも嘲笑もない。
ただ、事実だけを突きつける冷たさがある。
(……無表情で詰めるところ、お父様とそっくり)
エヴァンジェリンは内心で小さく笑った。
「今の今まで一度たりとも“戻れ”と仰らなかったあなたが、急に呼び戻した。」
ジークの声は淡々と続く。
「そして王宮に戻ってみれば――ユリウスは姿を消し、態度ばかり大きい兄上とヴァルターの姿も見えない。」
そこで、初めて視線が王を射抜く。
「……不自然だと思わない方が難しいでしょう。」
「国王であるこの私を疑うのか!?」
アーノルドの声が、怒気に震える。
「私はこの国の王だ。アーノルド・ルート・セレニアだぞ!」
拳を握り締め、玉座から身を乗り出す。
「私の意志が絶対だ。それが揺らぐことなど、あるはずがない!」
アーノルドの怒声が、謁見の間に反響する。
だが――
広間は、静まり返ったままだった。
誰一人として、頷かない。
誰一人として、声を上げない。
「……な、なぜ……何も言わん……。」
玉座の上で、王の声だけが空しく揺れた。
「それが、答えってことですわね……」
今まで黙っていたエヴァンジェリンが、静かに口を開く。
「あなたがやってきたことの――結果ですわ。」
一歩、玉座へと歩み寄る。
「恐怖で縛り、意志を奪い、従わせてきた。」
「だから、いま誰も声を上げない。」
深紅――いや、真紅の瞳が、王を見据える。
「そ、そんなことは……」
「してないと……仰いますか……?」
エヴァンジェリンは、ゆっくりと周囲を見渡すが誰一人として、目を合わせようとはしなかった。
それどころか、味方であったはずの宰相も、どこか違うところを見ている。
「……ほら。」
静かに微笑む。
「誰も、あなたを見ておりませんわ。」
「……ッ」
アーノルドは顔を歪めて視線を落とした。
「それでもなお、“王”を名乗り続けるのであれば――」
エヴァンジェリンは、わずかに首を傾げる。
「我がシルヴァリア公爵領が、責任をもってお相手いたしますわ。」
その言葉が落ちた瞬間――
アーノルドの金髪が、色を失った。
輝きを誇っていたはずのそれは、まるで力を抜かれたかのように、白へと変わっていく。
玉座に座る男からは、もはや王としての威光は感じられない。
やがて、深く――長い息が吐き出された。
「……お前たちの望みは、なんだ。」
低く、かすれた声。
「金か。領地か。それとも――奴隷か?」
(本当にこの王……何も分かってないわね)
アーノルドの言葉に、エヴァンジェリンは小さく首を振った。
「奴隷……ですか。」
わずかに目を細める。
「セレニア王国では、奴隷制度は禁止されていたと記憶しておりますが?」
静かな声。
だが、その一言が広間に落ちた瞬間、空気が凍りついた。
「ふん……お前でも知らないことがあるのだな。表向き奴隷は禁止されているが、奴隷と名前をつけなければいくらでも作れるのよ。」
知っていて当然のように話すアーノルドに、エヴァンジェリンのこめかみがピクリと動く。
「まぁ、私クラスになれば……だがな。ハッハッハ」
エヴァンジェリンを言い負かしたとでも思ったのか、いつもの調子に戻るアーノルド。
逆にエヴァンジェリンは下を向いて拳を強く握りしめた。
それはまるで負けを認めているかのような仕草。
しかし、次の瞬間――
「ふふっ……」
「ふふふっ……」
「ふふふははははははははは……」
エヴァンジェリンの笑い声が響き渡った。
「なるほど……ではこの子達も、あなたにとっては“奴隷”だった……ということですね?」
エヴァンジェリンが、扉を指し示す。
重い扉が、再び軋む。
そこに立っていたのは、怯えた令嬢たちだった。
「お、お父様……」
か細い声が震える。
「ニーア……なのか……?」
群衆の中から、男が一歩前に出た。
信じられないものを見るように、少女を見つめると、急いで娘に駆け寄って、崩れ落ちそうな少女を抱きしめた。
「あ、会いたかったぁぁ……!」
二人を皮切りに、他の少女たちも父親のところに向かって走っていく。
泣き声が広間に広がる。
存在を確かめるように何度も抱きしめる者。
何度も名前を呼ぶ者。
それぞれが再会を噛み締めていると、エヴァンジェリンがアーノルドに話しかけた。
「陛下、あなたはこれを見て何も感じないのですか?」
「……何がだ……」
エヴァンジェリンは、ほんのわずかに目を伏せた。
「……そうですか」
エヴァンジェリンは一息つくとそのまま言葉を続ける。
「あなたは――何も感じないのですね。」
再会の涙が広間に満ちる中、玉座の上には、ただ一人。
誰からも見られない王だけが取り残されていた。




