嚙み合わない二人。
「じゃ、ユリウス、ルカ。私がいない間のことは頼んだわね!」
両親との久しぶりの再会も束の間――
エヴァンジェリンは、ルドリオスが乗ってきた馬車にそのまま乗り込んだ。
「いや、俺たちを置いていくのか!?」
まるで捨てられた子犬のような台詞に、その場にいた全員が振り返ってユリウスを見た。
「ん?……俺、なんか変なこと言ったか?」
ユリウス自身、自分が発した言葉に気づいていないのか。
皆の行動に首を傾げると、誰かのため息が響いた。
「はぁ~……」
「ユリウス様らしいと言えば、そうなのかもしれないが……」
「もう少しいいことは言えないのかねぇ……」
「えっ!?そんなに変なこと言ったのか!?」
ユリウスはルカリオスに視線を送ると、彼もまた溜め息を吐きながら首を横に振っている。
そんな時――
馬車の小窓が、がたんと音を立てて開いた。
「ん?皆どうしたの?何かあった?」
小窓からエヴァンジェリンが顔を覗かせる。
どうやら、先ほどのユリウスの言葉はエヴァンジェリンにも聞こえていなかったらしい。
すると、ルカリオスはユリウスの背中をパンッと叩いた。
「いたっ……」
その音にはルカリオスの思いが詰まっている。
「ユリウス。どうやら先ほどの声は届いていなかったらしいぞ。もう一度言った方がいいんじゃないか?」
ユリウスは一瞬、言葉に詰まった。
「……いや、その……」
小窓から覗く赤い瞳が、まっすぐに自分を見ている。
その視線に、なぜか胸の奥が熱くなる。
「なに?何もないなら出発するわよ?」
エヴァンジェリンが、馬車の窓を閉めようとすると――
「エヴァ……」
ユリウスの重い口が開いた。
「なに?」
「俺を……連れて行ってくれ!!」
ポッポー
鉄笛の音が風に乗って、エヴァンジェリンたちのもとへと届く。
「えっ?無理に決まってるじゃない。」
「なっ……!」
あまりにも即答だった。
「だ、だが……!」
「そもそも、あなた追放された王子でしょ?そんなの連れて行ったら、それこそ面倒なことが起きるに決まってるじゃない。」
窓の向こうから、静かな声が落ちる。
その一言を理解してか、ユリウス以外の全員が「確かに……」と首を縦に振った。
「……変装すれば……」
「変装ねぇ……すぐボロが出そうだけど。」
エヴァンジェリンは、今までの変装を思い返す。
これまで何度か変装してきたユリウスだったが……
バレずに終えられたことは一度もなかった。
最後は何かしら気づかれるのだ。
「うん……やっぱり無理ね。」
「だが……俺は……」
言いかけた言葉は、喉の奥で止まる。
エヴァンジェリンは小さく息を吐いた。
「大丈夫よ」
その声は、先ほどよりわずかに柔らかかった。
「それに向こうにはジークがいるし……あなた達は三領地記念祭の準備をお願いね!そっちの方が大事なんだから!」
「……心配なんだ。」
「心配?」
エヴァンジェリンはこてんと首を傾げた。
「あぁ……」
ユリウスが、振り絞るような声で気持ちを伝えると、周囲は“心配”という一言に、勝手な解釈を始めた。
「やっぱり二人は恋人同士だったんだな……」
「それはユリウス様も心配になるってもんだ。」
そんな中、ルカリオス一人だけは別のことを考える。
(はぁ……まだ自分の気持ちに気づいていないのか……本当にこの二人……いつになったら進展するんだ……)
しかし――
そんな気持ちなど露も知らず。
エヴァンジェリンはバサリと切った。
「心配する暇があるなら記念祭の準備をしてちょうだい。王都に行くのはただのついでなんだから……」
「つ、ついで?」
「そう……ついでよ?記念祭を盛り上げるためのね?」
ヒヒーン
馬が時間とばかりに鼻を鳴らすと、エヴァンジェリンは笑顔のままゆっくり小窓を閉めた。
「じゃ、行ってくるわ!」
笑顔で手を振るエヴァンジェリンを、ユリウスはただ見つめるしかなかった。
馬車の扉が閉まり、車輪がゆっくりと回り出す。
「ついで、か……」
ユリウスは小さく呟いた。
遠ざかって行く馬車を見つめながら、拳に力を入れる。
ルカリオスはユリウスに近づくと、ポンッと肩を叩いた。
「まぁ、エヴァのことだ。作戦があるんだろ?俺たちもすぐに動けるようにしておこう」
「……そうだな」
少しずつ、人が離れていく。
ユリウスも馬車が見えなくなったことを確認すると、踵を返した。
***
「全く、お前というやつは、もう少し言いようがあっただろう。」
ガラガラと揺れる馬車の中――
ルドリオスは目の前に座る愛娘を見て、溜め息を吐いた。
(本当に、昔から変わらんな。)
「仕方ないじゃない。それに、ユリウスが王都に帰れば、あの国王が黙っていないわ。」
「下手をしたら王子誘拐の罪まで被せられる。そんなことをされたらその場で、領地没収、処刑なんて事になるかもしれないもの……」
カラカラカラ
馬車の中に、車輪の回る音が響き渡る。
「それだけはなんとしてでも避けないと……」
エヴァンジェリンの赤い瞳が、わずかに細まる。
「こんなところで、絶対死にたくないもの」
まるで今までに死んだことがあるような言い方をするエヴァンジェリン。
しかし、ルドリオスはそれ以上それ以上突っ込もうとはしない。
「……なら、生きて帰らないとな」
「もちろんよ!」
「そのための準備は……」
エヴァンジェリンはニヤリと笑うと、
「ぬかりないわ!!」
ただ一言。
その笑みは、獲物を前にした狩人のものだった。




