宣戦の鉄笛。
「これからの作戦について説明するわね。」
「説明はいいが……この鉄の箱はなんだ!?」
大きな鉄の箱の前――
二本の棒の上に巨大な車輪が据えられ、一本の煙突からは黒い煙が黙々と立ち上がっている。
「ん? ユリウスは知らなかったかしら? これはね……」
エヴァンジェリンは誇らしげに胸を張った。
「エスペリア公爵家までを繋ぐ、新しい鉄の箱よ!」
鉄の箱に軽く手を添えると大切な物を扱うように撫でる。
「空飛ぶ鉄の箱で行こうかとも思ったんだけど、今回は人数が少し多いし、これで行くことにしたの。」
「エスペリアって……遠回りになるんじゃないか!?」
エスペリア公爵領とシルヴァリア公爵領は隣接しておらず、間にはルピナスト伯爵領と、ヴァリオン辺境伯領がある。
今まで色々な鉄の箱に乗ってきたこともあり、早く着くこともわかっているユリウスだったが、それでも遠回りになることは容易に想像ができた。
しかし――
エヴァンジェリンはユリウスの言葉を一蹴する。
「ふふ……ふふふっ……確かに、遠回りになるわね……でもね、それが狙いなのよ。」
そういうと地図を出した。
「まず、考えてみて?百人の人が消えたことでシルヴァリア公爵領は王族派の連中から目をつけられているはずよ。そんなのがノコノコとシルヴァリア公爵家から王都に向かってみなさい?」
「……監視されている、ってことか。」
ユリウスが低くつぶやく。
「そういうこと。王都へ直行なんてしたら、“これから侵入します”って言っているようなものよ。だから……」
エヴァンジェリンは地図の上を指でなぞった。
「ルピナスト、ヴァリオン、エスペリア。三領を通ってから向かうの。つまり──」
「表向きは三領同盟の巡回にするということか」
ルカリオスが口角を上げる。
「正解!」
エヴァンジェリンはにやりと笑った。
「私たち“王都に向かう集団”じゃない。“同盟視察団”ということよ!」
蒸気が返事をするようにボフッと音を立てると、黒煙が空へと伸びる。
ユリウスや元王宮騎士団の面々はその様子を見て唖然と立ち尽くした。
「えっ、この箱は生きているのか!?」
まさかの言葉に、ルカリオスとエヴァンジェリンは口元を抑える。
「ぶふっ……えっ……と……確かに生きているといえば生きている?かしら……ねぇ、ルカ?」
「あぁ……確かに生きているといえば生きているな……ククク」
ユリウスは二人の笑い方を見てからかわれていることに気づくと顔を真っ赤にしながら下を向いた。
「話を戻すわね。この鉄の箱は、ただの移動手段という訳じゃないの。」
「……まだ何かあるのか?」
「えぇ。」
エヴァンジェリンは煙突を見上げた。
「これは“見せるため”の箱なの。」
「見せる?」
「そう。王都に“技術力”を見せるのよ。シルヴァリアとエスペリアが組んだらどうなるか――ね?」
そこまで聞いて何がしたいのかが分かったユリウスは、目を細めた。
「……牽制……ということか。」
「違うわ。」
赤い瞳が、ゆっくりと笑う。
「これは王族に対する“宣戦布告”よ。国民を粗末にしたらどうなるのか……ふふっ……最後に笑うのはどちらか、楽しみね!」
その言葉を聞いた瞬間、全員の動きが止まった。
ポッポー
鉄の箱がゆっくりと出発する。
それは既に逃げ場のない監獄と同じだった。
「さっ、作戦の続きを話すわね。」
少しずつ速度が上がっていく鉄の箱の中で、一人楽しそうな顔を浮かべるエヴァンジェリン。
しかし、それを止められる人は誰一人としていなかった。
***
「ジークハルト第二王子殿下。国王陛下がお呼びです。」
王宮内──
シルヴァリア公爵家から先に王都へと戻ってきたジークハルトは、何もしない国王に変わり執務をこなしていた。
「またか……」
ジークハルトは静かにペンを置くと、扉の方に向かう。
「おい……お前が行く必要ないんじゃ……」
従者であるイザールが後ろから声をかけると、ピタリと足の動きを止めた。
「そうかもしれないが……誰か行かないと、さらに酷くなるだろ?」
ジークハルトは取っ手に手をかけるとガチャリと回し、国王の待つ、王室へと向かった。
「本当に酷いな……」
王室の前──
扉の隙間からは、むせ返るような甘い香りが漏れ出てくる。
そしてその奥からは聞きたくもない、女性の甘ったるい声が響き渡る。
ジークハルトは深呼吸をして息を整えてから、扉を叩いた。
コンコン
「……」
しかし、お楽しみ中で聞こえないのか……中から反応はない……
(そっちから呼んでおいて……これだから嫌なんだ)
それでも父親であり、国王でもあるアーノルドに逆らえないジークハルトは、アーノルドが気づくまで扉を叩き続けた。
そして、それから数十分後──
ゆっくりとドアノブが回り、中からバスローブ姿のアーノルドが顔を出した。
「お前は間が悪いな。いつも私の邪魔をしおって……一体何しに来た……。」
「……」
思わず殴りたくなるジークハルトだったが、一度胸に手を当てて深呼吸をすると、アーノルドの顔を見た。
「父上が呼んでいるというので来たのですが……要件がないのでしたら、私は戻ります」
普段“僕”と呼ぶはずのジークハルトだが、父に弱みを見せないように“私”を使う。
「待て……お前に聞きたいことがあったのを忘れていた。最近王都から追放した奴らを知っているな?」
「はい、存じておりますが……。それがどうかしましたか?」
ジークハルトは顔色が変わらないよう、細心の注意をはらいながら淡々と返す。
「いや、足取りが捉めなくなってな……お前は何か知らないか?」
「……」
ジークハルトがあえて何も返さないでいれば、アーノルドは鼻で笑った。
「まあよい。どうせ……シルヴァリア辺りだろう」
ジークの鼓動が、一瞬だけ強く跳ねた。
「……何のことでしょう」
「ふん。ジークよ、隠すならもっと上手く隠さねばならんぞ。丸分かりではないか……」
まるで自分が勝ったとでも思っているのか、アーノルドは気分良さそうに部屋に戻ると、近くにいた女を寝台に乗せた。
しかし――
アーノルドは気付いていなかった。
ここまでは全て、エヴァンジェリンのシナリオどおりに動いていることを……
(ここまではエヴァの言ったとおりになったな。)
ジークハルトは中にいる女性たちに、心の中で「もう少しだけ待っていてくれ」と伝えると、そのまま部屋を出た。




