招待状。
「人の楽しみを邪魔しよって……」
謁見の間――
玩具を取り上げられた子供のように不機嫌な顔をしながら玉座に座るアーノルドに、控えていた文官がビクリと肩を震わせた。
「おい、早く話せ。」
「は、はい……っ」
文官は震える手で持っている書状を読む。
「百名近い官僚および騎士の所在が、依然不明のままです。国境の出入記録にも名はなく……」
「はっ……そんなことはどうでもいい。」
「ど、ど、どうでもいい……ですか……。」
以前は急に居なくなった官僚の行方に激昂していたはずの国王の言葉に、文官は思わず顔を上げた。
アーノルドはゆっくりと玉座に深くもたれかかる。
「百人いようが千人いようが、代わりなどいくらでもいる。」
冷たい声だった。
「だが――」
細められた瞳が、獲物を見つけた獣のように光る。
「私の“楽しみ”を邪魔するのは許さぬ。」
その言葉に、謁見の間の空気が凍りついた。
そして、次の瞬間――
アーノルドはニヤリと口角を上げた。
「いい事を思いついたぞ。今すぐ、シルヴァリア公爵を呼び出せ。もちろんその娘もな……」
文官の顔から血の気が引いた。
「む、娘……エヴァンジェリン嬢を、でございますか?そ、それは本気ですか!?」
「あぁ。私が嘘を言っているように見えるのか?」
アーノルドは指先で玉座の肘掛けをとん、とん、と叩く。
「なんでも聡明で美しいという噂じゃないか。」
その声は愉しげだった。
(この方は……本当に王なのか。)
文官は目の前に座る、見てくれだけの王を見上げた。
その瞬間、アーノルドの目玉だけがギロリと文官を捕らえる。
「それともなんだ?お前は王の命令を聞けないとでも言うのか?」
文官はごくりと喉を鳴らすと同時に、冷や汗が背中を伝っていくのを感じた。
「ですが……理由は……」
「理由?」
アーノルドは肩を竦めた。
「ほぉ……王が呼ぶのに理由が必要か?」
アーノルドは口元を抑えながら、低い声で笑う。
「クックック……」
そして、次の瞬間――
笑みは消え真顔に戻った。
「いいか?王都から百人もの人が消えたのだ。その中にはこの国を代表する官僚たちもいた。」
(いや、それはあなたがクビにしたからでしょう……)
文官が目の前に座る国王にバレないよう、心の中で悪態をついていると、アーノルドはそのまま話を続ける。
「シルヴァリア公爵にはこう伝えておけ。百人が消えた事情聴取だとな。いくらでも理屈は付けられる。」
ゆっくりと立ち上がる。
「拒めば反逆。来れば舞台の上だ。」
赤い絨毯を踏みしめながら、愉快そうに続ける。
「クックック……ちょうどいい……あの男のことは前々から気に食わなかったのよ。」
「……まさか」
「衆目の前で、白か黒かをはっきりさせてやろう。そして……」
にたり、と歪んだ笑みを浮かべながら足を組み直す。
「あいつの娘も私の可愛い子猫ちゃんに加えようじゃないか」
その瞬間、謁見の間の空気がわずかに揺れた。
誰一人、声を上げない。
文官は頭を垂れたまま、歯を食いしばる。
だが――
それ以外の者たちは違った。
ゆっくりと、口元が歪む。
「……良いですねぇ。ついに……あのシルヴァリアが崩れますか」
「クックック……あの男の余裕ぶった笑みが消えるのを、ぜひ拝見したいものですな」
「あぁ……国王陛下も人が悪い」
低く、湿った笑い声が重なる。
(腐っているやつしか残っていないのか……)
玉座の上で、アーノルドは満足げに目を細める。
「さぁ……早く招待状を送れ……」
「は、はい……」
文官はふらりと立ち上がると、誰とも視線を合わせないまま謁見の間を後にした。
重い扉が閉まる。
その瞬間――
「クックック……アッハッハッハッハッハ」
中から、低く湿った笑い声が漏れ出した。
それは石造りの廊下を這い、王都の奥へと静かに染み込んでいった。
