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酔っ払い令嬢の英雄譚~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~  作者: ゆずこしょう
王宮。

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名前。

「誤解……ですめばいいがな。」


ルドリオスが下手に出たとでも思ったのか、アーノルドはいつものように片方の口角を吊り上げ、余裕たっぷりの笑みを浮かべる。


トン、トン。


一定のリズムで、玉座の肘掛けを叩き始めた。


「今回、貴様を呼んだ理由だったか?」


ルドリオスは一言も発さず、ただアーノルドを見据えると、その沈黙を肯定と受け取ったのか、王は続けた。


「私の所有物である家臣を百人も連れ去ったと聞いたからだ。」


「ふむ……“あなたの所有物”を、私が奪ったと?」


「そうだ。それともそんなことをした記憶はないとでも言う気か?」


ルドリオスは、わずかに目を細めた。


「……なるほど。」


再び、謁見の間が沈黙に包まれる。


トン、トン。


アーノルドの肘掛けを叩く音がまるで時計の秒針のように響き渡る。


広間に並ぶ貴族たちが、居心地悪そうに視線を泳がせる。


誰もが、次の言葉を待っていた。


しかし、


五分……


十分……


待っても、誰一人口を開こうとしなかった。


トン。


規則正しかった音が、わずかに乱れた。


トン……。


それからさらに時間は過ぎ――


「……何を黙っている」


押し殺した声が、広間に落ちた。


先に痺れを切らしたのはアーノルドだった。


その言葉を待っていたかのように、ルドリオスは静かに口を開く。


「……いえ、ただ……考えていたのですよ。」


「考えていた……だと?」


「えぇ……なんと言っても百名ですからねぇ……私のような頭の悪い人間には思い出すのも一苦労でして……」


視線は逸らさない。


声も揺れない。


「ちなみに、アーノルド・ルート・セレニア国王陛下は、その百名の名前と顔全て覚えていらっしゃるんですよね?」


広間の空気が、変わった。


アーノルドの指先が、ぴたりと止まる。


トン、と鳴るはずだった音は、もう響かない。


「……当然だ」


わずかに間を置いて、王は言い放った。


「王の家臣だぞ。覚えていないわけがあるまい。」


その声は強い。


だが――


ほんの僅かに、乾いていた。


「そうですよね……“所有物”というくらいですもんね。覚えていないと仰られたらどうしようかと思ってしまいましたよ。」


無表情のまま淡々と話していたルドリオスが、急に皮肉めいた顔をして笑った。


その瞳はまるで全てを見透かしているようにも見える。


「では……十名ほど名前を挙げていただけますかな?」


まるで挑発とも取れる言葉。


しかし、アーノルドは余裕が無いのか――


言葉の意図も考えずに、一言返した。


「いいだろう」


その瞬間――


ルドリオスは後ろに控えていたエヴァンジェリンを呼ぶ。


「エヴァンジェリン。」


「はい、お父様。」


一歩前へ出た彼女は、音も立てずに一枚の紙を差し出した。


白い手袋に包まれた指先が、わずかに紙の端を整える。


それを受け取ったルドリオスは、ゆっくりと視線を落とし――


ガサリ。


わざと聞こえるように紙を広げた。


「こちらが、その百名の名簿でございます。」


誰一人として名簿が出てくるとは思っていなかったのか、その場にいた全員の動きが止まった。


アーノルドの視線が、わずかに紙へと落ちる。


ほんの一瞬。


だが、その瞬間を――


ルドリオスは見逃さなかった。


「陛下も見られますか?」


静かに名簿を差し出すと、無意識なのか名簿へと手を伸ばす。


だが、その手は名簿へと届く前に落ちた。


「あぁ~……陛下は百名の名前を覚えているんでしたね。であればこちらはなくて大丈夫ですよね」


先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた貴族たちから笑顔が消え、青ざめ、土気色へと変わっていた。


「……必要ない。王たるもの、名簿などなくとも覚えているわ!」


アーノルドは吐き捨てるように言い放つと、続けて家臣の名前を一人、口に出した。


「……ロルド・ハインツ。」


ルドリオスは名簿に視線を落とすと、一枚紙を捲った。


謁見の間に何回目か分からない沈黙が流れる。


ルドリオスが顔を上げると同時に、ごくりと唾を呑んだ。


「残念ながら――」


ほんの僅か、間を置いて。


「その者は含まれておりません。」


アーノルドは目頭を押さえると、ギュッと力をこめた。


そして、ギロリと視線だけをルドリオスへと向けるとニヤリと笑った。


「ふっ……お前の魂胆は丸見えだ。私を陥れようとしたな。ロルドはずっと私に仕えていたのだ。名前を間違えるわけがないだろう」


アーノルドは気づいていなかった。


(本当に……滑稽ね……)


「クスッ……」


今まで黙っていたエヴァンジェリンが笑いを零す。


それが聞こえていたのか……


アーノルドはエヴァンジェリンを見た。


今の今まで一度も合わせようとしなかった瞳が、やっと合った瞬間だった。


「何が、おかしい」


「クスクス……失礼いたしました。」


エヴァンジェリンはゆっくりと視線を上げる。


深紅の瞳が、真っ直ぐに王を射抜いた。


「あれだけの啖呵を切られたので、まさか間違えるなんて……思ってもいなかった物でして……」


口元に微笑みを残したまま、続ける。


「気づいていないようなので、私から説明させていただきますね。ロルド・ハインツ様は、ハインツ伯爵家の先代当主でございます。」


「な、なんだと!?そんなの私は聞いていない!!」


ドンッ


アーノルドは肘掛けを拳で殴った。


しかし、エヴァンジェリンは事実を淡々と突きつけた。


「聞いていない……ではなく、聞く耳を持っていなかったのではないですか?」


そういうと、高級羊皮紙で出来た書類を一通だした。


「こちらをご覧ください。こちらは息子であるロウェルに正統権を渡すと書かれています。」


そして、一番下を指さす。


「ほら、この一番下。アーノルド・ルート・セレニアのサインとセレニア国王陛下しか使えないはずの王印が押してあります。」


アーノルドにも見えやすいように書類を前に出す。


「ウ、ウソだ……では……」


次々と名前を出していくアーノルドだったが、誰一人として名簿に載っている名前が一致しているものはいなかった。


そして、次の瞬間――


「ふふっ……」


エヴァンジェリンの笑い声が、謁見の間に響いた。


だがその瞳は、アーノルドを見ていなかった。


ほんの僅かに、視線が横へ流れ、耳元に触れた小さな宝石がキラリと揺れる。


――作戦成功。


誰にも聞こえない、極小の囁き。


その報告を受け取った瞬間、エヴァンジェリンの唇が、ほんの僅かに弧を描いた。

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