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酔っ払い令嬢の英雄譚~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~  作者: ゆずこしょう
王宮。

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登城。

「国王陛下。シルヴァリア公爵がお見えになりました。」


謁見の間――


アーノルドが怠そうに玉座に座っていると、文官がバタバタと走って入ってきて目の前で跪いた。


「そうか……やっと来たか……」


目の前に跪く文官を見下ろしながらニヤリと笑うと、近くに控えていた宰相がアーノルドへと近づいた。


「陛下……いよいよですね」


不敵な笑みを浮かべアーノルドを見ているのは宰相ばかりではない。


そこに集まっていた貴族たちもまた、同じような顔を浮かべている。


「そうだな……」


低く呟いたアーノルドの声に、謁見の間の空気がぴんと張り詰める。


広間に並ぶ貴族たちは、それぞれが胸の内に期待を抱きながら、重厚な扉の方へと視線を向けた。


長い赤絨毯の先――


アーノルドが兵士に視線を送ると、兵士は重い扉に手をかけた。


ギィィィ……


耳に残る、金具のさびたような重苦しい音が謁見の間に響き渡る。


扉の隙間からは光が漏れ、白く伸びたそれが赤絨毯をまっすぐに照らすと同時に、人の形をした影が謁見の間へと伸びた。


まだ一歩も動いていないというのに、すでに謁見の間に立っているかのような圧。


先ほどまで不敵な笑みを浮かべていたはずの貴族たちからは笑みが消え、誰からともなく小さな息を呑む音が広がった。


コツン、コツン……


石床を打つ靴音が、やけに大きく響く。


ただ歩いてくるだけ。


それだけのはずなのに――


その時間が長く感じる。


先頭に立つのはルドリオス。


無駄のない洗練された所作。


胸を張るでもなく、威圧するでもなく、ただ真っ直ぐに玉座へと歩む。


その半歩後ろにはルドリオスの妻、エヴァリーヌが続く。


柔らかな微笑みを浮かべながらも、その瞳は一切の揺らぎを見せない。


すでに四十近い年齢にありながらも、輝きを失うどころか増していく夫人を見て、その場にいた誰もが息を呑んだ。


そして――


二人の少し後ろに続くように、


エヴァンジェリンが顔を出した。


深紅の瞳に、それに合わせた深紅の紅。


そして、夜を象徴させるような黒いマーメイドドレス。


コツン、コツン……


エヴァンジェリンが動く度に、ドレスは色々な色へと輝きを変える。


黒――かと思えば、深い藍。


次の瞬間には、月光を閉じ込めたような銀。


ルナボムビクスの繭が持つ唯一の色が、謁見の間の燭台の光を受けて静かに揺らめいた。


その揺らぎは、まるで夜そのものが歩いているかのようだ。


「……あれが、噂の公爵令嬢か……」


「ほとんど顔を出すことがないと聞いたことがあったが……」


「あぁ~ここまで美しいとはな……」


誰もが、目を逸らせないでいた。


深紅の瞳が、ゆっくりと玉座へ向けられる。


恐れも、媚びも、怒りもない。


ただ“見ている”だけ。


それなのに……


その場にいた誰もが、自分のすべてを見透かされているような錯覚を覚えた。


赤絨毯の中央で、ルドリオスが足を止める。


その動きに合わせ、公爵一家も揃って立ち止まった。


そして――


一糸乱れぬ動きで、跪いた。


完璧な距離。


完璧な沈黙。


完璧な所作。


戦場にでもやってきたのではないかというほどの重苦しい空気の中、


その跪く姿は、忠誠ではなく――覚悟の証のように見えた。


「セレニア国王アーノルド・ルート・セレニア陛下。

本日はお招きいただき、シルヴァリア公爵家一同、光栄に存じます。」


まるでアーノルドに拝謁できたことを喜ぶような一言。


その声音は柔らかく、礼儀正しい。


だがそこには、わずかな揺らぎもなかった。


(ルドリオス……お前は何を考えている……)


アーノルドはしばし黙したまま、玉座から見下ろす。


本来なら、ここで嘲りの一言でも投げつけるはずだった。


――だが、


目の前にいる三人からは隙という隙が見当たらない。


跪いているはずなのに、立ち上がって同じ視線で話しているような錯覚。


喉の奥に感じる違和感を払い退けるように一言。


「……面を上げよ」


今のアーノルドには、平静を装いながらこの一言を言うのが限界だった。


シルヴァリア公爵家の視線が全て、アーノルドへ向く。


「それで、本日はどういったご用件でしょうか。もし、誤解があるようでしたら早めに解いておきたいと思っていたのですが……」


ルドリオスはアーノルドから視線を逸らすことなく、淡々と話す。


その隣で、深紅の瞳が静かに細められた。


***


同じ頃――


王城の地下牢。


「……今日は静かね……」


「昨日から機嫌良さそうだったのを見たわ。きっとまた誰か連れてくるつもりなのよ……」


「だったら私達を解放してくれればいいのに……」


弱々しい声が石壁に吸い込まれる。


ピチャン、ポチャン


遠くで滴る水の音がやけに大きく感じる。


湿った空気であることも重なり、女たちの気持ちはどんどんと暗くなっていく。


「……お父様……」


「……助けて……」


何度も言い続けた言葉。


誰にも届かないことを知っている女たちは、今日も乗り切るために救われたい一心で同じ言葉を吐いた。


その時――


カチリ。


小さな、しかしはっきりとした金属音が鳴った。


「……え?」


一斉に女たちが顔を上げる。


足音もなく、いつも聞こえてくるはずの怒鳴り声もなければ、いつも立っているはずの見張りの気配もない。


それなのに──


ギ……と、軋む音が響き渡った。


「……誰?」


暗闇の向こう側で、低い声が落ちた。


「静かに。今からここを出る」


初めて聞いた声のはずなのに不思議と安心感のある声に、一雫の涙が頬を伝った。

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