***
「あら、お父様とお母様がなぜここに?」
エスペリア領――
鉄の箱を降りると、そこにはエヴァンジェリンの両親が貼り付けたような綺麗な笑みを浮かべて立っていた。
「なぜここに……?」
エヴァンジェリンによく似た顔の女性が首を傾げると、エヴァンジェリンも同じ方向に首を倒した。
(まるで鏡のようだな……)
ユリウスが二人のやり取りを見ていれば、別の方向から圧を感じる視線が向けられる。
(こ、これは……何かあったんじゃないか……)
鉄の箱の煙突からは白い蒸気がモクモクと立ち上っている。
だが、その場の空気は不自然なほど凪いでいた。
フシュー
蒸気の音だけが、やけに大きく聞こえる。
「えっと……お父様……お母様?」
一言も発することなくただエヴァンジェリンを見据えている。
風のいたずらか、二人の間を白い蒸気がゆっくりと通り過ぎた。
やがて――
白い蒸気が空気に溶けて視界がクリアになる。
「王都から書状が届いた。」
顔は穏やかなのに、瞳の奥は冷えきっている。
その一言で、場の空気がさらに下がった。
ユリウスの喉がひくりと鳴る。
しかし、そんなユリウスとは裏腹に、エヴァンジェリンは天気でも尋ねるかのような明るい声でルドリオスに向き直った。
「……内容は?」
ルドリオスは視線を逸らすことなく答える。
「王城にすぐ来るようにとの事だ」
「へぇ~……」
全員の間に沈黙が流れる。
その沈黙は、王城に呼ばれたからなのか……それとも適当に相槌を打つエヴァンジェリンに対してなのか……
それは火を見るより明らかだった。
「へぇ~……じゃない!お前も呼ばれているんだぞ?わかっているのか!?」
ルドリオスの声が低く、しかしはっきりと響いた。
普段穏やかな父が急に大声をあげたからか、エヴァンジェリンは目を大きく見開いてパチパチと瞬きをする。
「えぇ、もちろん?」
「もちろん、ではない」
一歩、距離を詰める。
その瞬間、場の空気がぴんと張り詰めた。
「……はぁ……お前がそういう態度を取るということは、何かわけがあるということか?」
深く、重い溜め息。
その溜め息は怒りではなく、娘を心配する父としての溜め息だった。
エヴァンジェリンは一瞬だけ視線を逸らし、そしてゆっくりと父を見返した。
「えぇ。あるわ」
その言葉に迷いはなかった。
ユリウスの心臓がどくりと鳴る。
(やっぱりか……)
「王都に呼ばれるのは想定内よ。急に百人の人が姿を消したんだもの。いくらだって罪状を作れるのよ」
ルドリオスは目を細める。
「それに、今の国王はお父様を目の敵にしていたしね。きっと今回のことをきっかけにして失脚させようとでも思ってるんじゃないかしら。」
エヴァンジェリンの言葉にルドリオスは思い当たる節があるのか口を強く結んだ。
「それで……?お前は何をする気なんだ。」
静かな問いだった。
エヴァンジェリンは、一度目を閉じた。
そして、ふわりと笑う。
その目に一切の迷いはない。
「行くわよ。もちろん」
「行くって……!?王城にか!?」
ユリウスの声の大きさに、彼女は小さく肩を竦めた。
「えぇ。元々言う予定だったしね。せっかく呼ばれたんだもの。呼ばれた以上、堂々と王城に入るわ。拒めば反逆扱い。なら正面から行く方が楽でしょう?」
「楽……!?」
ユリウスの声がひっくり返る。
だがエヴァンジェリンは続ける。
「どうせ王は“見せしめ”にしたいのよ。衆目の前で断罪する気でしょうね」
「だったらその“見せしめ”逆に利用させてもらわないとね!」
誰もが笑うこともできず呆然と立ち尽くす中、エヴァンジェリンだけが、楽しげに微笑んでいた。
その笑みが、本物なのかどうか。
誰にも分からない。
ただ、その場にいた全ての人が、
すでに戦いが始まっていることに気づいた瞬間だった。




